第十四話 壊れたTOKYO

 朝六時半。自然と目が覚めた俺は辺りを見回して、普段とは違う部屋の風景に若干違和感を覚える。そういえば昨日、あいつから今後の行動内容について話ししてたら日付が変わってて村上さんに泊まってけって言われたんだった。


「・・・ぐぅ」


 ふと奥の布団を見ると下着姿の村上さんが布団を乱して実に気持ちよさそうに寝ている。確かに周りを見てみれば、狭い部屋の中に所狭しと資料がしまわれており、本来なら資料の持ち出しなどご法度だが、過去の未解決事件がほとんどのため管理が甘くなっているのだ。


「さてと・・・」


 まずは自分の足を取りに行かなくては。普段寝るときには履いてる義足は外している、いつもなら義足専用のケースに入れておくのだが普通の一般家庭にあるものじゃないので今回は壁に立てかけておいてある。


「よっ・・・と」


 腕を使って体を起こし、そのまま腕で体をうつ伏せに引きずりながら義足を取りに行く。別にこれくらいのことは生活に支障がないが、問題はこれが年をとった後もできるかと言われたら微妙なところだ。


「ふぅ・・・」


 体を目一杯伸ばし、手を目一杯伸ばし立てかけておいた義足の触れる、が。


「うっ・・・やべ」


 触れたはいいものの体が不安定でだったせいでもあったからか、物の見事に義足を倒してしまい、部屋に大きな音を響かせてしまう。


「んぐっあっ!・・・なんだ?・・・」


 さっきの音で村上さんを起こしてしまった、起き上がった村上さんは少し周りをキョロキョロさせた後、口元のよだれを拭って、目元をこすって事態を理解したらしい。


「おはようございます、村上さん。起こしてしまってすみません」

「んあ、いやいいんだ別に。どうせ起きるつもりだったし・・・手伝おうか?それ」

「すみません、お願いしてもいいですか?」


 そう言うと村上さんは布団をはねのけ、こっちの方へ近づき倒れた義足を拾い上げる。


「なんだ、意外と軽いんだなこれ」

「そうですね、なんかカーボンとかってのを使ってて軽いそうですよ」


 俺の義足に使われているのは一見すると肌色で何を使われているかはわからないが、実はカーボン素材という炭素で作られた鋼鉄の10倍の強度を持つと言われている外装でできてる優れものだ、そして強度は強くても軽いというのが売りだそうで、現在は車であったり飛行機にも使用されているとか。


「んで、どうすりゃいいんだこれ」

「こっちに渡して貰えば大丈夫です」


 一回仰向けになった後、上体を起こして村上さんから差し出された義足を受け取る。そして履いているズボンを捲り上げ足の切断部分までめくるとそこには機械の接続部分みたいな金属板があらわとなる。


「ほぉ〜、お前の足ってこうなってるのか」

「あんまり見ないでください」


 こういう好奇心はあまり好きではない、むしろ少し恥ずかしくも思う。


『セイタイニンショウヲカクニン。ユーザー、ワタナベ ジュンヲカクニン。コレヨリシンケイセツゾクヲカイシシマス、ショックニソナエテクダサイ』


「・・・ックッ!」


 義足を接続するのと同時に走る電気を流したかのような激痛、これは朝起きた時に毎回行うのだがいつまでも慣れることはない、何せなかった足に無理矢理機械の足をくっつけるのだから慣れるはずもない。


「おいおい、大丈夫かよ?」

「おかげで、これを行うたびに朝は目が覚めますよ」


 激痛が治り、つながった足の指先を見てちゃんと動くかどうかを確認する。よし、大丈夫だな。


「大丈夫か?立てるか?」

「えぇ、もう大丈夫です。ありがとうございました」


 足に力を入れ、体をゆっくり起こしてゆく。毎回この瞬間が怖い、何かの調子で立てなくなったらということをいつも考えてしまうからだ。


「洗面台の場所わかるか?」

「あっ、いえ」

「一階の昨日飯食った場所のそばだ」


 そう言われ礼を言った後、一階へと降りてゆく。なにぶん階段が急なもので降りるのにちょっと抵抗があったが無事下に降りると昨日の朝日差し込む台所から包丁の音が聞こえてきた。


 中に入ると何かを煮る音であったり、焼く音であったりと、まず自分の家では聞かないような生活音で溢れており、どことなく懐かしさを覚える。そして台所に立っているのはすでに制服に着替えている香世さんと・・・


