第二三話 蒼天は語る

「お前、根方か?」

 典型的な委員長キャラの根方カグヤが正反対の不良キャラとなった。

 高校デビューとは違う。

 優等生なる仮面を脱いだ本当の姿と考えれば驚きは少なかった。

「ああ、お前のクラスメイトの根方カグヤだ――だから、死ねよやっ!」

 殺意を宿した言霊が飛び出したと同時に蒼い閃光が瞬く。

 イザミは本能に突き動かされるまま大剣を盾代わりに構えるも無意味とする衝撃に貫かれる。

「が、ぐ、ががっ!」

 衝撃は意識と身体を吹き飛ばし、大剣を握ったままイザミは校庭の上を激しく横転する。

 ようやく停止した時には寸前で留まっていた胃の内容物をぶちまけていた。

「うえ、汚いな~吐くならトイレで吐けよ」

 カグヤの手には青空のように蒼く輝く刀が握られていた。

 ただの刃物でないことは緋色の大剣に刻み込まれた傷が証明している。

「な、なんだ、それ……げほげほっ!」

 朦朧としかける意識の中、イザミは口元を拭いてどうにか誰何する。

「これか? これは……緋陽機<緋朝>をベースにヨミガネ殲滅兵装として改良を加えることで完成した蒼天機<雷霆>。そうだな、強いて言うなら――必滅の蒼天剣だ」

 必滅の蒼天剣――あの昏き声が確かにそう発したのをイザミは覚えている。

 だが、緋陽機や蒼天機とはなにか?

 一つの疑問がイザミを疲労と共に苛んでいく。

「ぐっ、ぐぐっ、な、なにが目的、だ?」

 疲労が出すべき質問を違えさせる。

 霞む意識の中、イザミは大剣を突き刺しては杖代わりにして立ち上がった。

 立たねばやられると、本能が警告してきたからだ。

「目的? 強いて言うならヨミガネを殲滅する力――蒼天機<雷霆>は基礎出力なら緋陽機<緋朝>の数値をはるかに上回る。けどよ、殲滅特化に開発されたからか、緋陽機<緋朝>に搭載されているあるシステムが蒼天機<雷霆>には搭載されてない」

「て、てめえもデヴァイスを狙う大人と一緒かよ」

「あんなのと一緒にするなよ。仮に手に入れたって、このデヴァイスは強固な生体認証により登録者以外起動できない仕組みだ。声紋、網膜、静脈、DNA情報、脳波パターンと十重二十重のセキュリティのオンパレードだ」

 仰々しく天を仰ぎながらカグヤは言った。

 人をコケにしている感はあろうと嘘臭さはなかった。

「ただし登録者が任意でロック解除した場合、記録されたデータを入手できる――同型機種限定だがな」

「……おれを痛めつけてロックを解除させる企みかよ」

 ロックの解除方法があったなどイザミは初耳だが口に出すほど愚かではなかった。

「正解。話が早くて助かるぜ」

 カグヤは青空のような曇りなき笑みを浮かべた。

 ただし清々しさはなく、あるのは狡猾さだった。

「お前の狙いはヨミガネ解放システム<天解>か?」

「はぁ?」

 カグヤから食肉処理される家畜を下げずさむ目で返された。

「なんでおれが獣に堕ちた人間を救わなきゃならん? 救う理由がない。獣は人を殺す。獣を救おうとすればその分、多くの人が死ぬ。だからこそ甘い<緋朝>を上回る必滅の<雷霆>が生み出されたのは必然だった」

 根方カグヤは敵だと本能的にイザミは直感する。

 思考、思想、力、色、立場、あらゆる位置が正反対ときた。

 馬が合う、合わない以前の問題であり、根本的に目的が違う。

 敵は倒す――間違いはない。

 けれども獣に堕ちた人すら敵として倒す。

 間違ってはいないが――イザミはカグヤを否定できなかった。

「お前な、この一〇年間、なんと戦ってきたんだ? この世界で何人、あのヨミガネに惨たらしく殺されたか知らないとは言わせないぞ?」

 事実、この一〇年、多くの罪なき人々が蹂躙された。

 家族を、友達を、恋人を、夫を、妻を、赤子を……血も涙もなく蹂躙したのは誰か――EATR(ヨミガネ)だ。

 そしてEATRを討伐してきたのはイザミを筆頭とした天剣者たちだ。

「討たなきゃ討たれる。これは変えようがない現実だ。武器を持たない人間を一方的に殺したのは誰だよ? ああ、分かっているのに答えられないのかよ」

 侮蔑と共に吐き捨てたカグヤの顔には嫌悪と失笑が入り混じっていた。

「ついでに教えてやる。おれの目的はヨミガネの殲滅。そして全ヨミガネを制御統制するマスタープログラムの破壊だ」

「……あの目かっ」

 不思議と合致した。

 あの目は他のヨミガネと異なり根本的に闇の底暗さが違うからだ。

「マスタープログラムはヨミガネの頂点だけに強大だ。殲滅特化の蒼天機で勝てるのか怪しい……だが、緋陽機<緋朝>に保存されたとあるシステムと、マスタープログラムが抱える問題が、おれに千載一遇のチャンスを与えた」

