#5 ボーイ&レディ 【完】

「ん、ここは……」


 ミカは消毒液や鉄さびのにおいが立ち込める中、ベッドで目を覚ます。見慣れた景色……いつも世話になってる闇医者の病室だ。


「おー、目を覚ましたか?まったくいつもいつも無茶しやがって」


 無精ひげに白衣の男が頭をかきながらやってくる。


「ああ、ヤブ先生か……」


「ヤブじゃねぇ!」


 ヤブ先生はハンドPCの画面を見ている。


「神経接続は問題なしで、骨は……あちこちひびが入ってるが、こっちも問題ないだろ。痛みはどうだ?」


「ああ、左腕がすげぇ痛い」


「とりあえずの間に合わせの安い腕を付けといたからな……よし、これなら問題ないだろ。おめでとう。退院だ」


 ヤブ先生はそう言うと部屋を出ていく。ミカは起き上がり、痛みに耐えながらゆっくりと、そばに置いてあるコートを着る。アームは、サイズの合わない武骨な旧型だ。


「スゥー……ハァー……」


 痛みをコントロールするために深呼吸を数回。痛みが落ち着いてくる。


「あ、あの……」


 ナツミが入ってくる。血は洗い流し、服も着替えている。しかし、あれほどの部隊と戦って無事なはずはなかった。首や手など見える部分の包帯が痛々しい。


「……」「……」


 しばしの沈黙


「なあ、一つ聞いてもいいか?」


「はい……」


 ナツミは明らかにおびえている。


「最後だと思ってあんな恥ずかしいことをしちまったわけだが、どうしてくれるんだ?」


「え?」


「正体をばらすなら、もう少し早くするするべきだったと思うんだ?うん、一目ぼれしたこともばらしたし、キスもしちまったし……うん、何よりも「死んだらたまに思い出してくれ」なんて、すげぇ恥ずかしいことまで言ちまったわけだが、この責任はどうとってくれるだ?」


「え?その、あの、ごめんなさい」


 ナツミは思わず謝る。一瞬の沈黙、ミカは大笑いする。


「いたたたた……で、お前は誰なんだ?」


 ナツミは語り始める。自分は雷神インダストリーのエージェントであること、本当の護衛対象は別ルートで輸送されていること、そして、名前も経歴も嘘であるということ……言葉を選びながら一つ一つゆっくりと話していく。


「なあ、お前はなのか?」


 聞きにくいことをはっきりと聞く。それがミカの性格だ。


「遺伝子的には人間です。サイボーグ化もされていません。ただし、諜報・戦闘訓練と薬物による肉体改造は受けています」


 ナツミはつらそうに話す。だが、ミカは会話をやめようとはしない。


「で、なんで、助けたんだ?ああいう場合は俺を見捨てるのが普通だろ?」


「……自由にしてくれるって言ってくれましたから」長い沈黙の後、答える。


「自由?」


「ええ、死は怖くありません。自分でも、他人でも……そう言う風に育てられましたから。でも、自由になるって考えた時に、思ったんです」


 ナツミはミカの顔をみる。


「ミカさんと一緒に生きていけたらな、って……あ、ご、ごめんなさい!迷惑ですよね。騙していたのにこんな都合のいいことを言うなんて……」


 ナツミの不安と恐怖が入り混じった今にも泣きだしそうな顔をしている。ミカはその顔を見て決意する。


「行くぞ」


「え?どこへですか?」


「終わらせないとな」


 ————————————



 ブロロロロロ……


 ミカとナツミをを降ろしたタクシーが走り去る。無数の監視カメラが備え付けられた高い壁に頑丈そうな鉄の門。ナツミの受け渡しに指定されていた屋敷だ。二人が扉の前に立つとゆっくりと門はゆっくりと開く。


「いくぞ」


「はい」


 ナツミは男の使っていたヒート・カタナを背負っている。何かあればこれを使ってミカを守る気なのだろう。一方、ミカの表情も硬い。


「時間にルーズなのは感心しませんね?」


 玄関の前。サラリーマンの男が立っている。ワタベだ。その後ろには重装備の雷神ファクトリーの私設部隊が並ぶ。


「私設部隊を動かしたくなかったんじゃないのか?」


「ケース・バイ・ケースですよ。さて、契約はこれで終了です。残りの半分を入金させていただきますね。ああ、かなり大変だったみたいですから、特別報酬もお付けします」


「契約違反の違約金は?」


「契約違反? 何のことです?」


「こいつは偽物だった。依頼内容に嘘や隠し事がないのが、俺のルールだ」


 周囲を緊張感が包む。


「違約金ですか? いかほどの金額をお望みでしょうか?」


「なーに、そんなに身構えるなよ。俺が欲しいのはこいつだ」


 ナツミを指さす。ナツミは驚いた顔をする。


「後、報酬も半額にしといてやる。悪くない条件だろ?」


「ふむ、君はわが社のものだが、戻ってくる気は?」


 ワタベはナツミに問いかける。


「僕は……戻りたくありません」はっきりと言い放つ。


「ふむ。多少精神的に揺らぎがある方が、人間らしく振舞えると思って、欠陥品ギリギリのあなたを送り出したのですが裏目に出ましたか……」


 欠陥品と言う言葉にナツミは身をこわばらせる。


「欠陥品ならもう用はないだろ?」


「そうですね。わかりました」


 ワタベがぱちんと指を鳴らすと兵士が椅子と机を持ってくる。彼は椅子に座るとカバンから小型の印刷機を取り出し何かを印刷する。次に小型PCからミカのハンドPCにデータを転送する。


「まずそれをお読みください」


 ミカは送られてきた膨大なファイルのタイトルを見る。売買契約書、秘密保持契約書、メンテナンス合意書……彼を引き取るうえでの様々な合意事項だ。


「ああ、ご安心ください。一般的な兵器売買に関する書類ですから。読み終わりましたらこちらにサインをお願いいます」


 先ほど印刷された紙とペンをナツミの方に向け差し出す。


 


 人の手で直接文字を書き込む……この機械化された世界におけるもっとも神聖にして重要な契約の証明である。その重大さは、署名中に気絶する人間が出るほどだという事実からもわかる。ミカは座ると契約も見ずに署名、突き返しながら立ちあがる。


「契約書を読まずに物理署名ですか、いいんですか?」


「読もうが読むまいがやることは変わらねぇし、お前らにこいつの身を一秒でも預けときたくないからな」


 ミカはナツミの手を引いて屋敷から出ようとする。


「ああ、これはサービスですが、首筋のあたりに追跡チップが埋め込まれているので早めに外した方がいいですよ? それでは、お買い上げありがとうございました」


 ワタベは深々とお辞儀をしながら二人を見送った。


 二人が屋敷から出ると鉄の門はゆっくりとし閉まる。ミカはナツミの手を離さずに歩き始める。


「帰るぞ」


「あの、でも、僕は偽物……」


「一目ぼれして、命を助けられた。それ以上に何か理由がいるのか?それから、お前は今日からアヤナ・ナツミだからな」


 ミカはぶっきらぼうに言い放つ。


「でも、その名前は……」


「うるせぇ。お前は今日からアヤナ・ナツミ。俺のもんだ。いいな?」


「え……は、はい!」


 ナツミは満面の笑みで答える。これが正解だったかはミカにもわからない。だが、後悔をしない選択をする。それがこの歪んだ世界でも、少しでもましに暮らせる唯一のの生き方なのだろう……


【ボーイ・ミーツ・レディ】完


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