「あっ、おはようございます純さん、朝ごはんはもう少し待っててくださいね」

「おはようございます、いつも香世さんが朝ごはんを?」

「朝ごはんだけじゃなくて弟や妹の弁当から夕ご飯、この家の家事までやってる。純、君みたいに食生活と生活環境が乱れきっている君にはぴったりの結婚相手だと思うが?」

「なんでお前が答えるんだ、エミリー」


 なぜかこの家の切り盛りをする香世の隣に割烹着を着たホームズが立っていて一緒になって朝飯を作る手伝いをしていた。


「ホームズさんは今日の朝から手伝ってもらってて、私なんかより料理がお上手でびっくりしました」

「へえ〜、意外だな」

「お世辞はいい、君の幼馴染の働いてる『十勝』のママには負ける」


 そう言ってまな板に向き直ったホームズは華麗な包丁さばきで味噌汁に入れるであろうネギを切っていた。


「さぁ、今日は忙しいぞ。純は顔を洗ってきたらどうだ?」

「お前に言われずとも行ってくる」


 そう言って台所を離れていくが、果たしてあの二人は仲がいいのか?顔見知りであることは間違いないが。


 台所を抜けると、狭い廊下の突き当たりの扉を開けるとこれまた古い洗面台があり、今では珍しいハンドルを回して水を出すタイプの蛇口だった。


「にしても本当にここは平成に取り残された家だな・・・」


 ハンドルをひねって水を出しながらそう考える、今から30年ほど前『東京オリンピック』が終わった後、日本では急速に国際化が進みいろいろな政策に追われた結果政府は、『日本首都国際化開発計画法案』を発令した。結果日本の首都であるTOKYOは英語表記になり、その他各区もTOKYO限定ではあるもの地図上では英語表記が義務付けられた。

 

 そして国際化は地図にとどまらず、海外でカジノが認められるのと同じように様々な日本で規制されていて、海外では認められている法案を次々と採用し始めた、結果として犯罪率は上昇、多くの建物でセキュリティーが厳重化され昨今ではセキュリティーの厳重なアパート、マンションなどが好まれこのような木造の家や下町に残る多くの家は開発によって取り壊された。


 そして多くの海外企業が日本に進出、結果として日本農業の衰退、日本工業の衰退を招き今となっては下請けの工場などはあまり目にすることは無くなってしまった、そして海外向けに作られたお誂え向きの日本伝統はなんとか生き残ったもののそのほとんどが海外シェアで賄われている。


 結局、日本は世界に飲み込まれたのだ。


「はぁ・・・嫌な時代だ」


 日本人就職率の低下、英語のできない奴は社会のまな板にも乗れない。こんな時代で警察官をできるのは幸か不幸か、自分自身よくはわからなかった。


「あっ、おはようございます」

「ん?あっ、おはよう。蒼世くんだよね」

「はいっ」


 ふと振り返ると坊主頭でいかにもスポーツ少年なしっかりした顔がこっちを見ていた、そうか野球だったか。


「会ったのは二回目だよね、覚えてる?」

「はいっ」


 なんとも元気な子だ、野球部ということもあってか声に張りがあり爽やかだ。身長はまだ成長途中なのだろうがそれでもしっかり165は超えてるだろう。


「学校は楽しい?」

「はいっ、一生懸命やらせてもらってますっ」

「そうか、じゃ今日も頑張れよ」

「はいっ、純さんもっ」


 なかなか素直でいいやつだ、にしても部活か・・・俺はちょうどリハビリで忙しかった時期か。


 そして顔を洗い終えて廊下に出ると廊下の奥の方か何やら長い髪を前の方に下げてのらりくらりと歩いてくる小さい女の子がいた、あれがおそらく次女の千世だろう。


「おはよう千世ちゃん、大丈夫かい?」

「・・・大丈夫・・・」


 おそらくだろうが、この子は典型的な低血圧なんだろう。だがその姿はまるでホラー映画だ。


「ほらっ、千世しっかりしなっ」

「うぅ・・・うるさい兄ぃ」


 向こうで聞こえる兄弟のやりとりも昔は憧れたな、俺には兄弟がいないから。ただその代わりにしつこい幼馴染がいたわけだが。


 台所に戻ると既に食器類が準備されていて、そこには村上さんが冷蔵庫を開け中の烏龍茶を立ち飲みしていた。


「純、もう少しで出来るから座ってろ」

「あぁ、てかお前、今日どうするつもりだ?」


 昨日聞かされた話ではホームズは謹慎処分で出勤はできないはずだ。


 それについては。と言いながら手に朝飯のおかずであろう、だし巻きを手に持ってテーブルに置くとまた台所に戻って話をし始めた。


「私は大学にいつも通りに行って、しばらくこの家で世話になる」

「は?」


 次にホームズは炊飯器をテーブルの上に持って行き、茶碗としゃもじを持ってそれぞれ人数分に盛っている。


「純、この家では母親が死んでから全ての家事は長女の香世が取り持ってる。それに香世は高校生で家事と学業の両立は難しい、よって大学に通ってるだけの私がここの家事を手伝っても別に構わんだろう。どうせ謹慎処分で暇だ」


