第三章…「その小さな花園は…。」


 目が覚めた時、目に入ってくるのは朝日がもう少しで出てきそうな…明るみ始めた空、そして見慣れぬ天井だ。

 使い古されたような言葉も、フェリスの世界で、寝る場所が1か月の間に2回も変われば言いたくもなる。

 そして頭が覚醒し、暖かいモノが体に乗っていて動きづらい事に気付く、広い部屋ではないとはいえどうしてこうなるのか。

 お腹にはイクシアの足が乗っていて、そのせいで寝苦しくなった私は目が覚めたらしい。

 そして体を起こした私の右手の平には暖かく柔らかい感触が…。

 何となく予想はつくけど、とりあえずそれが何なのかを確認する。


---[01]---


 そこには私のベッドに間違えて入ったフィアが寝ていて、不可抗力にも私の手が、そのお世辞にもあるとはいえない胸元に置かれていた。

 というか、2人してなんで私のベッドで寝ているのか…。

 フィアが寝ぼけて入ってきて…からのイクシアがそれに連れられて来たといった感じか?

 まぁそれは置いておいて、私ではなく、俺だったなら、この状況を嬉しく思えたのかもしれないけど、私にはそこに対する感動とか喜びはない。

 それはとても悲しい事だ。

 そういった欲求はないが、競争心的なモノならある、あるけど相手がフィアでは競うだけ可哀そうになるな。


---[02]---


「ん…」

 興味本位でその感触を確認しつつ、今度は自分の胸にも触れてみる。

「まぁ当然か」

 自分の手の平を見ながら、ワキワキとグーとパーで交互に動かす。

 なんだかんだ言って、感触は記憶として頭に残るモノらしい。

 この記憶をそのまま向こうに持っていけるよう願おう。

 にしても…あれよりも私は小さい…か。

 とりあえず寝ているからこそできる遊びはこの辺にして、私として目覚めてしまった以上、ここで二度寝をする訳にはいかない。

 それをやってしまえば、自我を持ってこの世界で生活する事が出来なくなってしまう。


---[03]---


 それは嫌だからと、イクシアは別としてフィアが起きないようにベッドを抜け、着替えてから部屋を出た。

 とても静かで、それは孤児院の子供達がまだ寝ている事を証明している。

 寝る子は育つというし、この状態はとても喜ばしい事だ。

「あら、リータさん」

 眠りたくないから起きているというだけで、やる事もなく院内を歩いていると、トフラが手持ち用の明かりを持って、廊下の先から歩いてきた。

「少々早い時間だと思いますけど、よく眠れませんでしたか?」

「いいえ。良く眠れたわ。起きてしまったのはまた別の理由…」

 私が起きてしまったのは、どう考えてもイクシアの寝相の問題だ。

 それにしても、トフラは目が不自由な事は、ここに来た初日からわかってはいたけど、その灯りに意味はあるのだろうか。


---[04]---


 思わず視線をその手に持っているモノへと向けてしまうと、彼女もそれに気づき、その理由を口にする。

「これは子供達の為です。暗い中で人が立っていたり歩いていたら驚いてしまうでしょう?」

「なるほど、確かに」

 言われてみれば、そんな状況は子供に限らず大人でも驚く。

 大きい子もいるとはいえ、小さい子がほとんどのこの院では一度問題が起きれば、それはみんなに伝染する。

 幽霊騒動なんて起きた日には、無用な手間が増えてしまうだろう。

 それを考えればトフラの行動は当然か。

 俺の妹も暗いのは怖いという風な事を言っていたし、灯りは大事だなと改めて考えさせられる。


---[05]---


「それで、トフラさんはこんな時間に見回り?」

「ええ。この後すぐに日課で出かけるので、そのついでで」

「この後すぐ?」

「そう。この院にとって大事な仕事をしに行くのです」

 こんな時間に外へ出なければいけない理由は思いつかないけど、院のためという言葉にはとても説得力を感じる。

「そうだ。もしよかったらリータさんもどうですか? ここに来た理由からしても、色々な事を経験するのは良い事ですし、良い刺激になりますよ?」

 こんな早朝から女性がする仕事とはいったいどういうモノなのだろうか。

 頭の片隅にいかがわしい想像が小さな混沌を作り出す。


---[06]---


 その感情は私ではなく、俺の感情に違いない。

 テレビとか映画の見過ぎだ。

「うん、迷惑でないのなら是非」

 彼女は孤児院の事を大事に思っている。

 それは子供達に対しての接し方を見ればわかる事だ。

 そんな彼女が資金集めで変な事…汚れた事をする訳がない。

 いや、資金が必要だから、子供達が大事だから、なおさら手段を選ばない可能性も…。

 違う違う、まず歪んだ目で相手を見るのはよせ。

