1-06『それは素晴らしき青春の諸々2』

 というような顛末を語った俺に対し、旧友の返してきた言葉は端的かつ辛辣だった。

 すなわち、


『やっぱり未那が何を言っているのか、さっぱり何ひとつ理解できねーぜ』


 というものだった。

 長々と語ったというのにこの仕打ち。正直、ちょっと悲しくなってくる。


『しかし、世界は広いね』そんな俺の悲しみをよそに奴は続ける。『こんなにもわからない未那を、こうまでわかる人間がこの世に存在するだなんて。しかも、その上でお互いがお互いにとって、不倶戴天の敵ときた。こんなに面白い展開が起こり得るものかね』

「おい、こっちは真剣なんだ」電話口を俺は睨む。「わかってんのか? 主役理論を否定されるってことは、そのままお前が否定されるようなものなんだぞ。そうだろ共同研究者」

『生憎と、こっちはその生き方を実践しているわけじゃないんでね。まあ確かに、それができればいい人生になるとは思って考えたけど』

「軽いなあ……」

『むしろ君たちがそこまで重く考えていることのほうが理解不能だよ。未那も大概だけど、その友利さんという人もすごい。たったそれだけの理由で、会ったばかりの異性と同棲を決めるなんて。本当、並大抵の覚悟じゃないね。――控えめに言って頭おかしいとしか』

「これは俺たちにとって、なんかじゃないんだよ」


 いわば自分という人間の一個存在を賭した聖戦だ。なあなあにしていいことではない。

 俺は、この暮らしを通じて友利叶という人間に対する理解を深める。同時に、俺という存在を理解させ、お互いが完全な理解を得たところで改めて決着をつけるという話だ。

 だから俺は友利を友人どころかまず女とも思わないし、それは向こうも同じだろう。


『いや君ら絶対おかしいから』


 なぜかこの旧友には、まったく理解してもらえないみたいだったが。残念だ。

 ともあれ、旧友と旧交を温めるのもここまでの様子。電話口に向かって俺は告げる。


「そろそろ切るぞ。友利が起きる」

『わかった。できれば挨拶してみたいところだけれど――それはまたの楽しみにしよう。朝は忙しいだろうからね』

「いや本当にな」と俺は告げる。「友利の奴、かなり朝弱くてな。朝食は俺の担当なんだ」

『……ん? なんだか引っかかるようなことを聞いた気がするけれど』

「ん、ああ、飯の話か? つっても夕食は友利にやらせるし、あとはさすがに洗濯もな。まあ共同生活ってことになってんだ、役割分担は当然の話だろ?」

『……、……まあそういう言い方をすれば、そうだね』

「金もないしなー。弁当は残り物を詰めていけばそれでいいとして――と、悪い。マジで友利が起きそうだわ。たく、夜遅すぎなんだよ、あいつ。ああもう、いったい誰が制服にアイロンかけてやってると――あ、おい友利、やめろ! それは俺のコップだアホ、目ぇ覚ませ! 水なら汲んできてやるから、おい、寝ながらはやめろまた零すぞ!」

『いややっぱりおかしいよ! 状況がどう考えても円熟期の夫婦――』

「悪い、じゃあな! また連絡するわ!」


 そこまでで俺は通話を切った。

 最後になんか言っていた気がするが、俺の直感がロクなことではないと告げているため聞かないでおいた。奴の言うことは話半分でいい。


 電話を切ると、すでに完全に取り払われた壁の向こう側、その床に敷かれた布団の中で、むくりと鈍い動きで起き上がる影に目をやる。

 言うまでもなく友利叶だ。

 共同生活も一週間となれば、次第にお互いのことに理解が及んでくる時期だろう。


「むぁ……」と、上体を起こした友利は呻いた。「……あぅ。おぁよー……」

「はい、おはよう、友利。ほら、とりあえず水飲め水。んでさっさと顔洗ってこい」

「おぁー……ありがと、わきやぁー……うなー」

 二日酔いのOLばりに、ぐでんぐでんの友利。こいつがここまで朝に弱いというのは、正直言って意外だった。入学式の朝のことがほとんど嘘みたいだったから。

 呂律も体幹も目の焦点もブレブレの友利に、グラスに入れた水を持たせてやる。

 この手の朝の行いは、おおむね俺の担当ということになりつつあった。

 友利はちょこんと両手でグラスを受け取ると、その中身をこくこく飲み始める。あと一分もすれば再起動しよう。

 その間に俺は朝食の準備を始めていた。いろいろと面倒になりつつあったので、初日に決めた《元の部屋の範囲にはお互い入らない》という取り決めは、すでになかったことになっている。おおむね自分側にいるというだけで、実質これでひとつの部屋だった。

