第14章 元気があればなんでもできる

 翌日、サクヤは、特使たちと一緒にワグファイ大公国に向かうことになった。旅支度をととのえ、ハル侯爵からはなむけとして下賜された良馬サラブレッドに颯爽とまたがる。


「なかなかの若武者ぶりですな」


 そう声をかけてきたのは特使だ。サクヤはすなおに「ありがとう」と応じる。


「ときに特使殿、ワグファイ大公国までの日程は?」


「そうですね。街道を通れば10日をこえますが、間道をつたえば10日とかかりません。事態は一刻を争いますので、多少のリスクはともないますが、間道を使おうと思います。よろしいですか?」


「もちろん異論はない」


「それではまいりましょうか」


 特使はふくらはぎに力をこめ、騎馬を進めた。サクヤも特使の後に続いて騎行する。特使の随行員たち――副使1名、使用人3名、衛兵10名は、その後に続いた。


 サクヤたち一行は東に向かい、数日かけて森を抜け、川を渡り、山を越えて進んでいく。この間、サクヤの目をひいたのは、ハトだった。


 野宿するたび、巣箱を背負った1人の使用人が鳩を飛ばしたかと思うと、次にはどこからか別のハトが飛んでくる。サクヤが興味津々で何かと尋ねると、「伝書鳩」と教えられる。


「ハトは、どんなに遠くからでも巣箱に帰ることができます。その性質を利用して、ハトに手紙を運ばせるのです。特別な訓練をつめば、巣箱が移動しても、その巣箱まで飛んでくることができます」


 これを「移動鳩」というらしい。


「ほう。それは便利だな」


 サクヤが目を輝かせながら感心すると、使用人は苦笑いしながら「今では無線が通信の主流となりつつありますからね。まもなくハトもお払い箱かもしれません」と残念そうに語った。


「ムセン?」


 サクヤはキョトンとした。


「あ、無線というのはですね。――」


 それはそれとして、


 ファラム侯国の首都――リンデルを出立してから1週間、およそ350キロから400キロほどを進んだところで、街道が2つに分かれた。


 ここで休憩をとる。


「サクヤ様、よろしいでしょうか?」


 特使が申し訳なさそうな顔つきでサクヤに話しかけた。


「ん?」


「実に申し上げにくいことなのですが、サクヤ様を本国までご案内することができなくなりまして……」


 特使が言うには、本国から「取り急ぎ南下して、サユース同盟諸国との連携をはかれ」との命令が届いたらしい。


「つきましては、ご無礼を承知でお願いがございます。ここから先はサクヤ様おひとりで、わが国まで旅していただくことは可能でしょうか?」


「今は緊急時だからな。いろいろ思いどおりにいかなくて当然だ。もちろん問題ない」


 サクヤはにこやかに答えた。


「道さえ教えてもらえれば、わたしひとりで十分だ」


「ご配慮ありがとうございます」


 特使はサクヤに地図を渡し、簡単に説明した。


 ここから北上して「樹海」と呼ばれる大きな森を抜けたら街道に出る。その街道を東に進めば、ワグファイ大公国に入るそうだ。


 こうしてサクヤは特使たちとわかれて北上した。


 特使たちは南下していく。


 副使はさりげなく特使とくつわを並べ、特使に聞こえる程度の小声で言った。


「樹海と言えば、“妖怪の森”と言われています。これまで多くの旅人が命を落としたとか。そのようなところに行かせて、本当によろしいのですか?」


 心配そうな副使とは対照的に、特使は普段と変わりがなかった。


「あの者が噂どおりの強者つわものなら、無事に通過できるだろう。心配するまでもない」


「ですが、もしものことがあれば、どうするのですか? 任務を果たせなくなります」


「もしものこと?」


 特使は「ふふん」と鼻を鳴らした。


「あの者がもし樹海で命を失ったとすれば、期待はずれもいいところだ。その程度の人物なら、わが国の危機を救うことなどできない。そのような者を連れてきてどうする? 役立つと思うか? 役に立つわけがないだろう」


「まあ、確かにそうかもしれませんが……」


「樹海はあの者のちょうどよい試金石だ。無事に樹海をぬけてきたら万々歳だ。これまで以上に大歓迎すればよい。ともあれ南下するふりをして帰国するぞ」


「はい」


 ◇ ◇ ◇


 サクヤは、すなおに北上していた。特使たちの姿が見えなくなったところで、フソウが不機嫌そうに言う。


<おい、サクヤ、本当に行くのかよ>


「ん?」


 サクヤは、いつもどおりの和やかな表情をしている。


<樹海と言えば、妖怪ばけもんの森じゃねぇか>


「たしか木霊こだまが多くいるという、あれだな」


 古木には精霊が宿るという。それが木霊こだまだ。


<おまえは知っていて、あの特使の野郎に何も言わなかったのかよ>


「おそらく何か事情があるのだろう」


<どんな事情だよ>


「さあ?」


<さあ、って……ひとごとかよ!>


「よいではないか。どのみち木霊こだまと言っても、もとは古木だろう? そう恐れることはあるまい」


<まあな。出自はオレみたいなもんで、怒らせなければおとなしい>


「フソウがおとなしい? ぷぷっ」


<ここは笑うとこかよ! ともかく妖怪ばけもんってのは、どこでどう怒るか未知数だ。だから厄介なんだよ>


「そういうものなのか?」


<そういうものだ>


「でもまあ、わたしは元気だから、大丈夫だろう」


<は?>


「ほら言うだろう? 霊とかは弱っている相手にりつくとかなんとか。むしろ怒り狂う霊も、わたしの元気に浄化されてしずまるかもしれないぞ」


<おまえの元気な考え方ポジティブシンキングも、そこまでくるとリッパだな。まったく恐れ入るぜ>


 あきれた口ぶりのフソウだが、心では「でもよ、そのおかげでサクヤも、これまで生きのびて来られたんだろうけどな。弱気ならとっくに死んでるだろう」なんてことも思っていた。


