第十八話 壊れた解決法

 元倉病院、今現在俺たちは待合室にいる。


「純、お前の普段着はいつもこうなのか?」

「ほっとけ」


 俺たちというのはホームズと俺のことだ。今日は作戦の決行日、その条件がだ・・・


「純は非番の日はいつも何をしている」

「なんでそれを聞く必要がある」

「暇つぶしだ」


 ったく。非番の日は特に何をするでもなくトレーニングとリハビリ。そして趣味の古書巡りだがそれを話したところで何かなるわけでもない。


 ホームズの言葉を無視し、ちらりと横の方を見ると彼女は普通にどこにでも売っているようなスポーツウェアを着ている。自分も似たようなものだが。


「龍一聞こえてるか?」

『あぁ、ばっちしだ』


 耳から聞こえてきたのは村上さんの声だ。というのも今回は村上さんにわざわざ有給休暇を取らせてまで参加してもらってる。今、ホームズと俺の片耳には外側から見たのでは決してわからないほど小さいイヤホンが仕込まれており、外の音声の録音、および行動の指示などがそれによって行われる。


『さっさと終わらしてくれ・・・バンの中にずっと居続けるのは年寄りにきつい・・・』

「大丈夫だ、あとたったの3時間くらいだ」


 それをたったとは言わない。現在村上さんは病院の地下でバンに乗りながら俺たちの行動を追跡、指示を行うことになっている。病院は平日にもかかわらず随分と混み合っている、基本的に大病院だからなのかせわしなく動き続ける看護師のその姿を眺めていると隣にいるホームズが俺の袖を軽く引っ張る。


「どうした?」

「・・・ばれないように、あんまり周りを見るな。少なからず君は顔が割れてる」


 ならどうしろと?


「ねぇ〜、ジュンジュン。大丈夫かなぁ〜私ぃ」

「・・・は?」


 急に目の色が変わったと思ったら何を言い出すんだこいつは。急に艶声で喋りかけて、それこそなんだか付き合ってるカップルみたいな・・・そういうことか。


「だ、大丈夫だぞエミリーぃ?ど、どんなことがあっても?俺が守るから?」

「わぁ〜、ジュンジュン優しい〜」


 ・・・もう帰りたい。片方のイヤホンからの村上さんがゲラゲラと笑っている音声が耳に痛い。そして隣の俺の腕をとり自分の方へと引き寄せるが、いつものこいつの姿を知っている身としてこれは単に不気味である。


 俺の背中に手を回したホームズだが、その指が忙しく動いている。これは文字だ。


『こ・の・ま・ま・い・く・ぞ』


 ・・・しょうがない、これも仕事だ。


 そしてしばらく、バカなカップルの茶番を演じ続けて10分ほど。ホームズ名義の名前が呼ばれ俺たちは腕を組んで病院を歩くというアホみたいな状態で診察室へと入った。


????????????????????????????????????


「こんにちは、え〜っとエミリーさんでよろしいですか?」

「はぁい、そうでぇす」


 診察室は思ったより閉鎖的ではなく、窓が付いていたりしていて外は昼下がりの東京の街が見える。そして目の前にはだいたい30代後半か40代前半に見える、白髪交じりでカルテに名前やら何やらを書き込んでいるのは斎藤 望実医師。確か今年で34のはず。


「それで、今日はどうなさいましたか?」

「・・・っ!」


 目の前の開店椅子に座らされたホームズは未だにぶりっ子のふりをしていたのだが、急に訳も分からず泣きわめき始めたのである。


「ウグッ! 斎藤センセェ〜、ヒグッ! ちょっと先生とぉ、ジュンジュンだけにしてくださいぃ〜」


 なるほどそういうことか。そばには看護師もいるし、これから先の話をそばにいる人間に聞かれるわけにはいかない。


 そして、基本的には医者にも守秘義務があるはず。それは看護師であっても同様だ。このような状況になったら看護師を部屋から出すしかないだろう。


「わかりましたよ。君たち、ちょっとはずしてもらえないか?」

「・・・わかりました」


 少し怪訝そうな顔カルテを置きながら出て行く看護師だったが、当然の反応だろう急に金髪の外人がなきじゃくり医者と付き添いの人間以外は出て行けというのだから。


 未だうつむいて嗚咽を漏らしているホームズに斎藤医師は優しく語りかける。本当にこの人間が臓器売買に関わってるのか?


