第14話 うわさ

 男が女の髪を撫でながら、静かに呟く。

 「実は、噂で聞いたんだがね」

 「うわさ?・・・」

 「そう、この街には人の生き血を吸って生き長らえているという吸血鬼がいるということを・・・」

 男は女の首筋に軽く唇を当てる。


 「それって、私のこと?・・・」

 女は男の腕をたぐり寄せると、その中指を噛んでみせる。

 「君がバンパイヤならいっそ私の中の血を一滴残らず飲み干してほしいものだが」

 歯の浮くようなセリフにも女は悲しそうな顔を向ける。


 「私は悪い女、だってあなたを独り占めにできるのですもの」

 男は言葉で返す代わりに、女の唇に舌を入れる。

 「あっ・・・」

 女の吐息がリズミカルに繰り返される。


 そこに携帯のコールが・・・

 男は唇を当てたまま、受話器に耳を当てた。

 「・・・ん、分かった・・・」

 携帯を閉じると同時に、男はニヤリと微笑む。


 「どうなさったの? 今の電話・・・」

 「ライバル会社がまたひとつ倒産したそうだ」

 「倒産?・・・」

 「ああ、今年に入ってこれで三件目になる。これでうちの販売シェアも一段と上がるというものだ」

 男は勝ち誇ったかのように、グラスのウイスキーを一気に飲み干した。


 「でも、その会社の人達のことを考えると何だか可愛そうで・・・」

 女は男の背中にその額を当てる。

 「君は優しい心を持った女性だな」

 男は嬉しそうに目を細める。

 「だが、この競争社会では食うか食われるかだ。一度でも負けたら、野垂れ死ぬしかないからな・・・」


 「では。その倒産した人達も?・・・」

 「ああっ、俺だっていつそうなるか分からない」

 男にしては珍しく弱音を吐く。

 「いやっ! 私はあなたにいつも一番輝いて居てほしいの・・・」

 「心配するな・・・」

 男は振り返ると、もう一度女の唇をきつく吸う。


 「大丈夫、君のためにも俺は絶対にトップを張り続けてみせるさ」

 その言葉に、女は甘えるよう男の首筋にもたれ掛かる。

 


 酒が利いたのだろうか、これからというところを前に、男は目を瞑ると静かにベッドに横たわった。それに合わせるよう、女は男の胸に頬を埋める。

 男の鼓動がゆっくりと着実に繰り返されていくのが聞こえる。


 女は一人呟いた。

 「あなたは噂の半分しか知らないのね。その吸血鬼は人の首筋から生き血なんか吸うわけじゃないのよ。その目的を成し遂げてくれそうな人間に寄生するの」


 女はその長い舌を、男の首筋に這わせていく。

 「寄生された人間はその吸血鬼のために、身を粉にして働くのよ・・・」

 男の寝顔を上目遣いに見上げる。

 「あなたみたいにね・・・」

 

 女は鼻から大きく息を吸い込むと、恍惚の表情を浮かべる。

 「そう、私が吸いたいのは、人間が人生に絶望するという『不幸の味』なんですもの・・・」


 

 

 

 

 

 

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