第一六話 人よ、生きろ。家畜よ、死ね

 反対側よりもう一匹のフードウルフが現れようと、現れるなりカグヤが持つ蒼きハンドガンの光により胸元を貫かれた。

 立て続けに二体のEATRが屠られたことでパニックに陥っていたクラスに安堵なる空気が芽生えていた。

「さて、行くか」

 ペンを回すようにハンドガンを指で器用に回しながらカグヤは鼻歌交じりで教室を出ようとしていた。

「お、おい、どこ行くんだよ!」

 当然、クラスメイトの一人が顔面蒼白でカグヤを呼び止めた。

「はぁ? こんな面倒な場所、とっととサヨナラするんだよ。おれは<S.H.E.A.T.H>の天剣者じゃないからEATRを殲滅する使命はあっても討つ義務はない」

「た、助けてくれないの!」

 助けを求める悲痛な叫びにカグヤは失笑しか浮かべなかった。

「助けて欲しいのなら、ここにいない雨津イザミに助けを呼べよ。バカがつくほどEATR討伐が大好きな奴なんだろう? 喜んで駆けつけてくれるぞ」

 教室にいる誰もが黙り込む。外では悲鳴と絶叫が響き渡る。

「あ、雨津はいないだろう! だからおれたちはお前に――」

「はぁん! あれほど雨津イザミをあれこれ嫌っておいて、その言い草、まさに草不回避」

 カグヤはクラスメイトの誰もが一方的にイザミを嫌う光景を度々目撃してきた。

 怖い目に遭わせた。恐怖を味わった。ただそれだけの理由で一方的に嫌う。

 守られる側はなんとまあ、わがままなのだろうか、カグヤは失笑を感じ得ない。

「ならこの場でいいこと教えてやるよ」

 またしても飛び込んできたフードウルフを撃ち落したカグヤは得意げに言う。

「あの時、バスを襲撃したEATRな、あれ、おれがけしかけた個体なんだよ」

 クラスメイトの誰もが衝撃の告白に思考を停止させた。

「ちぃと鹵獲するのに手間取ったが、雨津イザミの持つ<緋朝>の性能評価をするためにどうしても窮地なる状況が必要だったのさ。あの時、鹵獲したのは現存種二体、近距離特化のジャガー型とミサイル搭載の遠距離特化のタートル型。まあ、結果として早々と討たれたせいでデータは思ったほど得られなかったが、その分面白いものは見られたな」

 面白いものがなにを指しているのか、気づかぬクラスメイトは誰一人いなかった。

「そりゃ遠くでミサイル構えているEATRいれば離れずにはいられないだろうよ。加えて、天剣者には一般に対して交戦したEATRの種類を口外してはならない規約がある。それを知ってか知らずか、お前らときたら……――反吐しかでねえ」

 バスなる箱は人間の浅ましさ、愚かさを生む装置となった。

 天剣者の命など知ったことではない。

 力なき者だからこそ力ある者に守られて当然だとする思考を抱く。

 この思考が力なき者になにをもたらすのかは明白であった。

「天剣者がEATRを討つ度に人々に与える印象はなんだ? 近代兵器すら凌駕する武器を持とうと、その武器は一切、生身の人を傷つけることはない。敵に厳しく、人に優しい……結果、誰もが思うのはただ一つ。<天剣者がいればなんとかしてくれる>。ただ守られて当然との認識を暴走させ、守られぬと知ると駄々っ子のように金切り声で癇癪を起こす。弱者は自ら武器を取って強者になろうとせず、ただ守られているから自立すらしようとしない――まるでニートだ」

 ただし、とカグヤは一部訂正する。

「いや、ニートの方がまだマシだな。あれは働かず、ただ飯と歳だけ食って糞尿流すだけの生活をしているクソだ。だが、なに一つ役に立たないクソだからこそ、今の情勢に興味を持たない、なにが起ろうと関係ないと開き直るだけまだ救いがある」

 ニートなど社会的底辺で再利用すら無意味なゴミとの認識が強い者には痛烈な皮肉だ。

「それときたらお前らは、守られている自分たちが一番偉いと思い込み、力持つ者を妬み、守れなかった失敗を嘲笑う。旗色が悪くなれば集団で弱い弱い助けて助けてと自虐的に吼えまくる。どうにかしてくれる――なんて都合よく思っている人間を助ける価値はない。助かりたいなら自分一人で助かるよう勝手に動けばいい」

 言い終えたカグヤは声の死んだ教室から扉を潜り廊下に足を踏み入れた。

「おうおう、これは酷いな。天剣者を配置してもハッキングで星鋼機を封じられればただの人か」

 廊下に広がる惨状にカグヤは他人事のように感嘆とした。

 窓ガラスは砕け散り、上靴や通学鞄など教室内にあった物が廊下に散乱している。

 人の気配はない。恐らくフードウルフに連れ去られたのだろう。

「クシナ先生を偽メールで追い出したのは正解だったな」

 外部に異変を察知させる寄せ餌として麗しの女教師には出て行ってもらった。

 流川クシナが一番使いやすい人物であった、という理由も大きいが口に出すことではない。

「なんだよ? お前らまだ教室内にいたのか?」

 背中に降り注ぐ煩わしい視線に振り返ったカグヤは恐怖により立ちすくむクラスメイトたちに侮蔑の一言を放つ。

「あ、謝るから、雨津に謝るから、た、助けてくれ、根方!」

 クラスメイトの一人が恐怖の枷を振りほどき、カグヤに助けを求める。

 連なるようにして廊下に立つカグヤに他のクラスメイトもまた殺到した。

「ば~か、言っただろう。お前らを助ける価値などないと」

 青白い燐光が同色の防壁を作り、クラスメイトたちが廊下に出るのを妨げた。

「おれのディナイアルシステムはちぃと利便性に長けていてな、不可視の鎧を全体ではなく一枚の盾のように器用に展開できる。そして、こんな使い方も――なっ!」

 タッチパネルをスライドする要領でカグヤが指振れば、青白き防壁は鋭利な刃となって教室と廊下に物理的な境目を生み出した。

 精々数センチもなかった教室と廊下の境界は一メートルの亀裂となる。

 クラスメイトの誰もが生じた亀裂を前に倒れ込み、中には湯気昇らせる者もいた。

「獣になりたくないなら飛び越えて身勝手な人間として生きろ」

 カグヤはクラスメイトに侮蔑を込めた別れを告げる。

「人よ、生きろ。家畜よ、死ね」

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