第4話 プチトマト

 僕は妻を失った。助かると信じていた。だけど、もうダメだと思っていながらも1パーセントでも助かるならと藁をもすがるような気持ちで医者にすがった。もう楽にしてあげて欲しいとも医者に強く言えなかった。彼女はただ1人で闘っていた。彼女はあの時、この苦しさから解放されたいと死を望んだのだろうか。それとも、まだ生きたいと心から思っていたのだろうか。僕は彼女の本当の姿を知る事なく失ってしまった。彼女を焼いても骨すら残らず灰が空を舞った。僕は娘を幸せにすると決心した。


 妻が亡くなってから5年が経った。僕は玲奈を1人で育てた。会社が終わってから保育園へ迎えに行き、毎日抱きしめた。「パパ、おうち帰ろー。」こんな無邪気な笑顔に毎日が癒され、そして何よりも娘の成長を実感できる事が僕の唯一の幸せだ。 だが、保育園へ登校させた時に周りの子供達は泣いているのに玲奈は泣かなかった。強い子供になろうとしてるのか、ただ強がっているのか。でも、母親のことをずっと考えていると思う。僕は何度か再婚の話やお見合いの話をいただいたが娘が幼い事を理由に断ってきた。


 ある日、保育園で流しそうめんの催し物があった。玲奈は友達と竹を並べてそうめんとプチトマトを大量に流していた。

 すると友達の男の子が「僕、プチトマト嫌いだから玲奈ちゃん。これ流さないで。」

 玲奈は「うん。いいよ」そのプチトマトの入ったザルを地面に置き先生の所へ駆け寄った。

「先生、袋ちょーだい」 どうするんだろう。僕は微笑ましいような光景を眺めていた。

 玲奈はプチトマトを袋に入れをゴミ箱に入れた。案の定、先生が駆け付けて「みんなのプチトマトもあるのよ。玲奈ちゃんと藤森くんは嫌いでもプチトマト、好きな友達もいるかもしれないよ」

 先生は優しく注意してくれていた。

「うん。今度から玲奈と藤森くんのプチトマトだけ捨てるね」

 先生は苦笑いしながらも「だめだよ。好き嫌いせずに食べてあげないとプチトマトさん、かわいそうだよね」 玲奈は無邪気に笑いながら「うん。頑張って食べる」


 僕はそうだよなぁ。父親として働いて飯は食わせているけど母親にしか教われないことあるよなぁと思った。母親から教わる事を玲奈はこの短い時間、保育園で先生から少ししか教われない。再婚、本気で考えようかな。そう考えながら娘の流すそうめんを食べた。美味しかった。


 僕は婚活をするためパソコンで調べてサイトに登録した。男 10000円の入会金は絶対詐欺だろと思いつつ同僚の話を信じて登録する事にした。このサイトは金はかかるが、サクラはいないし僕のような子持ちで妻を亡くした訳ありの男でもなんとかなるのではと淡い期待を込めた。

 3日後にある飲み会に参加する事にして参加登録を行い、玲奈をお友人に預ける事にした。飲み会当日、思ってたより人数が多くて、そのくせ司会が一人当たり5分程度の面談を流れ作業のように人を変えて行ってくださいと進行した。

 ああ、こっちは10000円も払っているのに、これ詐欺だろうと半ば諦めて酒を飲む事に集中しようと思っていたところ玲奈の通う保育園の先生を見かけた。お世話になってるしと軽く声をかけてみた。

 「先生、どうもです。市本玲奈の父の章人と申します。」と軽く会釈をした。やっぱりここで声をかけるのはおかしかったと思いつつ反応を伺った。

 「あ、ああ。玲奈ちゃんのお父さんですね。偶然ですねぇ。なぜここに?」 絵に描いたように驚いた顔をしていた。

 「いやあ、私も色々ありまして再婚をね。すこし考えてまして」ボソボソと照れくさそうに呟いた。 「いい人と出会えるといいですね」先生は笑顔で言った。

 「あ、はぁ」 僕はぶっきらぼうに返した。先生はそう言って立ち去っていった。

  まあ、先生とはないなぁとさすがに。歳は30前半。顔は可もなく不可もなく。先生も出会うの大変なんだろうなぁ。


 そう考えていると妻の顔が頭をよぎった。妻との思い出を思い出しながら酒を飲んでいると先生がやってきた。「 どうです?いい人見つかりました?」 僕は苦笑いしながら「いやあ、僕は1人でいいかなあなんて思えてきました。」

 すると先生は「へぇ。まあでも一応なんで、ラインの連絡先を交換しましょ。玲奈ちゃんになんかあったら連絡しますよ」と仰った。

 僕は苦笑いしながらもラインの連絡先を交換した。

 「先生、先生はいい人と巡り合ってくださいね。できるだけ永く一緒に居られる人と、、」

 咄嗟に僕は訳のわからない事を口走っていた。先生はポカンとしながらも、しばらくして

 「もちろん。そのつもりです。」と呟いた。 


 僕はしばらく酒を飲んで徒歩で友人宅まで向かい玲奈をおんぶして自宅へ戻った。

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radiation 子宮臨界物語 緑茶文豪 @ryokutyabungoou

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