 さすがに失礼というモノだ。


---[07]---


「どうかしましたか?」

「あ、いえ、なんでもないです」

 頭の中に残る邪念はできる限り追い出して、私は歩き始めるトフラの後ろについて行く。


 朝日が横から射しながら、その眩しさに手で目も守りながら歩いた先、トフラの後を追って行き着いた場所は、とある建物…小さな水路がいくつも引かれてある花園だった。

 中は光る石によって昼間のように明るく、屋根なんてなくて太陽の日差しが常に入っているかのようだ。


---[08]---


 広さは…、そうだな、25メートルプールが1つ入る程度って所か。

 そしてその建物の主役達は、赤や青、緑といった彩鮮やかで、その種類もパンジー?のようなモノから、これはシクラメン?だろうか、私は植物には無知だから言える事は少ないが、とにかく多種多様な花達だ。

「これは…」

「院の子達とは別の…、私の子供て所かしら。どう? 綺麗でしょ?」

「ええ、花をこんなに綺麗だと感じるのは、とても久しぶり」

 私でいる時は花なんて見る機会はほとんどなかったし、俺でいる時の花の記憶は、お見舞いとか墓参りとか、あまり良い思い出の中に映り込んできていない。

 だから最近では良い印象を持っていなかった。


---[09]---


 まぁそもそも意識して花を見るという事をしてこなかったから、もしかしたらもっと見る機会はあったかもしれない、意識していたら印象も変わったかも。

「今回もとても綺麗に咲いてくれたと思うのです」

「わかるの?」

「ええ。綺麗に咲いた花はそれ相応の綺麗な魔力の流れを持っているもの」

「流れ…」

「そう、栄養が上手く取れない子は魔力の流れが他と比べて悪いし、枯れてしまう子は淀んで流れが無くなります。逆に他よりも体を大きくしちゃう子は周りの子の魔力を吸って、そして栄養も吸ってしまう。だから1つ1つ丁寧に見てあげる必要があるのです」


---[10]---


「大変ね」

「それはもう、院の子達と一緒。でも手のかかる子ほどかわいいというでしょう?」

「あ~、その気持ちならとてもわかるかな」

 苦労しても可愛い、自分の後ろを常に追いかけてくる弟妹の姿を思い出す。

 花を育てる気持ちは生憎と自分にはわからないけど、そういう感情というのなら十分に理解できる。

「それで、この子達を育てている理由ですが…」

「販売て所かしら?」

 子供達の世話だけでも大変なのに花を育て、それが院にとって大事な仕事というのなら、大体その理由は決まっている。


---[11]---


 私の言葉にトフラも頷いた。

「でも、ここでは木々の成長が速いと聞く、それはつまり木と違って寿命の短い花は観賞用にしろ、供え用にしろ、すぐに枯れてしまう。その目的を果たせないのでは?」

「そうね、確かに。花を売るという事自体、あなたが言っている理由から、手間がかかるせいで数はそう多くない。やっていても量をとにかく作るから、花達もすぐに成長しきってしまって枯れてしまう。でもそれはそういった成長に対して、育て側が何もしていないからです」

「というと、ここの花達は違うの?」

「ええ。この子達は成長が他と比べて遅い品種や個体を選別して交配、後は水にもこだわりを。普通に水を与え続けるだけでは、その水に含まれる魔力で成長を促し過ぎるので、少しでもその量を減らすために「流印(りゅういん)」を水路に刻んであります」


---[12]---


「流印?」

 初めて聞く単語だ。

 印と言う辺り、忍者とかが忍法を使う時に手でやるモノだろうか?

 しかし、それはその場だけの現象を発生させるだけという印象だ。

 トフラが言っている印と、私が思っている印は、また別のモノだろう。

「流印とは、軍で使われている魔力を使った力の行使を制御してくれるモノの事。そうですね…、例えば人が水を汲む時、より効率的にそれを行うために、バケツや桶を使うと思うのですが、流印はそのバケツや桶のような役割を担う技術の事です」

 つまりは魔力に対しての道具…という事か。

「話を戻しますね。その水路に刻まれた流印が水に含まれる魔力を、この建物内を照らす石に流して、常に部屋を明るくしているのです。そして、空気中の魔力を少しでも減らすために建物内で栽培しています。石から放たれる光がお日様の代わりをしてくれるので、この子達が枯れる心配もありません」


---[13]---


「つまり、魔力による成長を極力減らして、極端な成長を和らげていると」

「その通りです。もともと流印というのは、軍隊で使われている戦闘のために使われているモノなのですが、それを応用できたのが幸いして…。それでもムラはあるので小まめに見てあげる必要はありますが…」

