第十三話 壊れた作戦会議

 中に入ると、通信指令センターには村上さんと倉橋、そして・・・西宮警視正がいた。


「それで、倉橋警部。要するに君は通信指令センターに今回の容疑者が電話をしてきて、逃走の支援をしようとしたらスナイパーに容疑者が射殺されたと、そういうことかな?」

「・・・はい、間違いありません」


 通信指令センターには不穏な雰囲気が漂っている、確かにドローンを出撃させて、多くのパトカーや人員を割いたにもかかわらず容疑者死亡とはあんまりな結果だとは思う。しかしその原因が・・・


「それで、倉橋警部。ここの指揮をしたのは誰かね?」

「・・・探偵課のエミリー=ホームズです」


 となる。そしてこっちを振り向いた西宮警視正は一見微笑んでいるように見えるが、俺はその表情に見覚えがある。

 

 これは格好の獲物を見つけた、そんな目をした獣の表情だ。


「それは本当かな?ホームズ君」

「・・・あぁ、そうだ。私が指揮をして高橋 直樹を死なせた」

「そうか・・・」

 

 次の瞬間、飛ぶのは怒号かと思った。だが西宮警視正は何も言わず、ホームズのそばを通る、しかし俺は西宮警視正の口元がホームズのそばで動くのを見逃さなかった。


『終わったな』


 と。


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「おい、純」

「あっ、村上さん・・・大丈夫ですか?」


 午後10時を回った頃、自分の机で始末書を書いていてこんな時間になってしまったが、村上さんは警視庁のお偉いさんに呼び出され事の顛末を説明させられていた。そして二時間たっぷり説明させられた村上さんは少し憔悴しているように感じた


「にしても大変だったよ。規約がなけりゃ暴れてたところだった」

「それは困ります」


 そんな話をしていたが、そういえばホームズはどうしたんだろうか。いつもなら定時だと言って先に帰っているはずなんだが、さすがにあんな落ち込む姿を見てしまっては少し心配になってしまう。


「村上さん、そういえばエミリーを見てませんか?」

「ん?あいつか、あいつならさっき一課の廊下で見たぞ」


 一課の廊下で見た?なんだあいつまだ帰ってないのか。そう思い廊下の外へ出る、夜の十時を回っていることから、廊下には電気があまりついていない、唯一ついている場所といえば廊下の奥にある喫煙所だ。そこにホームズはいた。


「お前、タバコ吸うんだな」

「まぁ、嗜む程度だ。何かに行き詰った時とか気分転換の時に吸うといい感じに頭が痛い」

「頭痛いんだったら吸うなよ」


 そう言うと、ホームズはフゥーと煙を吐き出す。すると狭くて四人ほどしか入れなさそうな喫煙所がタバコの臭いで充満する。俺自身タバコは吸ったことはないがこの匂いは懐かしさを感じる。


「痛みは誰よりも自分を刺激的にさせる。私はタバコが苦手だがたまには苦手なものも相手にしないと頭が鈍るんだ」

「・・・お前は悪くない」


 あぁ、そうだとも。と言って、タバコの箱を握り潰すとそばのゴミ箱へと放り込む、そして手に持っていたタバコを灰皿で消すと。


「行こう、まだ事件は解決してない」

「・・・は?」

「だいたい純、始末書書くの遅いぞ」

「誰のせいだと思ってるんだ?」


 なんだかいつもの調子に戻ったホームズを見て少し安心した、やっぱりムカつくが。そして喫煙所を出ると村上さんが一課の扉の前で待機していて連れ帰ったホームズを見て安心した表情をしていた。


「龍一、今日は君の家で作戦会議だ」

「はっ!?俺今までお前のことで絞られてたんだが!」

「それはそれ、事件は事件だ。龍一、五分で支度する」


 そういえば村上さんの家には一回も行ったことないな、家族には会ったことはあるが家ではなかったし。


「となると・・・お前も来るのか」

「・・・すみません」

「いや、いいんだが。今日の晩飯、香世に三人分頼まなきゃな・・・」

「本当にすみません、晩御飯まで・・・」


 香世というのは村上さんの娘さんで今は高校3年生になったばかりだと聞いている、普段仕事が忙しい村上さんのために下の弟たちの世話だったり、家事の全般をこなしている。俺自身一人っ子だったものだから兄弟や姉妹がいることには少しうらやしいと思ったものだ。