 そのとき、


「きゃーっ!」


 甲高い悲鳴が聞こえた。


「!?」


 とりあえずサクヤは声のしたほうに馬首を向ける。茂みをぬけると、山賊たちがいた。見るからに屈強そうだ。かわいらしい一人の少女を取り囲んでいる


 少女は、バックパッカーのような装いをしており、ピストルを構えていた。山賊たちをけん制しているのだろう。


「これ以上近づいたら本当に撃ちますよ」


 口ぶりは強気だが、顔は青ざめ、ピストルを持つ手は震えている。足もガクガクしていた。これでは到底、身を守りきれないだろう。


「だからざ、ムダな抵抗はやめろって」


「とにかく身ぐるみはいで置いていけ。命だけは助けてやるからよ」


「処女はもらうけどな。ぐへへ」


 山賊たちは卑しい笑みをうかべ、じりじりと包囲の輪をせばめていた。


 少女は勝ち気な表情で、ピストルを構えている。が、手は震え、顔は青ざめている。


「そのくらいにしておけ」


 サクヤは馬上から強い口調で言った。


 山賊たちは、ハッとしてサクヤのほうを見る。見た途端、その顔から緊張感が消え、あざ笑うような表情に変わった。


「なんだよ、驚かせやがって。ガキが一人かよ」


 そう言いたげだ。


 サクヤは華奢きゃしゃだし、背も高いほうではない。顔つきは女の子みたいで、見るからに弱そうだ。山賊たちにあなどられても仕方がない。


 しかし、サクヤは強い。


 言って聞かないなら、力でわからせるしかない。


 サクヤは下馬して抜刀、山賊たちをにらみつける。おもむろに刀――フソウを構えたかと思いきや、次の瞬間には目にも止まらぬ速さで山賊たちの間を駆け抜けた。


 山賊たちは、バタバタとその場に倒れて終わる。


「峰打ちだ。安心しろ」


 捨てゼリフのように言いながら、刀を鞘に戻した。


 その光景を目の当たりにした少女は、一瞬ポカンとしていたが、すぐに安堵あんどの表情を浮かべた。その途端、ヘナヘナとその場にへたりこんだ。腰が抜けたらしい。


 少女の名は、リーシャ・ブルネイという。今年で10歳になったそうで、「ふたけたですから、もう大人の仲間入りです」とませた口ぶりで語っていた。


 それにしても、こんなところで少女が一人で何をしていたのか?


「この前の戦争で避難しているとき、家族と生き別れまして、聞くところではワグファイ大公国に避難しているということでしたので、そちらに向かっているのです」


 リーシャは朗らかに言った。


「それは家族のことが心配だろう。うまく見つかればよいな」


 サクヤは心配そうな顔つきで応える。


「はい。強がるわけではないのですが、弱音をはいても仕方がありません。とにかく元気な姿を見たいですし、見せたいです」


「ほう。若いいわりには、よい心構えをしているではないか。感心したぞ」


 サクヤは微笑んで見せた。


 そして、ふとミヨシ・イサンのことを思い出す。フソウから教えてもらった話だが、なかなか強い生命力の持ち主だったらしい。


 乱世のために主家を滅ぼされながらも元気を失うことなく生きのび、60代や80代の高齢者になっても大きな合戦に参戦し、元気に戦ったそうだ。最後には天下人の相談役にまでのぼりつめたという。


 それを思うと、


「元気があればなんでもできるという。おまえの願いもきっとかなうのではないか」


「激励していただき、ありがとうございます! がんばります!」


 リーシャの笑顔は生気にあふれて見えた。


「ところで剣士様?は、どちらに向かわれているのですか?」


「わたしか……。わたしは故あってワグファイ大公国に向かっているところだ」


「それなら同じじゃないですか! ぜひ同行させていただいてもよろしいですか? 剣士様と一緒なら安心ですし」


「いいぞ。“旅は道連れ、世は情け”だ。おまえのような子供が一人で旅するのは危険だ。ワグファイ大公国までわたしが護ってやろう」


「剣士様にそう言っていただけると心強いです! ありがとうございます!」


 サクヤはリーシャを騎馬に同乗させ、出発した。


 幸いにしてリーシャはサクヤよりも小さくて軽いし、その荷物も少ない。騎馬に対する負担も少なく済みそうだ。


 ◇ ◇ ◇


『闘戦経』第14章


〇原文・書き下し文


|気(き)は|容(かたち)を|得(え)て|生(しょう)じ、|容(かたち)を|亡(な)くして|存(そん)す。|草(くさ)の|枯(か)れて|猶(な)お|疾(しつ)を|癒(いや)すが|如(ごと)し。|四(し)|体(たい)の|未(いま)だ|破(やぶ)れざるに、|心(こころ)のまず|衰(おとろ)えるは、|天(てん)|地(ち)の|則(のり)に|非(あら)ざるなり。


〇現代語訳


 気は体ができてから生じ、体をなくしても残る。それは薬草が枯れても病気を治せるようなものだ。

 体が元気なのに心が先に衰えるというのは、天地の法則から考えてもおかしい。

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