第33話 ネジ

 朝起きると、枕元に小さなネジが落ちていた。

 直径が3mmほど、長さは10mmぐらいのものである。家具を止めるには小さすぎるし、かと言って眼鏡のフレームのそれには大きすぎる。

 私は思わず右の耳穴を触ってみた。というのも、目覚めるほんの少し前に、何かが耳の中を通り抜けるような違和感を覚えたからである。


 今度はそのネジを指で摘んでみる。

 指紋のわずかな溝に、何やらうっすらと淡黄色をした油のようなものが染み付いている。

 「油?・・・」

 その臭いをかいでみた。

 どうやらそれは潤滑油のような臭いがする。


 (はて? どうして私の耳の中からこのようなネジが出てきたのか・・・)

 当然最初に思いつく疑問であろう。

 私はもう一度、今度は耳の奥の方まで人差し指を突っ込んでみた。その指先をまじまじと見てみる。

 その指先には油はおろか、何の違和感も無い。

 変な安堵感と共に、次なる疑問が生じてくる。

 (では、このネジは何処から来た物であろうかと・・・)


 枕をそっと持ち上げてみる。ネジ以外にも何か手掛かりになる物が有りはしないかと思ったからだ。

 しかしそこには、何も落ちてはいなかった。


 たどり着く結論は二つしかない。

 ひとつは、私の身体の中にあるネジが何らかの理由ではずれ、抜け落ちたのではないかということ。そしてもう一つは、私が寝ている間に、無意識のうちにこのネジを耳の中へと押し込んでしまったということである。

 信じがたいことだが、今はそのどちらかを受け入れるしかないようだ。


 私はもう一度耳に指を入れると、頭を軽く振ってみた。

 カラーンという音でもすれば、すなわちそれは私の身体がこのネジを含むような機械部品で出来ているということを証明することになる。

 しかして・・・


 当たり前のようにそんな乾いた音どころか、私が感じるのは私の身体中に血液を送り続ける心臓の鼓動だけである。

 「・・・となると?」

 もう一度ベッドの周りを見渡してみる。何かそのネジの手掛かりになるような物がないかと期待を込めて・・・

 しかし、そこには無機質な金属を思わせる物など何処にも無い。

 

 何となく天井を見上げる。


 (まさか、そこから落ちてくるわけもないか・・・)

 少しの期待を持っていた分、天井の白さが逆に恨めしい。とそこに、私の部屋の戸を叩く音が。

 「はい、どなたですか?・・・」

 扉の向こうからは、白衣を着た男が入って来た。


 「どうかね気分は?・・・」

 「先生!」

 それは私がいつも『先生』と呼んでいる初老の男である。その男はにこやかに微笑みながら、私に飲み物を差し出す。

 「先生、今朝は妙なことがあったんですよ。私の枕元にこんなネジが・・・」

 私はそれを見せようとしたが、その小さなネジは私の指先からこぼれ落ちてしまった。


 「すべては大丈夫。まずはこれを飲んで気を落ち着けて」

 私は先生が差し出す緑色の飲み物を口の中へと流し込んだ。ほどなく、私の不安は薄れていき、少しずつ意識が無くなっていく。



 「田崎君、今日で何日目だね?」

 白衣の男は、後からこの部屋へと入ってきた別の若い男に尋ねる。


 「76日です。教授」

 若い男は声を弾ませる。

 「以外と早かったな」

 「早いどころか、前回検体が自己葛藤の兆候を現し始めたのは197日目のこと。それを今回は大幅に更新したことになります。教授、これで実現化の目処も・・・」


 「いいや、もう少し改良せんといかん。まだ自分が『ひとりの人間』だということに少しの疑問を持っているようじゃ」

 「しかし教授・・・」


 「田崎くん、わしが求めているのは、完全に自我に目覚めることができたアンドロイドなのだよ・・・」

 


 

 

 

 

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