「待たせた、いくぞ」

「なんでお前が仕切るんだ、ホームズ」

「今の私は最高に燃えてるんだ。鉄は熱いうちに打て」


 そう言って、廊下の奥へと勝手にズンズンと進んで行くホームズ、仕方なく付いてくことしかできなくなった二人は慌てて後を追う。


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「毎回この車に乗って思うんだが、龍一」

「文句言うんだったら放り出すぞホームズ」

「とてつもなく狭い」


 確かに、今だったらお前の意見に賛同する。確かにこの車は狭い。


 今乗っている車は『ダイハツ ミラジーノ660 キャルルック』というらしいのだがまさに骨董品と呼ぶにふさわしい車だ、なにせガソリンで走るのだから。現在はガソリンエンジンではなくモーターで走るのが主流なため今では40年前に比べガソリンスタンドの数は圧倒的に減っている。なのにこの車を村上さんが使い続ける理由は。


『かっこいいから』


 だそうだ。


 まだガソリン車ならまだいい、なにぶん三人が乗るには狭すぎる。村上さんは身長が165くらいだからいいもの170を超えている助席にいる俺と後ろに座るホームズにはいささか狭すぎる。


 そしてその状態で20分。


「フゥ〜ッ!腰が痛い。今度は車を買い替えろ、龍一」

「お前が買ってくれるんだった考えてもいい」

「学生に何を言ってるんだ、龍一は」


 車の向こう側で伸びをするホームズと、運転席を出た村上さんが何かを言い争っている。そんな二人を横目に見た村上さんの家は、どこか平成の下町に取り残されたかのような古い家だった。


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「お〜い、今帰ったぞ」

「お父さんっ!お客さん連れくるんだったらもっと早く言ってもらわないと困っちゃうでしょっ!」


 古い引き戸の扉を開け、玄関に入ると出てきたのは長女の香世だ。未だに制服姿でエプロンをつけていることから家に帰った後もずっと家事をしていたのだろう。


「え〜っと、渡辺さんとホームズさんだよね。どうぞ上がって、スリッパはそこにあるの適当に使って」

「すみません、お邪魔します」

「ありがとう、香世」


 俺はこの家に上がるのは初めてだが、ホームズは一回来たことがあるのか?妙に慣れている感じがある。


「フゥ〜、疲れた。碧世と千世は?」

「もう寝た、お父さんが遅いんだよ」


 碧世は中学2年生の男の子で確かサッカーだか野球が好きだったんだっけか、千世は小学6年生の女の子で剣道をやってるって聞いたような。


「んで、作戦会議ってなんだ?」


 家のリビングはフローリングでそこにテーブルが置いてあり、中心に調味料が置いてあるという絵に描いたような食卓、だがそこにスーツを着込んだ大人が三人座っているということを除けばだ。


「まず、高橋 直樹の話した組織についてだ」


 確か臓器売買を行っている組織だ、高橋 直樹がそこの末端に所属していて、作業風景を見られたから口止めに殺させられたと。


「高橋 直樹は多くの手がかりを残した。それをうまく組み合わせたら私たちの勝ちと言っても過言ではない」


 まず手がかり一つ目、と言おうとした時に。


「はい、残り物だけどこれしかないから。ご飯はいくらでもあるから言ってね、あと味噌汁も」


 目の前に運ばれてくるのは、皿の上にキャベツがたんまりと乗りその横に申し訳程度に乗っている・・・ハムカツだろうか。いや決して小さいというわけではないんだがどう考えてもキャベツとハムカツの比率がおかしい。


「すみません、ありがとうございます」

「いいえ、調味料はそこにあるの適当に使って」


 俺年上なんだけどなぁ・・・と思いながら、今目の前でキャベツとハムカツの割合、そして手にはよく昔話で盛られてくるような白米の量に困惑するホームズと性格が似ていると思った。


 なるほど、ホームズと村上さんがうまくやっていける理由がなんとなくわかった。


「さてと・・・話を戻そう。一つ目」


 倉元病院


「そこって」

「あぁ、岩崎 薫が働いていた病院だ」


 倉元病院で高橋 直樹が働いていて臓器などを仕入れていたのだとしたら内部に協力者がいたはず、そいつを見つけ出し組織の情報を聞き出せれば猟奇的殺人事件から臓器売買組織の一斉検挙へと方針が移る。