 一〇三側――友利エリアの食卓に、朝食を並べておく。

 その背後でむくりと、ようやく起き上がった友利が呟く。


「――うぇあ。あー……おはよ、我喜屋。水ありがと……」


 さっきも聞いた、とは言わない。

 朝の友利は驚くほど頭が回っていないため、体が起きたときと頭が起きたときの二度、挨拶をされるのが毎日だ。これも新しく知ったこと。


「さっさ顔洗ってこい、友利。すげえ不細工なツラしてんぞ」

「うっさい、ばか……親みたいなこと言うな……」


 俺の言葉に言い返しながら、のそのそと洗面所のほうに向かっていく友利。

 なお、俺はすでに朝食を済ませてしまっている。共同生活とは言うが、食事をいっしょに摂ることはあまりなかった。友利は朝、遅刻ギリギリの瀬戸際まで起きないからだ。

「んじゃ、いつも通り俺は先に行ってるからな」

「……うぃー……」

 若干低めの友利の返事。ここまで起きれば、あとは放っておいても大丈夫だ。

 同棲――という名の共同生活を始めてから一週間。人間の適応力とは恐ろしいもので、すでに俺たちはこの生活に慣れ始めていた。新生活が始まってからいろいろ――本当にもういろいろとあったが、そのいろいろの大半が自宅で起きているのだから凄まじい。

