第27話 ゴリラフレンズ フォーエバー
ファーストフード店を出た私は、早歩きで月乃と待ち合わせしている喫茶店に向かっている。随分長々と晴香ちゃんと話をしてしまった。月乃、怒ってなければいいけど。
喫茶店に到着し、迎えてくれた店員さんに待ち合わせだと告げ、店内をぐるりと見渡した。奥の端っこの席に、目立つ金髪のツインテールを見つけた。月乃は大体いつも端っこに座る。本人も無自覚だとは思うけど、恐らくそれは、人に周りを囲まれるのが嫌なのだろう。
私が月乃の元へ歩み寄り手を振ると、それに気付いた月乃も笑顔を見せて手を振り返した。
「ごめんね! お待たせ」
「ううん、大丈夫だよ」
私は月乃に向かい合うように座り、ウインナーコーヒーを注文した。
……あれ? 私は妙な事に気付いた。月乃の首元がじっとりと汗ばんでいる。
「月乃、どうしたの? そんなに汗かいて」
「えっ? ああ、さっきまで走っ……じゃなくて、この店なんか暑くない?」
「そうかなぁ?」
別にそんな事はない気がする。よく見ると、月乃が頼んだコーヒーはまだほとんど減っていないし、伝票を見る限りこれしか頼んでいない。もしかして、月乃も今来たばかりなのかな? まあ、どこかで寄り道でもしてたのだろう。却って待たせずに済んで良かった。
「こうして学校帰りに梨央と一緒にお茶する機会も、残り僅かになっちゃったね~」
「うん。寂しいね」
月乃と友達になってからは、どこに行くのも何をするのも一緒だった。仲が良すぎだと、変な疑いをかけられた事もある。私は同性愛者ではないけど、別に嫌ではなかった。そんな事を言われてしまうぐらいに、月乃が私と仲良くしてくれているという事実の方が嬉しかったからだ。
でも、進路だけは同じ道を行くわけにはいかない。月乃には、子供の頃から抱いていた、保育士という夢がある。私は門木大の医学部に進んだ。いずれは医者か、看護士か。どちらにしても私達は別の道を歩む事になる。
私も月乃も、人と接するのはあまり得意ではない。月乃はクラスの皆からはそうは思われていないが、実際のところは私以上に内気なのだ。中学の頃の写真を見せてもらった事があるが、いじめられていたというのが一目で納得できる雰囲気だった。猿山君達がそれを見たら、さぞかし驚くだろうなと思う。
それでも月乃は今までの自分を変えたくて、高校入学と同時にガラリとイメージチェンジを果たした。いわゆる高校デビューというやつだ。やろうとする人は多いけれど、結局素の自分を捨てきれずに失敗してしまう人も多い。
でも、月乃は見事に成功させた。そして、皆が怖がっていた私に、1番最初に話し掛けてくれた。勇気のある子だと思う。私は心から尊敬する。そして、あの日の事は一生忘れはしないだろう。
「月乃……今までありがとね」
「えっ? どしたのいきなり」
「その……いつも一緒にいてくれて」
「よ、よしてよ。別に義務感で梨央と一緒にいたわけじゃないよ。あたしがそうしたかったから、そうしたの」
月乃は照れ臭そうに微笑んだ。この笑顔に、私は今まで何度救われてきただろうか。この3年間、辛いことや悲しいこともあった。特に、高2の夏にペットの犬が死んでしまった時は、ひどく落ち込んだ。そんな時でも、月乃が傍にいてくれたから立ち直れた。
「……あのさ、梨央。ちょっと小耳に挟んだんだけど」
突然、月乃が顔を曇らせながら言った。
「うん?」
「猿山に……告られたって本当?」
「……!」
どうして月乃がそれを……。猿山君から直接聞いたんだろうか。それとも、もしかしてあの時近くで見ていた? 月乃はずっと猿山君が好きだった。その猿山君が、あろう事か私に好意を抱いてしまった。そんな事は、月乃には絶対に知られたくなかったのに。
どうしよう。まだ確信に至っていないのなら、惚けるのが正解なのだろうか。あまり月乃に噓はつきたくないけど……。
「えと……私が、猿山君に? そんな事されてないよ。何かの間違いじゃない?」
我ながら白々しい。昔から噓は苦手だ。でも、ここで認めずに月乃が傷つかずに済むのなら、何としてもシラを切り通さないと。
「……ごめん梨央。やっぱり梨央と腹の探り合いなんて、あたししたくない。だから正直に言うね」
「月乃?」
「猿山から直接聞いたの。それだけじゃない。さっきの猿山の妹との会話、あたし全部盗み聞きしてた。ごめん」
「!」
