寿司団長殺し

ロッキン神経痛

顕れるマグロ

 巨大生簀いけすにふんどし姿で飛び込んだ俺は、寿司団長を殺した大マグロと対峙していた。


 体長10m。大きな魚眼がこちらを睨みつけている。あの鋭い歯が団長をかみ砕いたんだろうか。


 ――寿司団は、ネオ東京の地下にある廻転寿司屋だ。ネオヤクザが経営しており、食欲と好奇心の両方を満たせる店として、裏社会の重鎮達の間で密かに人気を集めている。


 人気の秘密は、板前が生簀でバケモンと戦うデスマッチにある。借金持ちの訳あり達が、マグロ包丁片手に巨大魚に立ち向かうのだ。


 昨日、板前の身分でありながら寿司団長とまで言われていたシゲさんが死んだ。生簀が真っ赤に染まり、彼の死に賭けた観客は狂喜乱舞していた。でも俺は、シゲさんの敗因を知っていた。包丁が、黒服に取り替えられていたのだ。


「サブ、俺は次の死合で勝てばシャバに出られるんだ。」


 あの笑顔を思い出す度胸が痛くなる。店は、最初から俺たちを逃がすつもりはないらしかった。


「来いやぁ!」


 水中。呼吸マスク越しに威嚇する。奴は真っ直ぐに鋭い歯を剥き出しにして襲いかかってくる。それを寸出で避けた。


 大マグロを倒したのは、過去にシゲさんただ一人だけだ。俺の勝ちに賭けている奴は一人もいないだろう。


 だが俺は、すれ違いざま巨大な身体に一本傷が入っているのを見つけると、それを刃でなぞるように刺した。真っ赤に染まる生簀。絶命した大マグロがぷかりと浮かんだ。あの時包丁を手にしたシゲさんが、神妙な顔で残した遺言を、俺が確かに受け取った結果だった。


 ザパァ……


 生簀から這い出ると、店内はしんと静まり返っていた。


「――皆さん、ご覧下さい!新しい寿司団長の誕生です!」


 一瞬間を置いて凄まじい拍手が店中に響く。興奮の渦の中心には、俺が居た。そうか、俺たちはどこまでも見世物って訳だ。いいだろう、生簀の魚の恐ろしさを思い知らせてやる。


 俺は笑顔で観客達を見つめ、マグロ包丁をしかと握り直すと、シゲさん直伝の構えをとった。

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