<緋朝>に保存されたシステムの正体をカグヤは口から出すほど愚かではないようだ。

「ヨミガネは人間の脳髄をコンピュータでいうCPUとして使用している。脳の未使用領域をフル活用してな。ヨミガネが人間を<匣>に内包するもっともな理由はどの生物よりも数が多いからだ。なんせ人間の脳は脳天パーなバカでも未使用領域にはスパコンを軽く超えるだけの演算処理能力が秘められている。後は捕まえてきた人間を植物状態にして粘液型神経接続回路と共に内包するだけで動力炉を兼ねた生体コアたる<匣>となる。後は装甲や武器を付ければEATRことヨミガネの完成だ」

 人間はヨミガネにとって根幹を為すパーツだった事実がイザミに更なる吐き気をこみ上げさせた。

「そして<匣>に内包された人間は誰もが持つ他者への殺意を増幅され、獣として従うまま人を殺す。恐ろしいのは殺意たる感情を稼働エネルギーにしている点だ」

 似ている、とイザミは直感した。

 大剣時の<緋朝>の威力が上がるのは戦意高揚にて感情が高ぶった時のみだ。

 対してヨミガネは殺意を稼働エネルギーに変えている。

 相反する意志だとしても、根幹には感情が共に関わっていた。

「ディナイアルシステム……」

 イザミは意識せずにぽつりと呟いた。

 ディナイアルとは拒否、拒絶の意味を持つ。

 不可視の鎧がヨミガネの攻撃のほとんどを防ぎきるのは、殺意たる意志を生きようとする意思が拒否、拒絶するためか。

 解放ノ冥火が不可視の鎧を貫通するのは殺意たる意志が生きようとする意志を上回っているためか。

 故に胸の奥底より湧き上がる一つの疑問。

<緋朝>とヨミガネの出所は同じではないのか?

 疑問抱くイザミの思考は捻じれ続けて対消滅を起こし知るべき解答を導かない。

「どうして今回のような襲撃が起こったのか、教えてやるよ」

 意地悪く、知識の差を誇示するようにカグヤは口元をにやつかせていた。

「簡単なことさ。一定数のヨミガネが減れば、ヨミガネはその減った数を補填するために人間をさらう。お前たち天剣者が人員補充をするようにな」

 誘拐する理由は減らされた仲間を増やすためだとしても、殺戮を繰り返すのは仲間を減らす行為だと矛盾に気づいた。

 減ったから増やすのは当然のことだろうと、敵もまた同じことを似て非なる手段で行っている。

 同意でも、試験でもない。

 ただ人間である理由で連れ去り獣と化す。

 当人の意志はなに一つない。

 あるのは獣への滑落だった。

「そして、全ヨミガネを管理、統制するのがマスタープログラム。頂点たるシステム故、<匣>内の負荷が尋常ではなく、通常なら一〇年は使用できる人間を、一年しか使用できない欠点がある」

 イザミはワイヤーに吊るされ塵となった女を思い出した。

「しかもただの人間を使用するわけではない。死の恐怖に屈せず、絶望に負けない強い心を持つ人間――それも女がマスタープログラムの<匣>として最良であり最高となる。だが交換する前後はシステム切り替えにより大幅に弱体化する。これほどチャンスはあるか」

 今の今まで蒼いデヴァイスを隠し、己の正体を欺いてきたのはただ時を待ち続けきたからだとイザミは気づけぬほど愚かではない。

「なら、この学校は……?」

 萎まり続ける思考の中、イザミは唇を震えさせながら問う。

「ああ、収穫でもあり選定の場でもあるのさ」

 イザミは朦朧する意識の中、思考をどうにか振り絞る。

 この瞬間、思考を止めれば新たなヨミガネを生み出し、犠牲者を増やす結果となる。

 学校が選ばれた理由を今は考えるな。出所の疑問は捨てて置け。

 考えるべきは学校の中から誰が選ばれたのか、この一点のみ。

 思い出せ、カグヤの言葉一つ一つを思い出せ。

「屈せず、負けない強い心を持つ、お、んな……」

 自然とイザミの首が校舎へと傾いていた。

 校舎の一角には第六部隊の隊員に保護されたミコトたちが遠巻きに様子を眺めている。

 イザミの本能が解を導いた。

「み――があっ!」

「はい、そこまで」

 イザミはカグヤに腹を強く蹴り込まれて黙らされた。

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