第四話 父さん修行つけるんだ

 ジャンロベールは己の魔法も駆使しつつ、森林アトラクションを必死で製作している。手の空いている職員がジャンロベール以外に所長しか居なかった為、なんと所長が出張って来ている……


 身から出た錆とは言え、さすがに所長に手伝ってもらうことに気が引けるジャンロベールであったが、そんなこと言っていられないのが現実!

 勇者達が来るまであと三日しか無いのだ! たった三日だが、息子が勇者達を必死に引き伸ばした結果なのだから文句は言えない。そもそもちゃんと彼らが育っていたら、こんな試練は必要なかったのだから……


「所長、ありがとうございます」


 ジャンロベールはU字型に禿げ上がった頭を撫でながら、恐縮したように頭を下げる。


「いいのだよ。私も少しは今回の勇者パーティに関わりたかったからね」


 寂しげな目をする所長に、ジャンロベールは違和感を覚える。

 はて、所長ってこんな感傷的だったか?


 待てよ、所長……娘がいたとか言っていたな……まさか勇者パーティに関わってるのか?


「所長。勇者パーティに娘さんが関わってるんですか?」


 ジャンロベールの言葉に所長の表情が固まる。


「い、いや、そ、そんなこと、ないではないか。は、ははは」


 あちゃー、これは明らかに関わってるな。とジャンロベールでなくとも察しただろう。


「まさか、勇者パーティにですか?」


「……」


「確か、スカウトの少女が居ましたよね。まさか彼女が?」


「……そうだ」


 なんて事だ! スカウトの少女はパーティから抜ける予定がないぞ。これまで勇者パーティが魔王に勝てたことは一度も無い。だからこそ、勇者召喚は繰り返されているのだ。

 「勇者養成所」の職員が勇者パーティのメンバーに演出として参加する以外、加入することはない。「勇者養成所」所属の彼の息子はあくまで勇者を成長させる為の咬ませ犬なのだから。


「所長……娘さんは……」


「あの子の選んだ道だ……」


 所長は達観した様子だったが、ジャンロベールには彼の気持ちが痛い程分かる。自分の息子が死亡率百パーセントの旅に赴いたら如何だろうか?

 俺なら確実に息子を止める。何としても。ジャンロベールは頭の中でそう思うと、グッと拳を握り締める。

 俺にできることは何かないのか?


「所長、俺が娘さんを鍛えてもいいですか?」


 少しでも彼女の生存率を上げること。これがジャンロベールに今できる精一杯。できることなら、勇者パーティから強引に外したいが、所長がそれをせず、娘の気持ちを汲みグッと我慢して見守っているのだ。彼にそれができるはずもない。となれば彼に出来る事は所長の娘を鍛えることくらいしか思い浮かばなかった。


「ジャンロベール君……」


「任せて下さい。一ヶ月で四天王最強ビビカンテに勝てるまでにはします!」


「分かった……頼む」


「はい! 所長!」


「しかし! 娘の体に触れるのは禁止だ! 分かったな?」


「大丈夫です! この前会話しただけでも、俺の加齢臭に顔をしかめてましたから」


 ジャンロベールは爽やかに所長に告げるが、非常に微妙な空気になってしまった……

 「わ、私もそう思われてるのか……」所長の独り言がジャンロベールの耳に入ったが、彼は聞こえぬ振りをして、所長の娘の育成プランを考えることにする。


 この時二人はスッカリ勇者達の試練について忘却していたと付しておこう……



◇◇◇◇◇



「おじさん、修行って一体?」


 所長の娘である勇者パーティのスカウトの少女――カーテは不思議そうな顔で首を傾ける。


「おじさんが今日から稽古をつけることになったんだ。宜しく、カーテくん」


「ただのおじさんに見えるけど、大丈夫なのかな……」


 カーテはジャンロベールの禿げ上がった頭を眩しそうに眺め、ため息をつく。


「こう見えておじさん、なかなか強いんだ。所長の次くらいには」


「え? パパって戦えるの?」


 鄙(ひな)びた所長の外見にカーテは騙されているようだが、所長はああ見えて魔法の達人なのだ。彼の魔法をマトモに喰らえばジャンロベールといえどもただでは済まない。

 ジャンロベールは所長の魔法を想像し、ブルリと震える。


「おじさんは君のパパほどは魔法が使えないけど、スカウトに必要な体術や投げナイフ、敵の目を眩ませる魔法なら使えるから安心して欲しい」


「分かったわ。よろしくね。おじさん」


 こうしてジャンロベールによるカーテの修行が始まる。彼は心を鬼にして、彼女にスカウトの技術を全て教え込む。

 命がかかっているのだ。スパルタでも死ぬよりマシだ。ジャンロベールは厳しい修行にカーテの様子を何度か見ていられなくなり、修行を止めようと思ったが、悲しむ所長の顔を想像し思いとどまった。


 そして、一ヶ月が過ぎる。


「ありがとう、おじさん」


「よく頑張った。あとは実戦で鍛えて欲しい。今の君ならば、一人でも四天王に勝てるだろう」


 厳しい修行を耐え抜いたカーテは、勇者パーティに戻って行った。



◇◇◇◇◇



 ある日のこと、息子ダスティが父を訪ねて来た。


「父さん、試練はいつあるんだ? カーテは居なくなるし、俺も……」


 ジャンロベールは何故かボロボロになったダスティに不思議そうな顔をするものの、彼を心配する前に試練のことをスッカリ忘れてたのを思い出し真っ青になる。


「ま、マズイ! カーテの修行で頭がいっぱいだった!」


「ちょ! 俺もほとんど勇者の元には居なかったんだよ」


「何してたんだ?」


「……父さん、それは禁句だよ……」


 ダスティは死んだ魚のような目で床を見つめ始めてしまった。一体彼に何が……ジャンロベールはハゲしく気になったが今はそれどころではない。


「ま、まあ。一度カーテの実力を見るか。それから試練やろう。そうしよう」


 現実逃避したジャンロベールは、この時のことを後に後悔することになる……



◇◇◇◇◇



「また来たのか? 我こそは風の白虎!」


 四天王が一人「風の白虎」は勇者達にお決まりのセリフを述べる。


「ふふふ。白虎……いいんだよな。全力でやって?」


 ダスティことリオが暗い顔でブツブツ言っている。

 彼の余りの様子に勇者ちゃんが心配そうに声をかける。


「リオ? どうしたの?」


「まあ、見ててくれよ……」


 戦士のリオは剣さえ抜かず、白虎に対峙すると、呪文を唱える!


滅びのバーストストリーム最上級火炎魔法!」


リオの力ある言葉と共に地獄の業火が白虎に襲いかかる!


 マテーー! 白虎は心の中で叫ぶ。

 この魔法は、炎の魔法でも最上級!

 いくら白虎とは言え当たれば演技じゃ済まない怪我を負う!


「ギャーーー」


 地獄の業火が白虎に炸裂し、彼は煙をあげて倒れ伏した……


「……修行は地獄だったぜ……」


 リオは一人呟いた。


 そう、所長が要らぬ気を回して自分の娘の修行の御礼に、ジャンロベールの息子ダスティを鍛えていたのだ。それはもうスパルタで……


「しょ、所長……」


 ガクッと白虎の声が虚しく響いた……

 ダスティとカーテは強くなったが、肝心の勇者とついでに魔法使いは全く成長していない……果たしてどうなる魔王討伐?

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