「エミリーさん?もう大丈夫ですよ。看護師さんたちには部屋を出てってもらいましたから。この空間には私と、その・・・彼氏さん?しかいませんから」


 その言葉を聞き、ホームズは自然な動作で起き上がり。そして


「そうか、ならさっそく本題に移らせてもらうぞ。斎藤 望実」


 口調が変わった。そこにさっきまでのぶりっ子はいない。いつもの探偵課の人間の口調だ。


「え・・・すみません」

「純、扉に鍵を」

「あぁ」


 俺はすかさず、後ろにあるスライド式の扉に鍵をかける。さて、本題に入るぞ。


 斎藤 望実。


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「・・・以上のこと、偽りないか?」


 ホームズは昨日の推理をそのまま斎藤医師に伝えた。そしてそれを黙って聞いていた斎藤医師だがその姿は無言でも完全に認めているという感じだ。


「・・・それを知ったところでどうする、探偵と刑事・・・私を逮捕するのか?だが証拠はないはずだ、証拠がなければ逮捕は出来ないはずだぞ」


 確かに証拠はない、一体どうするんだホームズ。


「ここに来た目的は3つある。まずあなたに会うこと、そしてこのことを話すこと、そしてあなたの反応を見ること。そして確信したのはだ」


 私はあなたを逮捕するだなんて一言も言ってない。


「・・・ハァ・・・認めるしかないか。これは自白として受け取ってもらえるかな?」

「わかった、龍一。録音開始」

『了解』


 ホームズが片耳を抑え村上さんに指示を送る


 そこからしばらくの間、斎藤医師の自供がはじまった。今から2年前、娘が肝腫瘍を発症し、そこから様々な治療法を考え結局至った結論は臓器移植を行うしかないという結論に至った。現在、臓器移植の取り扱いはとても厳しく、特に10歳以下の人間の臓器の取り扱いには法律規制が多くかかっており、たかが一般の医者に取り扱える案件でもなく娘の肝臓に合うドナーが現れるなど奇跡でも起こらない限り不可能だった


 だが、そんな時だった。


 ある臓器売買の裏組織に声が掛かったのは。


 そいつらは自分たちに死亡患者、および死刑囚の臓器を組織に提供してくれればお前の娘に合うドナーを優先的に提供しよう


 と。


 最初は当然迷った。しかしこのままでいればいずれ娘は確実に死ぬ。そして最優先でドナーを・・・答えは決まった。


 こうして今の今までの死亡した患者の臓器、死刑囚の臓器を組織に流し。組織の命令で妻と別れさせられ、自分が利用されているという実感はあったらしい。だが娘のため適合ドナーが見つかるまでの間、罪悪感を抱えながら生きてきた。


 ということだった。


「・・・以上だ、何か聞きたいことがるなら聞いてくれても構わない」

「俺からだ、何でこう話す気になったんだ? 高橋 直樹の一件から考えて普通だったら消されると思うはずだろう」


 斎藤医師の話は筋が通っている。しかしこんなにもベラベラと話してしまったら消されたとしても不思議ではない。


「それは単純だ。純」


 話に入ってきたのはホームズだった。


「おそらく、斎藤 望実は組織から足を洗うつもりなんだろう、いや、正確には違うか」

「何でわかる」


 するとホームズは立ち上がり、斎藤医師の手の指を俺の方へ見せてきた。


「この指を見ろ」

「? 指がどうかしたか?」


 見る限り特に怪我なんかもしていなく、とても綺麗に手入れをされている手だがそれがどうかしたのだろうか?


「爪が長すぎる」

「は?」


 確かに、爪は長いが。特に普通に人と同じサイズに見えるが。


「斎藤 望実、お前は外科医だろう」

「あ、あぁそうだが?」

「だとしたらこの爪の長さは異常だ。基本手術時にゴム手袋をしたり、患者の患部を触るにしても爪が長いのは何かと不便な上、衛生上にも問題がある。見る限り定期的に切ってはいるようだが、この周期は普通の医者に比べてだいぶ遅いことがわかる。ここまで医者としての意識を低下させる理由は組織が原因としか考えられないだろう」


 そして外科医を辞めた後、組織から足を洗うつもりなのだろう。という結論に至ったらしいがその言葉に斎藤医師はただただ頷いていた。


「なら次は私の質問だ」


 お前を組織にたぶらかした人間は一体誰だ?