 思っていたような青春とは、そのベクトルが完全に違ってしまっているけれど。

 まあ、それはこれからだ。一週間、張り切っていくとしよう。


「――行ってきます」


 と俺は告げ、自分側の部屋の扉から出た。

 春の陽気が心地いい。真白の光に包まれた通りは、行く先々を祝福しているかのよう。なんて言うと近隣の住民全てが祝福されていることになるが、まあいいじゃないか。

 世界平和、万歳。

 アホなことを考えつつ表に出たところで、掃き掃除をしている瑠璃さんと遭遇した。


「瑠璃さん。おはようございます」

「はい。おはようございます、我喜屋くん」


 にっこりと柔らかな笑みを浮かべる瑠璃さん。

 だいたい二、三日に一度くらいのペースで、学校に出かけるときに遭遇した。そんな日は、少しだけ話していくのが常だ。


「新生活には、もうすっかり慣れたみたいだね」

 瑠璃さんは笑顔で言う。ただ、その新生活という言葉の意味は人と違いそうだった。

「まあ、さすがに一週間も暮らしてればそうですね。もう慣れました」

「あはは! やっぱり我喜屋くんと友利さんを引き合わせたわたしの判断に、間違いはなかったみたいだね!」

 お手柄のように言ってのける瑠璃さん。

 この人はこの人で割とこの人だというか――善意百パーセントだけに何も言えないけれど、年頃の男女を当たり前みたいに同棲させる辺り結構なかなかではあった。

 なんやかんや結局、当たり前みたいに受け入れちゃったわけだし。

「ま、友利が想像してたより数倍、朝に弱いのは驚きましたけどね」

「……別に朝弱いってわけでもないと思うけどなー」

「え?」

「んにゃ、こっちの話」瑠璃さんは笑みを深めて言った。「ところで我喜屋くん、学校のほうはどう? 友達はたくさんできた? 上手くやっていけそう?」

「……そうですね。実際、割と順調なんじゃないかなあ、とは思ってますけれど」

 これは嘘ではなく。友人は多くできたし、滑り出しはこの上なく快調だった。

「ふむふむ」と瑠璃さんは笑う。「うんうん、なるほど。それはとてもいいことだね!」


 ……なんだろう。なんだか妙な違和感があった。

 瑠璃さんの満面の笑顔が、これはいつもそうなのだけれど、普段よりも数倍マシでニコニコしているというか。なんだか笑顔に深さがある、といった感じだ。

 というか、よく見るとその視線が俺のほうには向いていない感じで――、



「――おっす未那! 奇っ遇じゃ――ん!!」



 背中に与えられた一撃に、俺の肉体がビシーっと硬直した。背後からこっそり近寄ってきていた人間に、どうやら背中を叩かれたらしい。

 つまり瑠璃さんは、気づいた上で黙っていたということ。だから笑っていたわけだ。

 俺は痛みに目を細めつつも、背後に向き直った。

 声と、そしてこんなことをする奴だということから、そこに誰がいるのかは振り返る前からわかっていたが。

 だから俺は振り向きながら答える。


「……おはよう、さなか。あと痛い」

「あ、ごめんごめん。そんな強く叩いたつもりなかったんだけど。怒った?」

「そうだな。さーてどうやり返してくれよう」

「きゃー」


 手をわきわきさせた俺に、少女は大仰に身を捻るリアクションで答えてくれた。このノリのよさ、見習ってもらいたいものである。……誰にとは言わないが。

 そんなやり取りを見て取って、瑠璃さんが微笑む。


「やっぱりお友達なんだね。視線で合図されちゃったから、黙っててみたんだけど」

「――あ、どうも初めまして! 湯森ゆもりさなかといいます。未那とはクラスメイトです!」

 俺の背を叩いた少女が、敬礼の真似ごとをして瑠璃さんに答える。初対面でもこうまでナチュラルに迫っていける辺り、養殖おれとは違う天然ほんものの主役力を感じさせた。


 彼女――湯森さなかは、俺と同じ一組のクラスメイトだ。

 さらさらとした亜麻色の髪の毛が特徴的な少女。丸い瞳からは誰かと正反対の活力、活気というものを感じさせる。素で明るく、誰に対しても人当たりがいい。ましてかわいいとくれば、これがクラスの中心に立たないはずがなかろうという絶対的な主役人間ヒロインキャラ

 俺にとっても、この一週間で最も仲よくなったクラスメイトのひとりだった。

 新入生の教室での席順といえば名前の順。《わ》と《ゆ》がそこそこ近かった(ラ行で始まる苗字のクラスメイトが少なかった)ことから、隣の席同士になったことを縁としている。

 こういうのは幸運だ。独り暮らしを始めたことで風水的な何かが上向いたのか、さなかのような主役力持ちを味方につけられるポジションにいたことは大きい。

 もちろん、そのチャンスを自らの手で掴み取ってこその主役理論ではあるが。


「……ええと。未那のお母さま――です?」

 と、瑠璃さんに向けてさなかが問う。瑠璃さんは首を振って、

「いえいえ。わたしはこのアパートの管理人、神名瑠璃です。初めまして、湯森さん。我喜屋くんは、このアパートに住んでいるんですよ」

「あ、そっか。すみません、ずいぶんお若いなー、とは思ったんですけど」

「いえいえ。確かに我喜屋くんのことは、家族みたいに思っていますよ」

「ひゃー」謎の呻きを上げて、さなか。「そいえば未那、独り暮らしって言ってたっけね。そか、ここだったんかー」

「ま、そういうこと」


 独り暮らしであるというパーソナルデータを、俺はすでに入学式の当日に、自己紹介の武器として使ってしまっている。それ以来ほとんど触れていないが、さすがに忘れられるほど時間が経ったとは言えないようだった。

