第15話 憎めない強盗

 「あの、すみませんがお金を用意していただけますか。なあに、ほんの二百万ばかりでいいんです。実は私、今日は強盗に来たのですよ」

 五十代半ばと思えるこの紳士は、カウンターの女子行員にこう告げた。

 「あっ、くれぐれも警報ブザーなど触れないで下さい」

 女子行員は、足元にある警報ブザーからすぐに足を下ろす。


 別にこの男、凶器を持っている風でもないのだが、男の妙な落ち着きがかえって女子行員にこうさせたのであろう。

 もちろん、支店長もまだ気づいていない。それほど静かな会話が、この男との間に交わされていた。

 まさに「紳士な強盗」とも呼ぶべき男である。


 時間は午後の二時五十五分。ちょうど閉店間際を狙った犯行だ。と、その時。表のドアーから数人の男がけたたましく入って来た。


 「おい、静かにしろ。動く奴は容赦なくぶっ放すぞ!」

 四人の黒ずくめの男達は、手に手に持った拳銃をちらつかせると、カウンターの上に片肘を付いた。

 その中の一人、四人の中ではリーダー格風の男が行員に尋ねる。


 「おい、支店長はどいつだ?」

 女子行員は、その紳士の強盗に渡すための二百万を手にしたまま、奥の支店長を目で追う。

 支店長は、他の客の手前もあったのだろう、痩せた体をグンと張るとその強盗のいるカウンターへとやって来た。


 「わ、私がこの銀行の支店長です。用件はなんでしょう?」

 「用件? 見りゃあわかるだろう。俺達は銀行強盗だよ。金持ちの皆様がお預けになった札束を、ちょいとだけ拝借しに来たんだよ」

 そう言うと、その男は燻し黒色した拳銃を、支店長のあごに突きつける。


 「キャー、助けてー」

 店内は一瞬にしてパニックになった。

 しかし、逃げようにも、先程の黒ずくめの仲間達が出口を固めているのだ。

 結局、店内に残っていた数人のお客と十数名の銀行員、そしてこの紳士な強盗とは黒ずくめの強盗団の人質となる羽目になってしまったのである。


 ところが、当然納得できなかったのは、最初に強盗に入った「紳士な強盗」のほうだ。


 「おい、君達。ここは私がはじめに強盗に入ったんだが・・・」

 紳士な強盗は、目の前にいる女子行員が持っている二百万円を掴み取ると、証拠の品とでも言いたげに、その札束を強盗団に見せつける。


 「おい、見たか。たったの二百万だとよ」 

 強盗団の一人が、その紳士な強盗から札束を奪い取ると、床にばら撒きながらののしった。

 「おいおっさん、俺たちゃなあ、そんなチンケな額じゃ満足しねんだよ。億だよ憶。おい支店長、今すぐに五十憶円用意しろ!」

 強盗団はそう言うと、それぞれ近くにいた客や銀行員に向けて、銃口を突きつける。

 「わ、わかった、わかった。わかったから撃たないでくれ」

 支店長は、腰砕けになりながらも金庫の鍵を探し始めた。


 それでも、やはり面白くないのはこの紳士な強盗のほうだった。

 彼は強盗する機会を横取りされたばかりか、その金額までも馬鹿にされたのだ。紳士な強盗は強い口調で突っかかる。


 「お前達、強盗にも奪って良い相場というものがあるだろう。五十億だあ?この銀行の金庫の中には、毎日一生懸命働いて貯めた人のお金だって入っているんだ。いくら強盗だからってな、根こそぎ持っていっていいもんじゃないんだぞ。だいいち、五十億もの金をお前達四人でどうやって運ぶんだ?」