 だが見つけ出すのは困難だろうとホームズは言う、高橋 直樹は10年くらい潜っているという人間もいるという話をしているわけだから、そこまで溶け込んでいる人間を病院の資料だけで判断するのは難しいという話だ。


「二つ目」


 組織の規模


「高橋 直樹を狙撃したのは確実に上空のヘリコプターと考えていい、あの日の御徒町上空のヘリコプター飛行はどこの企業、局、サービス業も行っていなかったし許可も降りていなかった」

「となると、組織はヘリコプターを飛ばせるくらいの財力と権力を持っているということかぁ・・・」


 隣でキャベツにソースをかけて頬張っている村上さんが呟くように言う。となるとかなり強大な組織ということだ、ヘリコプターを飛ばす飛行場、当然ヘリコプターの調達、操縦士、狙撃手、よりによって狙撃手はかなり腕がいいことが想定される。


「ヘリコプターの操縦士もだ、正確なポイントでホバリングをしながら機体を狙撃しやすように調節しなければならない。おそらくだが軍に所属する人間、もしくは所属していた人間の仕業だ」


 目の前のホームズも箸がハムカツの方へと伸び始める、どうやら続きは食べてからということらしい。仕方なく俺も箸に手を伸ばし片手に茶碗を持つ。しかし家庭料理は何年ぶりだろうか、家ではほとんどコンビニ弁当かカップラーメンだったもんな。


「いただきます」


 まずはハムカツからだ、基本俺はソースはかけない派だ、ちなみに村上さんはソースをどっぷりかけるタイプで、ホームズは脇の方ちょっとソースを出しつけて食べるタイプだ。


「・・・うん、うまい」


 口の中に入れた瞬間広がる懐かしい味、メンチカツやコロッケとは違いこの独特の感触とカラッと揚がった衣の絶妙なバランスがとてもいい、そしてハムを使っているせいでもあるがあまりしつこくなくさっぱりした後味がする。

 

 次に少し脂っこくなった口に優しいかつおだしの味噌汁で口を満たす、中身にはワカメと豆腐以外にジャガイモが入っておりいかにも家庭的な味噌汁だ。そしてこの組み合わせで行けばこのてんこ盛りの白米もすぐになくなるだろう


「すまないが、香世。お茶をもらえないか」

「ホームズさん、ちょっと手が離せないから冷蔵庫から勝手にとってちょうだい。コップは台所にあるの勝手に使っていいから」


 ほぉ、ホームズをなかなか上手く扱えているな。やっぱり何度か会ったこともあるせいか扱いが慣れている。そしてホームズは渋々席を立ち冷蔵庫の中からボトルに移し替えられたウーロン茶を取り出し台所で逆さに置いてあるコップを持ってきた。


「さてと、話を進めよう。三つ目だが」


 ビルの一室に置かれたビデオカメラ


「少なからず今回の件に関して、私は自分の考えが足りなかったとはどうしても思えない。確かに最後あたりに気が抜けたのは認めるが」


 あれを設置した人物は少なからず頭がいい、ホームズが狙撃ポイントを想定していたところをそいつは予想してあんなトラップを置いた、少なからず先を読む力と推理力が優れている人物であることは間違い無いだろう。


「もう一つその話で付け加えるのならばだ。なんでそのポイントに絞り込むことができる能力を持つ人間がいることを組織は知っているかだ」

「つまり・・・内通者がいるってことか?」


 締めの味噌汁をすすっている村上さんがぼんやりとつぶやく。仮に内通者がいた場合警察の個人情報や捜査内容が外に漏れている可能性がある、そうなったらもう大問題だ。


「さてと、まず私たちが次にすることは『倉元病院』の捜査。及び首謀者をあぶり出すことだな」

「あぁ・・・その件・・・だが・・・」


 味噌汁のお椀を置き、気まずそうな顔をする村上さん。だいたい想像はできるがあまりいい話ではないだろう。


「今日、俺の呼ばれた話では探偵課の今回の捜査権利の剥奪、及びエミリー=ホームズの謹慎処分が決まった」

「・・・なるほど、私は動けないのか・・・純」


 なんとなく嫌な予感がする。


「私が言った指示どうりに動け、そうすれば必ずこの事件は解決する。ちなみにいつまでだ?」

「1ヶ月だったような気がする」

「ならば約1ヶ月の純が動くべき内容をリストにしてまとめる、その指示どうり動いてくれ」


 こうして、俺の単独での捜査が決まった。

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