第17話 40℃の男

 「ちょっと、ヒロ君、熱あるんじゃない?」

 彼女は俺の額に、自分のおでこをつけると、心配そうにつぶやいた。

 「うん、そう言えば少し具合が悪くて。すまないが、今日は帰ってくれないか」

 「わかったわ、でも、ひとりで大丈夫?」

 潤んだ瞳で見つめる由佳里。

 「う、うん、大丈夫、大丈夫」

 少し気が引けたが、俺は彼女を見送ると、すかさず葉子の携帯に電話をする。


 「これから、家に来ないか。今夜は寒いし、二人で過ごそう」

 もちろん葉子からの返事はOK。

 最近の俺はなぜかもてるのだ。つまり、葉子の他にも寒い夜を共にする相手がニ~三人はいる。

 それというのも、俺の体温が人よりも少しだけ高いからなのだ。


 去年の秋頃からだっただろうか、俺は自分の身体の体温が少しずつ上がり始めていることに気が付いた。

 最初は秋風邪のせいかなとも思ったが、別に体調が悪いわけでもない。それとも夏辺りから話題になっているエルニーニョ現象の影響が、俺の身体の細胞にも何らかの影響をおよぼしているのかなどと考えてみたこともあった。

 だが、そうこうしているうちに、俺の体温は今年に入ってから38℃以上になっていた。


 だからと言って、だるくてベッドから起きてこれないと言うわけではないのだ。

 まあ、全く気にならないわけでもないのだが、それよりも使い方によってはけっこう役に立つのである。

 会社を早退したいときも、少し熱っぽいのでと言えばいい。事実、本当に熱があるのだから、誰も疑うわけがない。

 家に帰れば、彼女達からも重宝されるのだ。特に寒い冬の夜、冷え性の女にとっては、俺はまさに人間湯たんぽなのだろう。

 「寒いだろう、こっちへおいで、暖めてやるよ」

と、いう具合に運ぶわけだ。


 それでも、良いことばかりという訳でもない。

 なにせ、体温が通常よりも高いのだ。少しぬるめの風呂に入っても、水風呂に入っているような感じで、少しも暖かく感じない。

 俺が気持ちよく感じる頃には、とても普通の人じゃ入れそうもない。この間も、彼女が軽い火傷をしてしまったぐらいだ。

 それでも少しずつ、俺はこの体温と上手く付き合えるようになっていった。

 ところが・・・


 

 季節も過ぎ去り、また今年も暑い夏がやってきた。

 このところ、俺の体温はすでに40℃を超えている。

 当然付き合っていた彼女達も、今では皆、俺のもとを去ってしまった。熱くてとても近寄れないのだと。

 会社の健康診断の結果に、俺は即、入院させられる事になった。

 上司からは、三ヶ月経っても改善の見通しがない場合は解雇だとも言われた。


 また医者が、解熱剤の注射を射ちに来た。断ったところで、どうせ食事に混ぜてくるだけだろう。


 「やめてくれ、凍えそうだ。これ以上体温が下がったら死んでしまうよ・・・」


 俺は遠ざかる意識の中で、必死にこうつぶやいた・・・

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