「あぁ・・・それは・・・」


 ふと窓の向こう側を見た俺は、遠くのビルの方で何かが光ったようにも見えた


 そして次の瞬間


 窓ガラスの割れる音


 何かの肉が潰れる音と


 倒れる斎藤医師


 そして


 目の前に座っていたホームズが倒れる音


 その姿


 一瞬の出来事だった。


「エミリーっ!」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


『おいっ! 純っ! ホームズっ! 聞こえたら返事をしろっ! 一体何が起こったっ!』

「村上さんっ! 狙撃されましたっ! 至急、警察に応援を頼んでくださいっ!」

『わかった、すぐ向かわせるっ!』


 俺はホームズを窓から見えない死角へと引きずり、呼びかけるが太ももからおびただしい量の血が出ている。斎藤医師は・・・すでに心臓を貫かれていた。


「おい、ホームズっ! 起きろっ! ホームズっ!」


 俺は彼女に呼びかけながら血の出ている部分に自分のウェアを押し当て、止血を試みている。


「・・・っ」

「ホームズ?ホームズっ!」

「っうるさい。それよりも・・・斎藤医師は」

「ダメだ、思いっきり心臓を撃ち抜かれてる」

「そうか・・・っクソ」


 顔を歪ませそう呟くホームズ。


 未だに足からの出血は止まっていないホームズだが状況を把握できるほどの冷静さは残っているようだ。


「とにかくここから移動を・・・」

「何言ってんだっ、そんな怪我で」

「冷静になって考えろ、なんでこのタイミングで狙撃されたのかを」


 冷静になれって言ったって・・・。狙撃された時・・・確か斎藤医師は・・


「まさか、ここでの会話が?」

「あぁ、おそらく筒抜けだ」


 だが一体どうやって。


「話はあとだ・・・っクソ、痛い・・・」


 俺はホームズの腕を抱え、立たせる。その前に太ももをそばに置いてあった包帯で縛り止血を行なっているがいつまで持つか分かったものじゃない。


「絶対に窓のそばは・・・」

「あぁ、分かってるから少し黙ってろ」


 そして極力窓のから狙われないように避けながら二人で出口へと歩く、その時斎藤医師が倒れている方へと見たが動く気配なかった。


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 パタパタとホームズの太ももから垂れる血の音が広い病院の廊下に響き渡る。そして現在、ホームズと俺はエレベーターの前に立ち自分の階に来るのを待っていた。


「おい、悪いことは言わんから医者に診てもらおう。もう少しで警察も到着するはずだ」

「ハァー・・・医院長室だ・・・ハァー・・・そうしないと・・・事件は・・・終わら・・・ない」

「アホかっ!その前におまえが死ぬぞっ!」


 ただでさえ廊下を渡る時に悲鳴をあげられたというのに、今更組織にバレるもクソもない。それにこんな状態で行ったところで何かあったとしても行動が取れるわけがない。


「アホはお前だ・・・純・・・ここで・・・外になんか・・・出て・・・見ろっ。真っ先に・・・狙い撃ちにされて・・・死ぬ・・・」

「ならあのビルの死角になる場所から出るぞ。そこからなら狙撃されないだろ」

「入り口は・・・全部・・・危険だ・・・」


 そんな話をしている間にエレベータは来てしまった。


「・・・純がいかないなら・・・私一人でも・・・行くぞ・・・っ」

「・・・あぁーっ、もうわかったから絶対死ぬんじゃないぞっ!」

「・・・ハァー・・・愚問だな」


 どう考えても状況は不利だ。でもこいつがやるって言ってるんだったらそれについていくしかないだろう、何はともあれこいつを失うのは探偵課でも警察でも大きな損失になるだろう。