 初老の男にしては、この紳士な強盗の言葉には迫力がある。

 黒ずくめの強盗団の一人は、リーダー格風の男に近寄ると何か囁いた。


 「兄貴、やっぱ五十億はやばいっすよ」

 「よーし、今日は特別にまけておいてやらあ。五億だ!五億円用意しろ!」

 すかさず、リーダー格風の男が支店長を怒鳴りつける。


 ところが、この言い方がどことなく頼りなさそうだったのか、カウンターの女子行員がクスッと笑ってしまった。

 「あ、兄貴―。この女、今兄貴のこと笑いましたよ」

 出口の近くにいた黒ずくめの強盗団の一人が叫んだ。

 「何―、俺のことを笑っただと」

 この兄貴と呼ばれているリーダー格風の男は、血相を変えてそのカウンターを乗り越える。

 もうその女子行員の顔面は蒼白、震えて掛けていた椅子から落ちそうになってしまった。

 「て、てめー、何がおかしい?撃ち殺してやる!」


 「バカ者! 銀行強盗なら常に冷静に判断しろ。見てみろ、彼女の手が、もう少しで防犯連絡ブザーに触れるところじゃないか」

 紳士な強盗は、なおも続ける。

 「それに、人を傷付けるとはどういう了見なんだ。脅しても、人様には危害を加えない。これが銀行強盗の真髄ってもんだろうが」

 いつの間にか、銀行内はシーンと静まり返っている。


 「お嬢さんも、それから他のみなさんも聞いてください。この者達に抵抗したり、外部に通報しようなどという勝手な行動はどうか慎んでください。その代わり、私が責任を持って、みなさんには危害を加えさせないようにしますから」

 紳士な強盗は、強盗団のリーダー格風の男を振り返ると、鋭い目つきで返事を促す。

 「いいですね、これで!」

 リーダー格風の男は首を縦に振ると、さっきの女子行員に気まずそうに頭を下げた。


 「あんた、本当はいい人だわね」

 紳士な強盗の横で床に座らされていた老婆が、彼にこう囁いた。


 紳士な強盗は少し照れくさそうに笑うと、さらに言葉を続ける。

 「ところで支店長。どうです、こいつらにお金を渡しては? 五億と引き換えになら、ここにいる人達全員の命は、決して高くないと思うのですが?」

 カウウンターの中の銀行員もフロアーに座らされているお客も、みんな一斉に支店長の方に視線を送る。


 「お願い、支店長さん。この方の言う通りにしてやって」

 「支店長。あんた、けが人が出たら、どうやって責任取るつもりなんだ?」

 行員もお客も、口々に支店長に言い寄る。もはや支店長に選択の余地は残されていないようだ。

 彼は金庫から五億円を取り出すと、その黒ずくめの強盗にそれを渡した。

 黒ずくめの男達は、札束を用意しておいたズタ袋に押し込むと、一人ずつ外へと立ち去って行く。


 そして最後の一人、リーダー格風の男がドアーを出るとき、男はその紳士な強盗に尋ねた。

 「ところで、あんたはこれからどうするんだい?」

 紳士な強盗は微笑みながら答える。

 「私は自首します。結局、お金も取れずに失敗したわけですから」

 「そうか、じゃあ勝手にしな」

 そう言うと、彼はそそくさと背を向けて行ってしまった。

 後には人質となっていた人達と、この紳士な強盗一人が残された。


 どこからともなく、拍手の音がする。それは一つ二つと増えていき、しまいには行内にいる誰もがみんな拍手をしていた。


 「いや~、あんたのおかげで、みんな傷付かずにすんだよ。本当にありがとう」

 「おかげさまで、奴らに五十億盗られるところを、五億円ですみました。このお礼は何といって良いやら」

 銀行の支店長は目に涙を浮かべながら、この紳士な強盗に頭を下げる。中には握手を求めてくる者さへいた。


 しかし、結局この紳士な強盗はこの後、自ら警察へと自首をした。

 そこに居合わせた人達は、この紳士な強盗の潔さにさらに共感し、署名運動を続け、裁判所に対して救済のための嘆願書を提出する事にした。

 その甲斐あってか、彼は執行猶予付きの比較的軽い刑ですむこととなったのである。


 

 後日・・・

 裁判所を出たこの元紳士な強盗は、真っ赤なオープンカーを飛ばしながら海岸線を走っている。ボリュームをいっぱいに上げて、ロックンロールを聞いている。

 松林が途切れたところに、一軒の家があった。彼はこの家の前で車を止めると、人目をはばかるようにその家のドアーを叩いた。 

 すると中から、数人の黒づくめの男達が、皆笑顔でこの紳士を向かい入れた。


 部屋の中に入ると、彼はニヤリと笑いながら一言呟く。


 「どうだお前ら、難なくせしめた五億円の味は・・・」

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