『でも、その院長の頑張りで、ここの花は長く花を咲かせてくれるから、嬉しいって評判なんです』

 そこへ、早朝とは思えない程はっきりとした表情をしたフウガが、花を手入れする道具だろうか?、それを持って入ってくる。

「あら、今日はフウガが手伝ってくれるのですか?」

 そんな彼の登場にトフラは驚いていたが、その表情には嬉しさが見て取れる。


---[14]---


「いつも通り、朝飯を作ろうとしたんだけど、マーセルさんが手伝うって言ってくれて、それで向こうはデリカとマーセルさんの2人に任せて今日はこっちの手伝いに。シュンディは最近はしゃぎすぎて起きれないみたいだし」

「そうですか。後でマーセルさんにお礼を言わなくちゃいけませんね」

 フィアらしい行動だ。

 普段から食事を作っているから、やらないと落ち着かないとかそんな所かな。

「じゃあ今日出荷する分をちゃちゃっと準備して、家に戻ろう」

「はい。今日はあの子達とご飯を食べれるのね。今から楽しみです」

「ええ。子供達も喜ぶ」

 2人がてきぱきと作業を進める中、私はと言えば、とりあえず誘われるがままついてきただけで、どういう手が必要なのかもわからず手持ち無沙汰、ただその作業光景を見続けるだけとなっている。


---[15]---


 ついでに言えば、フウガはともかく、トフラの手先の器用さに驚いているといった感じだ。

 慣れているにしても、その作業スピードがフウガより速いというのは、素直に驚くばかり。

 本当は見えているんじゃ…。

「院長は、俺達とは見えているモノ違うんですよ」

 頭に浮かんでいた疑問が顔にでも出ていたのか、私のモヤモヤを消し去るかのように、フウガは答えを教えてくれる。

「俺達は自分の目で物を見ていますが、院長は自分の魔力を使って、周囲の魔力の流れを見ているんです」


---[16]---


「・・・」

 なるほど、わからん。

「つまり?」

「えっと…、魔力を見るための目を持っている…て感じですかね」

「2人とも、そんな難しく考える事はありません。結局は、見えているか、それとも見えていないか、それだけの事。その答えが前者であるというだけ。目が不自由でも私は物が見えている、それだけを頭に置いてくれれば大丈夫です」

 それだけと言われても、どういう仕組みなのかは正直とても気になる。

 暗い中でも普通に見えているような事も言っていたし、それができるようになれば色々と便利だ。


---[17]---


 必要になったり使うかどうかは別として、暗い中を灯り無しで移動する事も、目隠しをされて何も見えなくなった状態でも、周りの事を把握できるというのは、かなりの強みだろう。

 人間が暗闇に恐怖するのは、見えないからで、見えないからこそ、そこに何かがいるかもしれないという先入観が生まれ、その不安要素が恐怖を助長、生み出すんだ。

 見えているならそんな恐怖は感じる必要もなくなる訳で…。

「お教えしましょうか? 魔力を見る方法を」

「ええ。ぜひとも教えていただきたいかな」

 願ったりな申し出だ。

 この世界では、夢として現実でできない事を徹底してやっていきたい。

 その目には見えない魔力というモノを見る事ができるのなら、それに手を出さない訳にはいかないってもんだ。


---[18]---


「ですが。リータさんは、まず他にやらなければいけない事が数多くありますので、それが終わってからですね」

「あ~…、それもそう…か」

 期待を膨らませ過ぎたか。

 優先順位を変えてまで教えてはくれはしないらしい。

「では、今ある事から順に終われせて行くとして、リータさんもやってみますか?」

 そういってトフラは手元の花に手を添える。

「私? でも、私は花の手入れとか販売用の花の選別とか、とにかくその辺りは無知よ?」

「ふふ、心配しなくても大丈夫です。やってもらいたいのは私達が選別した子達をまとめてもらうだけですから」


---[19]---


「なるほど、それなら私にもできるかな。任せて」

「お願いします」

 やる事は単純だ。

 花の色、種類ごとに分けて、その花達を花が隠れない様に茎の部分に紙を巻いてまとめる。

 単純ながら花を守るという意味では大事なモノだ。

 この世界での金銭の話はよく分かっていない部分も多い。

 孤児院がどういう収入源を持って、どれだけの出費が発生しているかなんて、私にとっては未知の領域だ。

 だからこそ、もらった作業を大事に熟していく。


---[20]---


 早朝、早くに目が覚めてしまったからこそできた体験、話としては申し分ない。

 気づけば育てられていた花の半分が無くなり、最初に入って来た時よりも広いというか…、どことなく寂しさの残る空間へと変わっていた。

「花達を育てるために環境を作って、作業効率の点を考えて、育ってくれた子達が1つでも無駄にならない様にと工夫してきましたので、現状これ以上広い場所で育てる事が出来ないのです。それに広くするにしてもそれには資金が必要になりますので。未来の投資として、今この瞬間だけでも…と孤児院の資金調達の為だけに、子供達に不自由な生活はさせられません」

