第40話 未来写真館

 ここは、山あいの小さな町。その町に、一軒の写真館が店を開いた。

 店の名前は、『未来堂』。赤煉瓦造りの小さな建物が、その町にはひときは珍しい。

 店の主人は、写真をとるとき、決って「ハイ、笑顔を頂戴いたします」という。その温厚な人柄からか、こんな田舎町にあって、店はまずまずの繁盛振りであった。

 そんなある日、一人の女子高生が、その店を訪ねた。


 「すみません、五年後の私を写していただきたいのですが・・・」

 そう言うと、その少女は澄んだ眼差しで、店の主人を見詰めた。

 「どこで、そのことをお聞きになってのですかな?」

 店の主人は、いつもとは少し違う口調で、その少女に聞き返す。

 「夢の中で・・・」

 少女は、そうとだけ答えた。

 「わかりました。ただし、将来のあなたを見ても、決して後悔してはいけませんよ」

 主人は、そう少女に念を押すと、店の奥から金色に輝くカメラを持ち出してきた。

 「背景は?そう、その窓がいいでしょう。逆光の心配はありません。窓の外には雄大な山も見えるし、絶好のアングルだ」

 そう言って、主人は彼女を窓際に立たせると、その金色のカメラに手をかけた。


 「ハイ、笑顔を頂戴いたします」


 しばらくの後、写真は出来上がった。

 そこには、いま以上に美しくなった彼女の姿が写し出されていた。薄っすら化粧もし、耳にはパールのイヤリングが。

 当然、後悔などするはずが無い。少女は感激して、その写真を胸に、店を後にした。


 それから、この写真館の噂は、またたく間に広まっていった。

 連日、女子高生や会社帰りのOLなどが、自分の未来の姿を追い求めては、この写真館を訪れたのである。

 彼女達は、みんな自分が一番美しいと思う年代の写真を望んだ。すなわち、今から数年後、長くとも十年後ぐらいだろう。それはそうだ、誰でも、老いた自分の姿など見たくないものだ。ましてや、それが女性ともなると・・・

 たまに、将来の結婚相手は?などと写真を撮りに来る男性もいたが、それでも、せいぜい十五年後ぐらいであった。それに、一人で撮った写真には、決して将来の伴侶や、その子供までは写ることも無かった。


 今日も、忙しい一日がおわった。

 店を閉じると、主人はひとりカメラの手入れをする。もうずっと以前から、そう、彼がこの地球に来たときから、何十年もそうしているように。

 彼は、普段身につけている人間用の皮膚の内側から、緑色をした長く伸びた二本の指を出すと、それをじょうずに使い部品の一つひとつを磨きあげる。

 なにせ、未来の写真を写し出すカメラなのだ。このぐらいの手入れをしなければならないのもあたりまえだろう。

 それにしても、不思議なものだ。

 今までにも何回かあったことだが、どういうわけか、時たま彼の能力を知る人間が現れるのだ。そのたびごとに、彼はこうして未来の写真を撮ることとなる。

 しかし、押しなべてどの時代の人にも、この未来写真は喜ばれてきた。特に女性は、と言うことになる。


 その次の日も、この未来写真館には大勢の人が詰めかけてきた。

 いつものように、店の主人は愛想良く未来写真を撮り、お客もまた写し出された自分の姿に笑顔で帰っていく。

 そんな中、ちょっと変わったお客が店を訪ねた。

 年のころは三十半ば、いかにも一流企業の営業マンといった感じの男である。濃紺のスーツに金縁の眼鏡が、いっそうその男の品格を物語らせている。男は中指でその金縁の眼鏡を少し押し上げると、店の主人にこう尋ねた。


 「実はこの私、今の会社で社長のいすを目指しているのです。しかし、なかなかライバルも多い。そこで是非二十年後の、いや、二十五年後、はたして私は社長になっているのかどうか、それが知りたいのですが・・・」

 店の主人は少し顔を曇られた。なぜなら、こういうお客に限って自分の思い通りにいかないと文句を言ってくるからだ。文句だけならいい、未来写真なんてインチキだ、などと言われた日には目も当てられない。

 主人は、その男に何度も念をおして確かめた。

 男は誓約書まで書くことを申し出たが、それには店の主人もおよばなかった。


 「それでは、その窓のところに・・・」

 男は心なしか胸を張ると、笑顔でその写真を撮ったもらう。

 

 数分後、その男の写真はできた。

 ところが、写真を手にした男には、なぜかもう笑顔など無かった。それどころか怒りに彼の指先が震えている。

 男は言った。

 「なんで、写真に私の姿が写っていないんだ?」


 なるほど、そこには背景の窓と、その窓の向こうに写し出された山があるだけであった。

 写真館の中にいた他のお客達は、すぐにそのことを察知した。これは、未来を写す写真なのだ。つまり、もうすでに二十五年後のあなたは、この世に存在しないのだと・・・

 しかし、これは単純な間違えであった。正確に言うならば、店の主人がピント合わせ用に撮ったサンプル用の写真を、間違えてこの男に手渡してしまったのだ。当然そこには、当然この男の姿など写っているわけが無い。

 店の主人は平謝りしながら、本物の一枚を手渡した。

 怒りのおさまったその男も、今度は期待に胸を膨らませながら、その写真に目を落とす。


 しかし・・・

 しかし、そこにはその男の姿どころか背景の壁も窓も、そして、あの雄大な山までもが、何ひとつも写ってはいなかった・・・

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