 正直、忘れてもらっていたほうが今や都合がいいのだが。

 なぜならば俺は今、友利という名の爆弾を抱えているのだから。


「ところで、さなかもこの辺だったっけ?」

 話を変えるように俺は訊ねた。女子といっしょに登校という、劇的青春イベントのフラグが立ったのだ。これを逃す馬鹿はない。

 俺の問いに、さなかは軽く肩を揺らす。

「この辺っちゃこの辺だし、違うといえば違うけど……こっち通るとガッコ近いんだ」

「あ、なるほど」


 そもそも学校から近い立地を選んだのが俺であった。そのほうが青春的に好都合だと、あのときの俺は判断していたからして。

 ああ、なんてことだ。入学前の準備が裏目っている……。


「独り暮らしかあ、いいなあ……やっぱり憧れだよね、独り暮らしって」

 瞳を輝かせてさなかは言う。彼女は、表情に感情が反映されやすい性格だった。

 そういう部分を俺は好ましく思っているのだが、返答としては誤魔化さざるを得ない。

「まあ、いろいろと大変なんだけどね。掃除も洗濯も、あと料理も。全部、自分でやらないといけないし。当たり前のことなんだけどさ」

「さすがー。偉いですなー、未那さーん?」ニヤニヤ笑うさなかだった。「なんならわたしが料理とか作りに来てあげようか? うん?」

「あはは。そんな迷惑はかけられないけど、ありがとね。さなかは料理得意なの?」


 流すこと風の如し返答。林の如し静けさの裏側で、本当は火の如く「是非お願いします」と答えたかったのだが、それが言えない理由が山の如しであった。ド畜生。

 もちろんさなかも冗談で言ったのだろう。特に気にせず、明るい笑みを見せてくれる。


「おやあ、お疑いかな、未那さん? わたし、これでも家事は得意なんですよ?」

「……ほほう? 実はちょっと意外だったかも?」

「あっ、失礼な! って、普段のわたしを見てたら、まあそっか」


 ――なんだろう。心が豊かになっていく。

 これだ。これなんだよ。俺が求めていた青春とはこういうものを言うんだ。こういったなんでもない雑談を、クラスメイトの女の子と交わす――たったそれだけのことが、こうも素晴らしい喜びを生んでくれる。嗚呼、主役理論の恩恵たるや……。

 かなりの満足感に浸っている俺であった。友利のせいで崩れた計画や、旧友による不吉極まりない予言など、このカラフルな現実を前にはモノクロ文書の如し――。

 そんな、自分でもわけのわからないことを考えていたのが、あるいは悪かったのか。

 俺は、瑠璃さんの次の発言を止めることができなかった。


「――でもさ、未那。今度、遊びに来てもいい?」まず、さなかが言った。「みんなも気になってると思うんだよね。ウチのガッコで独り暮らししてんのなんて、たぶん未那くらいでしょ? どうなってるのか見てみたいなー」

 痛恨の一撃だった。流れでこう問われることくらい予期していて然るべきだったのだ。

 どうやら俺は、突然の青春的イベントに浮かれすぎてしまっていたらしい。俺の返事を待たずして、先んじて瑠璃さんが言ってしまったのだ。


「我喜屋くんのお友達なら大歓迎ですよー。是非、遊びにきてください」

「わ、いいんですか? ありがとうございます、瑠璃さん!」


 笑顔で誘う瑠璃さん。そして笑顔で答えるさなか。

 俺の笑顔では亀裂がマラソン。


 ――しまった。あまりにもしまったすぎる。しまったすぎるってなんだ。


 もちろん、イベントとしては大歓迎の事態である。

 管理人のお墨つきまで貰ったのだ、本来の俺ならばこの幸運を、確実に掴むべく訪問イベントを計画したことだろう。

 主役理論第四条――《行動してこそチャンスが舞い込む。それを掴み取る握力こそ、青春に最も必要な武器》、だ。

 それに従うならば、ここは口約束を実行にまで雪崩れ込ませることこそ必要である。というか、そうするべきだった。本当に心からそうしたかった。


 が、今は無理だ。

 なぜなら家には友利がいる。


 俺のクラスメイトということは、イコールで友利のクラスメイトだ。だから瑠璃さんは気にしなかったのだろうが、俺としては友利と同居なんて事実を決して知られたくない。

 言い訳なら、一応は考えてあったのだ。賃貸アパートにあまり人は呼べないとか、独り暮らしで忙しいから家にいないとか、なんなら部屋が汚いとか。だがそんな言い訳は全て使う前に潰されてしまったに等しい――なにせ管理人が直々にいいと言ったのだから。

 それをダメと言っては、もう逆に俺が呼びたくないみたいな感じになってしまう。それだけは避けたい。それは俺の青春を遠ざける行いだ。


 ――どうすればいい?