「今は現状だけでも食い物に困らないだけの資金がある。それにここにはまだ花が残ってるだろ?」


---[21]---


 フウガがトフラの言葉に付け足すかのように口を開き、そして切らずに残っている花達を指さす。

「あれは今試しに作ってる奴で、色々と交配させて流印とかが無くても、ある時と同じぐらいの成長速度になる様に改良してる花達なんです。それが成功したら手間がなくなるし、今以上に予算もかからずここを広くできる」

「今の生活を壊さず、資金を増やす事ができる…か」

「はい、そうすれば子供達にもっと色んなモノを買ってやれる。服とか、玩具とか、あの広い遊び場にも木でできた遊び道具とか、とにかくいろんなモノを」

 話を聞いているこっちにまで、喜びや期待といったフウガの感情が伝わり、思わず笑みがこぼれる。


---[22]---


 その言葉から、彼がどれだけ孤児院の事を大事にしているかも伝わってきた。

「フウガは孤児院の子供達を大事にしてるのね」

「え? あ、べ、別に普通ですよ。このぐらい!」

 見た目だけなら、私、フェリスよりも歳は上のように見えるけど、その反応はまるで子供のようだ。

 まぁ実際、彼は高校生程度の見た目の私よりも年上に見えて年下、この世界の年齢事情はとてもややこしい所だ。

 昨日シュンディと会う直前、あの子の言っていたフウガは魔力機関が成熟していないという言葉が意味している通り、彼は私のように魔力機関による魔力に対応した体が出来上がっていない。


---[23]---


 だから年齢と肉体年齢にズレが無いのだ。

 まぁそんなややこしい話は、考えるだけで疲れてくるから横に置いておくとして、彼が子供達の事を大事に思っているのは事実で、その話をしている時の彼は実に微笑ましい限りである。

 私の言葉に、今のは忘れてくれと言わんばかりに手を振ってごまかそうとする姿に、横から見ていたトフラも嬉しそうに笑った。

「さあ、ここでのお話も楽しいけれど、子供達が待っていますしその辺で。お花達を業者の方々に届けてお家に帰りましょう」

 トフラはパンッと手を叩いて、この場での会話の終わりを告げる。

「そ、そうだね。うん、いくらやってくれるとは言っても、マーセルさんに何でもかんでもやってもらう訳にはいかないし、お、俺、台車持ってきます。リータさんと院長は積み込む準備しててくれ!」


---[24]---


 まるで逃げるかのように、この場から離れるフウガ。

 その滅茶苦茶な言動を見て、トフラはまた嬉しそうに笑った。

「あの子があんなに慌てたのを久しぶりに見ました。まるで昔に戻ったみたい」

「私はここにきて日が浅いし、その辺は詳しくないけど、確かにあの慌てようは彼の印象とはかけ離れているかな」

「あの子ったら、リータさんの事が気になってしょうがないのかしらね」

「気になる?」

「ふふふ。あの子、孤児院の手伝いばかりしていて同い年の子と触れ合う機会が無いモノだから、リータさんみたいに美人な子と一緒にいると緊張で調子が狂うのだと思います」


---[25]---


「あ~そういう事」

 その気持ち、わからないでもない。

 しかし、フウガには悪いが、さすがに私が俺である以上、嬉しく思える感情があったとしても、それを受け入れる事はできない。

 頑張れ、青年。

「美人と言ってくれるのは嬉しいけど、それを言うならトフラさんの方が綺麗だと思うな」

「あらあら、リータさんみたいな子に言われると嬉しいですね」

 私の言葉に、彼女はまんざらでもない様な表情を見せる。

 俺からしてみればトフラも十分に若い。

 その辺は俺が思っている程そうでもないのだろうか。

 この事に関しては実感が沸かない分、言葉で説明されるばかりで、それも納得しきれず、この件についてはまだまだ受け入れるには時間が掛かりそうだ。

 とにかく思いがけない早起きも、早起きは三文の得…は少し意味が違うけど、良い経験をできたという意味では得をしたと思う。


 その後は問題なく花を業者に渡し、3人で孤児院への帰路に着いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る