「おい、しっかりしろ」

「ハァー・・・少なからず・・・純の・・・頭よりはまともなはずだ・・・」


 こいつ、本気で置いていってやろうか。


 そして、医院長室のある階に止まりホームズを抱えながら廊下を渡って行く。


「・・・クリップだ」

「何?」

「看護師の置いていったカルテ・・・あれについていたクリップが・・・盗聴器・・・」


 確かに、看護師はあの部屋にカルテを置いていった。それが盗聴器だったは・・・技術革新なんて糞食らえだ。


「ほら、医院長室だぞ」

「・・・扉を・・・蹴破れ」


 おそらく、今回の黒幕は医院長なのだろうか? しかしここは・・・元倉病院という名前からして代々元倉がその病院を継いできたはずだ。なのになぜ


 俺はホームズを抱えながら言われた通り、その医院長室の扉を蹴破る。


「おいっ! 警察だ。その場を動くなっ!」


 扉を蹴破ったのと同時だった。


 銃声。


 蹴破った先には


 頭から血と脳を撒き散らして倒れた医院長。


 銃を構えていたのは


「なんで・・・あなたが」

「組織からの連絡で、警察にばれた場合は始末をしろとのご命令でしたので。お久しぶりです渡辺 純刑事」


 秘書の中井だった。


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「なんで・・・逃げる・・・」

「馬鹿野郎っ、目の前に銃を持った人間がいて逃げないわけないだろうっ」


 ちくしょう、どうなってやがるんだこの病院はっ! 


「村上さんっ! 応援はいつ来るんですかっ!」

『後10分くらいだと思うっ!それまで耐えてくれっ!』


 耐えてくれって・・・無茶言いやがる。


 現在、俺はホームズを背負いながら病院の中をぐるぐる走り回っている。入院患者なんかもいたが、診察に来ていたはずの患者はすでにどこにもおらず明かりも消えている


「くそっ、どうなってんだよ」

「看護師が・・・移動・・・させた・・・次・・・を右・・・」

「しっかりしろ、後10分の辛抱だ」


 すでに背中はホームズの出した血でずぶ濡れになっている。あまりにも血を流しすぎだ。


「私・・・重くないか?」

「あぁ、血を流した分軽くなってるよ」


 さて、窓の外には狙撃手、中には銃を持った秘書がいて、看護師の中にも紛れ込んでいると。完全にアウトだ。


「君・・・何か武器は・・・」

「持ってるには持ってるが・・・本庁に取り合わないと許可が出ない」

「・・・連絡を取れ」


 その言葉を聞き少し考え込む。今回のことはたまたま非番を取っていた俺がたまたまホームズの付き添いで病院に行っていたら、たまたま犯人を見つけてしまったということだが、これで本庁に連絡を入れようものならばすべてが水の泡になる。


「いいのか?」

「・・・これは緊急事態だ・・・まさか・・・こんなにも行動を起こされるとは・・・さすがにこの状態で私が行動に出たことで怒鳴る奴がいたら本当のバカだ」


 確かにな。そう考え俺はポケットに入れておいた携帯を取り出し本庁に連絡を取る。


「もしもし?」

『はい、こちら対策課です』

「捜査一課の渡辺 純です、俺の武装を解除してください」

『状況説明をお願いします』

「拳銃所持が数名、元倉病院で死亡者が2名出ています。大至急で対応お願いします」

『了解しました、30秒ほどお待ちを』


 その待っている間である。


 またもや銃声。


 どうやら看護師の誰かが発砲したらしい。


「っ、急いでっ!」

『武装許可が出ました。セーフティーを解除します』

「ありがとうっ!」


 さて、一つ明らかにしないとな。


「おい、ホームズ」

「・・・なんだ・・・」

「前に、俺の左脚が義足だってことを言い当てたよな?」

「・・・それが・・・どうした・・・?」

「俺はな、両足義足だ」


 右足の太ももからスライドで出てきたのは、対人用麻酔武器。


 通称『テイザー』


 散々撃たせておき、玉を交換している間に影から看護師を狙撃すると、体を痙攣させて動かなくなった。


「そうか・・・右もか・・・」

「おい・・・ホームズっ!」


 それからしばらくして、警察の機動隊が突入してきた。


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