 だいたいクラスメイトと同居なんて事実、そもそも学校に知られるわけにはいかない。瑠璃さんはあまり気にしていないようだったが――というか瑠璃さんの場合、どうも意図的に友利を孤立させないよう動いている節がある。あいつは自ら望んでいるのだが。


「……未那? どしたん?」

 と、きょとんとしたようにさなか。こちらを見て首を傾げている。

 しまった。しまったすぎるが再来した。考え込むのに集中しすぎていた。

「あ、いや――なんでも」

 咄嗟に俺は答えたが、この時点でもう全てが遅い。

「今日、バイトあったっけ、未那?」

「……あー。今日は、……ない」

「じゃさ、みんな呼んで、未那ん家に遊び行っていい、かな?」

 さなかは上目遣いに俺に問うた。

 女子の中では割に高めでも、俺よりは頭半個分くらい低い身長。


「あ、えと。もちろん迷惑ならやめるけど。え、えと――あ、そうだ、ほら! まだ入学したばっかでさ、みんなでどっか遊び行くとかなかったじゃんって思って――みたいな」


 さなかの視線が、正面から俺と向き合った。

 それがわずかに揺れている。それを見た俺の答えなんて、もう決まったようなものだ。


「――もちろん歓迎だとも」だから結局、そう答えた。「そうだな。宍戸とか、あと葵とか呼ぼうぜ。あいつらなら暇してんじゃないか、たぶんだけど」

「へへ……ありがと」その答えに、さなかがはにかむ。「ごめんね急に。迷惑じゃない?」

「別に迷惑じゃねえって。そんな気にしなくていいよ別に。俺も遊びたいし」


 もうそう答えるしかなかったっていうかほかにどう答えろという話なのか。


 俺は、青春のための努力を否定しない。それがたとえ意識された者ではなくとも、自分自身がそうしているからこそ、他者のそれを絶対に否定できない。

 誰かを遊びに誘う、ということには勇気がいる。行動にはエネルギーが必須なのだ。もちろん自然にできる人間だっている。どちらかといえば、さなかはそちら側だろう。それでも、勇気を出して誘ってくれたことを――否定するなんてできなかった。


 つーか前向きに考えりゃいいだけだ。

 家に友達が遊びに来てくれる。よし絶対楽しい。何も問題はない。あとはそれを最高に楽しめるものにするための準備をすればいい。


「さて、そろそろ学校に行こうぜ。あ、そんな感じなんで、瑠璃さん。今日は何人か友達連れてくるかもです」

「いいよー。行ってらっしゃーい!」

 手を振る瑠璃さんと別れ、さなかと連れ立って歩き出すことに。さっさとしないと友利が部屋から出てきてしまう――それはさすがにまずかった。

 まあ、要するに友利との同居さえ隠し通せば問題ないはずだ。瑠璃さんにも自分からは言わないはずだから、あとはバレさえしなければ問題ない――と思う。たぶん。


「……いや」というか、待てよ。

 このイベント、もしかして使えるんじゃないか……?

 急速に回転し始める思考。脳内で弾かれる算盤。青春色の脳細胞が導き出す解。

「あり、未那? どしたん?」

 考え込み始めた俺に、隣を歩くさなかが首を傾げて訊いた。

 今度はきちんと応対する。俺は笑って、

「いや。ちょっと考えごとー」

「ふうん……何、何?」

「まだ秘密、かな」

「えー? さてはよからぬことを企んでますなー?」

「ふっふっふ……自宅アパートに女子を連れ込むイベントですからなあ? うん、やっぱ宍戸は呼ぶのやめとくか。あんま広くないし。今回は女子だけでも」

「本当によからぬことを考えているっ!? フケツだぞ未那くん!」

「ところでさなか、四限の英語の予習、ちゃんとやった?」

「話を誤魔化された――!!」

「いや、だってたぶん、さなか指されるから、今日」

「ええっ、なんで!? わたしなんかした!?」

「や、あの先生、ランダムに指してるようで日付で決めてるから。言ってないだけで。だから今日、たぶんさなかまで行くと思う」

「え、ああ、言われてみれば……ごめん未那、あとでノート見せてっ」

「……やってないの?」

「やったよ! でも不安じゃん! 指されて間違うのはヤダー!」

「えー? どうしよっかなー」

「言っといてー!? いじわるだよ、このひとー!」

「はっはっは」


 雑談とは中身がなければないほどいい。

 それで盛り上がれる相手とは、つまりそれだけ仲がいいということだから。

 こういう時間の幸せを、それだけ噛み締めることができる。


 ――それはそれとして。

 さて、友利はいったいどう出てくるだろうか。

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