第二一話 EATR――名前のある怪物

『悪い、小僧、鮫の相手はできそうにねえ!』

『おれもだ、この狼共がっ!』

 第六部隊の各員よりイザミに通信が届く。

 フード付き狼との交戦にて援護は不可との報告ばかりだ。

 上空を旋回するティルトローター機よりクシナが援護狙撃に回っているが、狡猾な狼だからか、校舎内に飛び込むことで狙撃されるのを防いできた。

 狼たちの狙いに気づかぬ天剣者は星鋼機を持つ資格はない。

 狙撃逃れの意図があろうと本当の狙いはイナバワニザメ離脱の時間稼ぎ。

 イナバワニザメは捕獲した人々の収納を今まさに終えようとしている。

 意図的に散らばることで第六部隊を分断し時間を稼ぐ。

 かの第六部隊は実力者揃いであり、時間をかければ幻想種であろうと単独で相手を任せられる高き力量を各々が持ち得ていた。

 だが、現状で求められるのは実力ではなく時間だった。

「オペレーター、救援はどうなっている!」

 イザミが叫べば数秒のノイズの後、オペレーターとの通信が繋がる。

『現在、予備天剣者を中心に二チーム編成中です! またマイクロウェーブ受信施設にて幻想種十六匹の出現を確認。そちらに派遣できる戦力は現状、二チームだけとなります!』