全然気付かなかった。そして、それならもう誤魔化しようがない。晴香ちゃんに、月乃の事を勝手にいろいろ話してしまった。今考えると、月乃にとって知られたくない内容もあったかもしれない。
月乃は……今どう思っているのだろう。私がいなければ、もしかしたら猿山君は月乃に心を寄せてくれたかもしれない。決して表舞台には立たず、陰から見守ってあげれば、もっと違う結果になっていたかもしれない。
私が間に入って余計な事をしてしまったせいで、猿山君は月乃ではなく私を好きになってしまった。月乃からすれば、私は邪魔者以外の何者でもない。私を恨んでいるだろうか。
嗚呼……猿山君、どうして。どうして月乃ではなく私なんかを……? そんな事を一瞬考えてしまうが、猿山君にそんな風に言うのもお門違いだ。猿山君は何も悪くない。それどころか、むしろ被害者だ。結局私は、ただ猿山君と月乃を傷つけてしまっただけだ。自分が嫌になる。
「月乃……ごめんね」
「何で謝るの?」
「だって……私さえいなければ……」
「そんな事言わないで」
月乃は少し怒った口調で私の言葉を遮った。
「勘違いしないで。今のあたしがあるのは、梨央のおかげなの。梨央がいなかったら、あいつと知り合う事すら出来なかった。遠くから眺めてるだけで、声をかける事すら出来ずにあたしの初恋は終わってたよ。きっと後悔してた。だから、感謝の気持ちはあっても恨む気持ちなんてこれっぽっちもないの」
「月乃……」
「それに、あいつ言ってたよ。梨央以外の女の子と付き合うなんて考えられないって」
「さ、猿山君が?」
私は驚き、うっかりコーヒーカップを倒しそうになってしまった。顔が熱い。多分、私の顔は今真っ赤になっているのだろう。
「うん。だから元々あたしに望みはなかったの。もちろんそれは、あたしにとっては残念な事だけど、でもおかげで気持ちの整理がついたんだ。春からはまた、前を向いて歩いていけると思う」
そう言いながらコーヒーカップに口を付ける月乃の表情は、今までにない程に晴々としていた。ヤケクソでも、開き直りでもない。その瞳は、ほんの僅かな哀しみを携えながらも、自身の言葉通りに確かに「前」をしっかりと向いていた。
私はとんだ思い違いをしていたのかもしれない。月乃は、私が思っているよりもずっと強い子だ。これならきっと、新しい環境になっても1人でやっていけるだろう。
「それで、話は変わるんだけどさ」
「うん」
「猿山の妹と同じ事聞くけど、梨央の気持ちはどうなの?」
「えっ……。私の、気持ち?」
「猿山の事、どう思ってんの?」
月乃……突然何を言い出すの。私は……別にそんな……。頭の中で、猿山君に告白された時の光景がリプレイされる。お友達でいて下さい。私はそう言った。月乃を裏切れないから断ったのだ。でももし、月乃が関係なかったとしたら、私は何て返事したのだろう。
「梨央、自分の気持ちに正直になって」
「どういう事?」
「同じフラれるにしても、あたしが猿山にフラれたのと猿山が梨央にフラれたのでは、意味が全然違うよ」
意味……。
「私は真正面から猿山の気持ちをぶつけられた。だから諦める事が出来た。でも、梨央のは違うよね? あたしの事を思って、猿山をフッたんだよね? たとえ猿山がそれを知らなかったとしても、可哀想だと思わない?」
「そ、それは……」
「このままじゃ、誰も幸せになれない。あたしはある程度気持ちの整理はついたけど、親友と初恋の相手がこんな中途半端なまま終わったんじゃあ、すっきりしないよ。梨央の正直な気持ちで、もう1度猿山の想いを受け止めてあげて」
確かに月乃の言う通りだ。このままでは、猿山君が心に傷を負っただけで全てが終わってしまう。それだけじゃない。私だって……私だって猿山君が……。心臓がギュッと締め付けられたように、胸が苦しくなった。でも……。
「……月乃は、本当にそれでいいの?」
「女に二言はないよ。でも、1つだけお願いがあるの」
「お願い……?」
「……これからもずっと、あたしの友達でいてくれる?」
月乃はそう言って、うっすらと涙を目に浮かべながら、最高の笑顔を私に見せた。それを見た私も、涙腺が一気に緩くなった。
「うん……約束する。絶対……絶対にずっと友達だよ」
私は、テーブルの上に置かれた梨央の小さな手を、自分の大きな手で包み込んだ。私の心は決まった。生涯最高の親友のおかげで……私も前を向いて歩く事が出来そうだ。
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