 そういえばこいつは大学に通いながら捜査協力をしていたのをすっかり忘れてた。それを考えた学業と仕事を両立しているホームズのことも素直に凄いと思った。


「ホームズさん、味噌汁渡すから受け取ってもらえる?」

「あぁ、渡してくれ」


 にしてもこの二人は本当に仲がいいなだな、と思いながらその光景を眺めていると奥の方から顔を洗ったのであろう兄弟の二人が現れ席に着いた。


「二人ともおはよう、もう少しで出来るから待って」

「なぁ、香世。この味噌汁の具材の配分は少しおかしいと思わないか?」


 確かに、なみなみと盛られている味噌汁はワカメの量やネギの量だったりが不自然すぎる、だが。


「大丈夫、これが家流だから」

「そうか・・・」


 どうやらホームズもこれ以上言うのは諦めているらしい。そして配膳が終わろうとした時に村上さんが洗面台から戻ってきた。


「おっ、おはよう皆の衆。いやぁ〜今日の飯もうまそうだ」

「お父さん、シェイバーのクリーム。顎に残ってるよ」

「ん?あっ」


 娘に言われ慌てて下着で顎に残ったクリームを拭う村上さん、いつもは厳しい上司として課内で通っている彼だがここで意外な一面を見れた気がする。


「龍一、不潔だ」

「うるせぇよ。ほらさっさと飯にしよう」


 そしてテーブルに村上さんの娘たちと俺、ホームズが席に着き。


「それじゃ、いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」


 と言う村上さんの仕切りで賑やかな朝食が始まった


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「そういえばホームズ、その割烹着どうした?」

「ん、これか?これは香世に手伝おうと言ったら貸してもらった」


 目の前でだし巻きに手を伸ばしているホームズがそう答えるが、未だにホームズは料理をしていた時の割烹着のままで、意外だが結構似合っている。


「そうか。いや、なかなか似合ってる」

「いや、すまんわざわざのを出してもらって」


 母親というワードに全員の箸が止まる。そして少し気まずい空気が流れる、だが村上さんが『よくわかったな』と明るく言ったのを合図にまた全員の箸が動き出す。


「にしても、今日は飯の盛りが普通だな。今日姉ぇが盛ったのか?」

「うんん、今日はホームズさんが盛ってくれたんだよ」


 質問をしたのは蒼世だ、それに対して香世が答えるがなるほど。やっぱり昨日の昔話みたいな盛り方は普通ではないとわかってるんだな、この家庭は。


「なんだ蒼世、足りないのだった私がまた盛るぞ?」

「っ!いえっ、大丈夫です・・・っ」


 ん、なんだこれ。目の前でそのやりとりが見えるが当の本人の蒼世は少し顔を赤くしてうつむいて飯をがっついている。

 うん、悪いことは言わん。やめておけ。


「・・・ごちそうさま・・・」

「はぁ〜、千世また残すの?そんなんじゃ体大きくならないよ?」


 俺の隣に座る村上さんのさらに隣を見ると、この中で最年少の千世がどうやら飯を残したらしい、少し覗き見ると確かに茶碗の中にご飯が三分の一ほど残っている、味噌汁は全部飲んだらしいが。


「・・・もういい」

「もう、じゃあお茶碗こっちによこして」


 そう言って香世が差し出された茶碗に手を伸ばそうとしたその時である。


「えっ、ホームズ・・・さん?」

「千世、剣道について悩んでるんだろう。何を言われたか当ててやろうか?」


 差し出した手を止めるかのようにホームズが手を掴む。


「・・・えっ」

「君の茶碗の持ち方を見てわかったが、君は左手の物の持ち方が若干個性的だ。剣道でいう左手はいわゆるエンジンと同じ役割を持つ、その持ち方が不安定ではあまり勝てないのも頷けるな」


 俺自身警察官として剣道はやらされるが確かにホームズの言っていることは正しく竹刀の持ち方で左手は確かに重要な役割を持つって教わったような気がするが、茶碗の持ち方で見極められるものなのか?


「・・・お姉ちゃん、剣道わかるの?」

「まぁ、あまりやらんがどこが良くないかはわかる。さぁ、教えて欲しかったらあと半分食べるんだな。そしたら教えてやろう」

「・・・わかった」


 そう言って千世は残った飯に手をつけ、結局最後まで食べてしまった。


「よく食べたな。それに、夜はあまり夜更かしをするな、女は美容のために早く寝ないとダメだ」

「うんっ」


 なんとまぁ、子供の扱いがここまでうまいとは。とにかく今日は意外な面を色々と見れて楽しい、そして村上さんが全員でごちそうさまを言わせた後各それぞれ家を出る準備に取り掛かった。


「おい、純」

「なんだエミリー」

「今日は頼んだぞ、それでわかったら報告しに来い」

「わかったよ」


 いつものスーツに身を包んで、家を出る準備をする。さて今日は警視庁に行ったら早速聞き込みだ。


「んで、純。今日はどこ行くんだ」

「はい村上さん、今日は」






 被害者の働いていた『元倉総合病院』に聞き込みです。








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