「どのぐらいかかる!」

『二〇分ほどです!』

「分かった!」

 専門のオペレーターが二〇分かかると言うのなら二〇分はかかる。

 短縮しろ、すぐに来いというのは現場を知らぬ素人が吐く暴言だ。

 敵は幻想種。

 イザミ一人でも数で来るなら荷が重い。

 援軍を期待しようと人命救助は如何にして素早く行動するかにかかっている。

 なにより状況は待ってくれない。

 現状、揃った手札で対処するしかなかった。

「くっそ、動き出した!」

 トレイラー形態となったイナバワニザメ五匹は揃って離脱しようとしている。

 校門には<裂け目>がいつの間にか生まれており一直線に向かっていた。

「あいつら人間をどうする気だっ!」

 プテラノドン型に馬乗りとなった際、イザミは生徒たちをケースへと収める光景を垣間見た。

 今の今まで殺戮しか行わなかったEATRが誘拐を行うなど前例がない。

 原因追及は後であり今はあのトレイラーの息の根を止めるのが先決だ。

「クシナ、援護だっ!」

 イザミの要請通り上空から援護狙撃が行われるも、敵は幻想種。

 遠距離からの銃弾をそよ風のように受けては<裂け目>へと進んでいた。

 モチーフが鮫であることから黒紫の装甲は本家の鮫肌のように荒く、曲線を描いている。この曲線描く装甲により着弾時の衝撃が受け流されていた。

「だ、ダメだ、間に合わないっ!」

 EATRが擬態したトレイラーは本物以上の速度で<裂け目>へと猛進している。

 止めるには<裂け目>の前に立ち塞がればいい。

 だが、距離と時間が許さない。

 学校を檻と化した防壁を破るのとプテラノドン型との戦闘はイザミを消耗させている。

 身体が重い。

 意識が揺れる。

 間に合わぬから諦めろとの叫びと日常を諦めぬ叫びが衝突し合う。

 相反する叫びがイザミの思考を挟み込み、肉体を停止させようとする。

 それでもEATRを討たねばならない。

 自分自身が何者か知るためではなく、日常を奪うのを阻止し、守るために。

「いや、間に合わせるっ!」

 間に合わないから動かないのは敗者の言い訳だ。

 イザミは力強く両足を踏み込み、力を溜める。

 疲弊した身体は悲鳴を上げ、筋肉が引き千切れるような激痛を走らせる。

 身体を前方に傾け、大剣を握り締めては全身を貫く激痛の中だろうと駆け出した。

『うふふ、最終リミッター解除を確認したよ――きみはその<力>でどう救う?』

 ゴースト・ゼロの囁きが耳朶を打とうと会得した加速により流れていた。

「届けえええええええええええええええええっ!」

 イザミの叫びに呼応するように大剣から緋色の燐光が溢れ出す。

 緋色の燐光はイザミの身体に吸着されるように消え、火の熱さではない陽の暖かさが全身を蝕む痛みを緩和していく。

 視界が緋色の燐光にて塞がれ、回復した時には目の前にトレイラーが迫っていた。

「んなっ!」

 トレイラーはクラクションを鳴らさずイザミを引き潰さんとする。

 本能のままイザミは大剣を右から左へと力強く振り切った。

 刀身より放たれた緋色の波動が隊列を組むトレイラーの足を残らず両断する。

 足を奪われたことでトレイラーは慣性のまま傾き、一台も残らず連なる形で横転した。

「……なんだ、今の?」

 イザミは<裂け目>を背にして校門前に移動していた。

 間に合わないはずが、間に合っていた。

 さらには先ほどまで身体と意識、双方を蝕んでいた疲労が嘘のように消えている。

「ええい、後だ、後っ!」

『い、イザミさん、今のはっ!』

 困惑するクシナの声がイザミのインカムに届けられた。

「おれも知らん! 今はEATRから捕まった生徒たちを助け出すのが先だ!」

 足を失おうと腹這いとなってなお移動しようとするイナバワニザメたちの首をイザミは立て続けに切り飛ばす。

 切り飛ばした断面に<匣>を発見、間髪入れずイザミは剣先を力強く突き入れんとする。

 瞬間、緋色の燐光が瞬き、鎮まった時にはイザミはほの暗き空間に一人立っていた。

「な、なんだよ、ここ?」

 学校にいたはずがまたしても居場所が変化していた。

 加えて、浮いているのか、沈んでいるのか、上下左右の感覚すら曖昧にさせる。

『克己の緋天剣』

 怨嗟を積もりに積もらせた声がイザミの脳内に直接突き刺さる。

 周囲を見渡そうと声の主の姿はなく、空間そのものが声を発しているような不気味な錯覚を抱かせた。

『必滅の蒼天剣』

 降り積もる雪のように謎の声は殺意と怨嗟を積もらせてなお強く響く。

 イザミは警戒しながら周囲を見渡す中、己の身体が言語化できぬなにかに呑み込まれる恐怖を込み上げさせていた。

『飢え続ける者よ、何故、我らの解放を受け入れぬ? 何故、陽と天を作り星にて拒絶する? 何故、食べては寝て、増えては排泄するだけの愚かな生き様を――無様に繰り返す?』

 声はイザミに疑問を投げかけていた。

「……この声、まさかEATRかっ!」

 EATRの<匣>を破壊せんとしたことが原因なら、この現象はEATRがイザミを陥れるために見せている幻影である可能性が高い。

『EATRではない、克己の緋天剣よ。我らには名がある。使命抱く尊き名がある』

 幻影だが、幻影ではない。

 はっきりとした応対があった。

 ならば問いは一つである。

「お前ら何者だっ!」

 腹より力を込めてイザミは誰何した。

『EATR――それはお前たちの世界が勝手につけた識別コード。名前のない怪物(Monster without a name)を逆さ読みにて、名前のある怪物(Eman A Tuohtiw Retsnom)――EATRだと? 下賤な遊び心で崇高な我らの名を穢しおって』

 それは怒り、それは哀しみ、そして嘆き。

『克己の緋天剣よ、やはりお前は解放ではなく終わりを与えるべきだった。あの時、逃がしたことが使命に汚点を生むなど腹立たしい』

「……いいから答えろ、何者だお前ら!」

 過去よりもイザミはこれからを選び、今一度誰何する。

 声は当然の応対をした。

『我らは黄泉路に蔓延る者。黄泉を超えて貪る者。飢え続ける民に死への変革を与える者であり、貪る金属(EATR)ではない――そう、我らの名はヨミガネ。革冥機ヨミガネ。ヘグイにて飢えの解放者なり』

 巨大な一つ目がイザミの前に現れる。

 如何なる暗黒よりも深く、如何なる光すら呑み込み消し去る虚無の輝きの内側に人影を見た。

「うっ!」

 イザミは口元を思わず抑え込む。

 人間――イザミと歳の近い女が裸体のまま幾本ものワイヤーでマリオネットのように吊るされているからだ。

 ワイヤーは素肌にめり込み、表皮の下に幾本もの光のラインが走っている。

女はゆっくりと顔を上げれば、ほの暗く哂い――砂城が風により飛散するように――全身が崩れ落ち消え去っていた。

『この女は使命を終えた。今ここに強き女を召喚する。ヘグイ喰らいて黄泉に座するに相応しき強き心の女を――』

 ほの暗き濃霧がイザミの意識を塗り潰した時、再び校門前に立っていた。

「……が、学校?」

 イナバワニザメの<匣>に剣先を突きつけたままの状態でいる。

 意識を失っていたのか、それとも――

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