エピローグ

エピローグ

「全く、なんで結婚式の朝まで剣術の稽古なんてしているんですか」

「そうしないと、どうも目覚めがすっきりしなくて……」


 王城のバルコニーまで用意された道を歩きながら、シャルハは言い訳をした。

 その腕を取るユスランは呆れ顔で肩を竦める。


「どうせ「ウエディングドレスとかあんなヒラヒラしたもの本当に着るのか?」って悩んで、いつもより稽古が長引いたんでしょう」

「う……っ」


 痛いところを突かれて、シャルハは顔を反らす。

 レースをたっぷり使ったシルクのウエディングドレスが、軽い衣擦れの音を出した。


「まぁシャルハらしいと言えば、らしいんですけどね」

「待ってください、女王様!」


 廊下を走ってきたメイドが、シャルハを呼び止める。

 栗色の髪をツインテールにした、猫のような目をしたメイドが、シャルハに髪飾りを見せた。


「これ、落としましたわ」

「すまないな、ティア。悪いがつけてくれるか」

「はい」


 元の短い髪では、婚礼用の髪型には出来なかったためにウィッグを作らせたが、まだ不慣れなので髪飾りなどが落ちても気付きにくかった。

 ティアはドレスを踏まないようにしながらシャルハに近づいて、豪奢な髪飾りをウィッグに通す。


「それにしても君は凄い回復能力だな。肺を矢で貫かれたのに、もう走れるのか」

「柔な鍛え方はしておりませんわ。それより、私をメイドとして雇いなおした女王様の方が凄いと思います」

「そうか? 君は依頼がなければ人の命を狙ったりしないだろうと思っただけだ」


 ティアは溜息をついて、シャルハの髪から手を離す。


「ガーセル卿のことはどうなさるんですか? かれこれ二ヶ月ほど経ちますが」

「結婚式の前後に処刑というのも縁起が悪い。元々騎士としては優秀な男だし、暫くベルストンのところで叩きなおして貰おうと思っている」

「本当に甘い女王ですこと。でもガーセル卿も王になるのは諦めた様子ですし、良いのはないでしょうか」

「君も十分甘いぞ」


 ティアは何か言いたげな様子だったが、恭しく礼をして引き下がった。

 再び歩き始めたシャルハとユスランだったが、今度はベルストンに行く手を遮られる。


「女王様、今日こそは任を解いていただきますぞ」


 意気込む相手に対して、シャルハは愉快そうに笑った。


「何を言う。騎士団長にしてくれと言ったのは師匠じゃないか」

「あれは緊急時だったからであって、そのまま継続されるなんて聞いていません。折角、故郷で楽隠居を決め込んでいたのに」

「隠居したければ、早く後継を育ててくれないと。まさか放り出して帰るなんてこと、師匠に限ってあるわけがない。そうだろう?」


 ベルストンは大仰に肩を落として溜息をついた。


「はぁ……老いぼれには荷が重い話です。こんなことならルーティの口車に乗って武闘大会になど行かなければよかった」

「ルーティさんのお加減は、いかがですか?」


 ユスランが口を挟むと、ベルストンはそちらに顔を向けた。


「執事に戻るには、もう少しかかりそうですが、今日は夜に顔を出すと言っていました。完全に回復したら、今度はもっと厳しく鞭の扱いを覚えさせないと」

「よく助かりましたよねぇ。いくら天使様が止血したからとはいえ」


 感慨深い様子でユスランがそう言ったのを、シャルハが聞き咎める。


「それは初耳だ。あの時、君が医者に連れて行くと言って、クレハに乗せて走って行ったのは見ていたが」

「そのつもりだったのですが、天使様に呼び止められて。シャルハを助けたんだから、お返しと言って止血して下さったんです」

「そうなのか。あの時は呆然としていて、全然周りが見えていなかったからな」

「あの時、初めて天使様の羽を見ましたけど、その翌日に見た時の方が綺麗でしたね」

「……ん?」


 シャルハはその言葉が引っかかり、考え込む。

 王がウナを愛さないから羽が出ない。羽が出ないということは命が尽きかけていると聞かされた記憶がある。記憶があるどころか、その後、自己嫌悪にまで陥った。

 なのに今の話では、シャルハがウナに愛を誓う前に羽が出ていたこととなる。


「おい、師匠」

「なんですかな」

「もしかしてボクに嘘を教えたのか?」

「嘘だなんてとんでもない。なかなか女王様が覚悟を決めないので発奮して頂こうと思っただけです」

「……」


 シャルハはベルストンを睨んだが、開き直った老兵は涼しい顔をしていた。


「まだこんなところにいたのですか、女王陛下にユスラン殿下」


 大臣のイリヌが息を切らして走ってきた。

 ヒゲ大臣と呼ばれる所以の口ひげは、今日はより一層丁寧に手入れされている。


「天使様がバルコニーで、今か今かと首を長くしていますよ」

「しまった。早く行こう、ユスラン」

「えぇ」


 バルコニーを目指して、二人は歩幅を揃えて歩く。

 城の庭に詰めかけた民衆たちの声が既に届いていた。


「明日は君の国にも挨拶に伺わないといけないし、その後は新婚旅行だし、忙しいな」

「その前に、トリステ君とクレハの結婚式も挙げないと」

「なぁ、本気で馬の結婚式をするのか?」

「当然ですよ。新婚旅行にもあの二頭は連れて行くんですし」

「ちょっとー、人間達! 天使を待たせるとはいい度胸だね!」


 バルコニーの前で、シャルハと似たようなドレスを着たウナが待っていた。

 髪もメイド長に結い上げてもらったのか、可愛らしい花飾りが差してある。


「待ちくたびれちゃったよ」

「すまない。後でチョコレートボンボンあげるから」

「最近は満腹だからいらないけど、結婚式のごちそうは食べようかな」

「天使様、それはなんですか?」


 ユスランがウナが下げているバスケットに気付いた。

 ウナは蓋を開けて、中に入っている色とりどりの花を見せる。


「庭師に貰った。これを宙からばら撒くの」

「それは良い考えですね」

「天使の祝福。ありがたく受け取ってね」

「そんな物理的なものだったか、天使の祝福って……」


 首を傾げたシャルハだったが、また髪飾りが取れそうだったので、慌てて位置を戻した。


「さぁ、行きましょうシャルハ」


 ユスランがシャルハの手を取り直す。シャルハも手を握り返して不敵に微笑んだ。


「国民にお披露目したら、もう暫くはボクから逃げられないから覚悟してくれ」

「とっくに覚悟してますよ」

「それはよかった」


 二人の先に立つウナが、両手でバルコニーに続く扉を開いて、そのまま空へと飛び出した。

 その姿を見た群衆が歓声を上げ、ウナが撒き散らした花が宙を舞った。


「ボクが一番愛しているのは天使だからな」


 この国には大きな白い翼を持つ天使がいる。

 天使は代々の王に愛されることで力を得て、国を護ってきた。

 半年前に新しく王に即位したのは、国始まって以来初の女王だった。

 男勝りの女王は、わがままな天使を愛する為に努力し、そして正式に王として認められた。

 女王はこれからも天使と生き続ける。この国が愛で満たされるように、大事な者と歩幅を合わせながら。







「そういえば、どうして君はボクを気に入ったんだ?」

「あのパーティの日に、周りに笑われても必死で天使様を追いかける貴女に惚れたんですよ。この人は何からも逃げたりしないだろうな、って」



私を愛して王になれ 完

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私を愛して王になれ 淡島かりす @karisu_A

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