第一七話 足止め

 天剣者を現場へと派遣する手段は主に空からだ。

 運用されるのは両翼にエンジンとローターを摘んだティルトローター機である。

 ヘリコプターと比較して最高速度が大きく、航続距離が長い。

 尚且つ短い滑走路でも離着陸可能な利点を持つ。

<S.H.E.A.T.H>極東支部より緊急発進した機内のシートに座するイザミは荒ぶる精神をどうにか抑え込んでいた。

『第六部隊に雨津さん、応答してください』

 イザミだけでなく第六部隊全員にオペレーターから通信が入る。

『現在、天岩学園はディナイアルシステムの防壁を発動し突入を拒んでいます。防壁を突破するには星鋼機では不可能です。バッテリーと異なり地下に走る電線より電力を確保しているため電力切れがありません』

「頼んで電気は止められないのかよ?」

 隊長であるダイゴがオペレーターに問う。

『時間が惜しいこの現状では不可能です。この近辺の地下電気網には病院――それも救急病院が含まれており、調整もなく切れば二次被害を引き起こすことになります』

「遠隔操作でシステムを停止できないのですか?」

 次いで教師でもあるクシナがオペレーターに問う。

 仮にも職場であることから天剣者として防衛システム周りを把握していた。

『現在、エンジニアを総動員して対処に当たらせていますが強固な防壁に弾かれている状態です。防壁を突破する前にあなた方が現場にたどり着くのが先と思われます』

「なら正面から破るしかないだろう」

 星鋼機は不可能だろうとデヴァイス<緋朝>の大剣形態なら可能なはずだ。

 出力を一点に絞り、防壁の許容量を越えさせる攻撃を与えればシステムがオーバーフローを起こして機能停止する。

 不可視の鎧が開放ノ冥火の貫通を許す原理だった。

 人間であるイザミが行えば途方もない疲労感が襲う問題があるも忖度(そんたく)している状況ではない。

『それともう一つ報告があります。学園周辺の防犯カメラを解析した結果、所属不明のトレイラー五台が高等部の敷地内に搬送されるのが確認されました』

 解析結果によればトレイラーのナンバーは正規であり、避難訓練で使用する機材の運搬と学校側に電子ファイルの送信記録があるだけでなく、学校側の承認印がしっかりと押された電子書類まであるときた。

 ただし、運転席にいるべき人間がいなかったとの報告が入る。

「無人運転か? けどここら辺の条例だと公道ではまだ……おい、まさかっ!」

 イザミは無人トレイラーに記憶があった。

 第六部隊の面々も気づいたのか、引き締めた顔で頷き合う。

『はい、過去の交戦データを照合した結果、二件該当あり。恐らくは擬態能力を持つ幻想種イナバワニザメである可能性が高いです』

 既存の乗物に擬態する狡猾なEATRだ。

 他のEATRの運搬がメインだが、幻想種に恥じぬ高い戦闘力を持っている。

 強靭な顎は建造物をケーキのように噛み砕くほどで、鮫の名に恥じぬ通り水中に引きずり込まれれば成す術がない。

「おいおい、イナバワニザメなんて一〇年ぶりだぞ」

 実戦データ収集時代、擬態による奇襲で何人もの仲間が失われた。

 特に補給部隊に偽装しての奇襲は忘れるはずがない。

「これで確定した。マイクロウェーブ受信施設は陽動、本命は天岩学園だ」

 ただEATRの目的が見えなかった。

 いや目的は人類惨殺なのはこの一〇年間身に染みて知っている。

 知っているも大規模な陽動をかけるほどの価値が天岩学園にあるのか――この点だ。

「おい、坊主にクシナ。身内がいるからって感情的に突っ込むなよ」

 ダイゴからのありがたい忠告が釘としてきた。

「……分かっている」

「最善は……天剣者としての使命はこなしますよ」

 言葉は冷静でいようと内なる感情は冷静とは正反対に揺れ動いている。

 ダイゴは隊長としてなお続ける。

「クシナ、後悔はこの件が片付いた後にしろ。お前の悪い癖だ。顔はクールなべっぴんさんでも中では揺れている。結果として後手に回ったがあまり気負うな、適当でいいんだよ」

 一〇年もの実戦経験を持つ隊長だからこそ出せる気遣いの言葉であった。

「お前たちもだ。トレイラー五台ってことはイナバワニザメが五匹いるのは確定だ。死ぬ気でかかろうと死ぬな。戦うだけでなく逃げてでも生き残れ。生きていたらこの逃走を次の勝利と生存に繋げろ――そして」

 出撃前に必ず告げる言葉を第六部隊全員が告げる。

『生きることと戦うことを諦めるなっ!』

 第六部隊、いや実戦データ取集部隊を生き残った者たち全員が抱える標榜だった。

「接近警報だ! 気を付けてくれ!」

 操縦席から喧しいほどのアラートが鳴り響く。

『機体後方一〇キロメートルに<裂け目>の出現を確認。EATR反応あり! 種類は――絶滅種、プテラノドン型と判明! 数は一。急速に距離を詰めています!』

 オペレーターから緊迫する報告が届けられた。

「よりにもよって――いや、こんな時だからこそ定番の足止めか」

 ダイゴは苦い顔で奥歯を噛みしめている。

 このティルトローター機は天剣者輸送のため非武装。牽制の火器すら装備されていない。

 武装はコンテナに積載された星鋼機があるのみ――ならば。

「後部と左右のハッチを開いてくれ、迎撃するぞ!」

 ダイゴの指示が飛ぶよりも先にクシナが既にアンチマテリアルライフル型星鋼機の準備に入っていた。

「撃墜できるのなら撃墜しても構いませんよね?」

 マガジンを銃身に装着、次いで銃弾を装填したクシナの顔は冷静を通り越した冷徹であり冷血であった。

「敵の狙いは足止めだ。イの一番にエンジンを狙ってくる可能性が高い。クシナは後方、タケルは左右を警戒、いいなっ!」

 六人の天剣者がいようと、遠距離武器を持つのはこの二名のみ。

 狙撃に特化したアンチマテリアルライフル型と中距離を主としたアサルトライフル型。

 残る星鋼機は近接型であり、戦斧型、槍型、大鎚型であった。

 イザミは大剣であり、射撃武器を持たぬため鼻から論外だ。

「撃墜できれば儲けだが目的地までたどり着けばいい! 弾幕張って近づけさせるなっ!」

 銃声が幾重にも鳴り響く中、ただ座するだけしか出来ない現状にイザミは歯噛みした。

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