小咄「寿司屋の常連」

ロリバス

本編

寿司ってのはまあ今も昔も高級品でして、金のない落語家の口にゃあ中々入らない

その時はたまたま師匠に連れて行ってもらいましてね

滅多にないご馳走だとアタシはバクバク食べて師匠はちょいと苦笑い

そんなときふと師匠が言ったんです


「ここには常連にしか出ないネタがある」ってね


それが何かって聞くと、師匠は首をふるんです


「俺もまだ食べたことがない」


師匠も常連と認められないなら、アタシらなんて夢のまた夢

と思っていたある日、店の前を通り過ぎると板さんが手招きをするんですね


「お弟子さん。寿司を食っていきませんか?」


アタシはとんでもないと断ったんですが大将は


「お代は結構です。人助けと思ってどうか」と


そこまで言われちゃ断われません

店に入ると先客が何人かおりまして、みんな大トロをニコニコと食べてるんですよ


「おや、大将。随分若い新入りだ。新しい人が来るなんて何十年ぶりだ?」

「いえいえ、今日はネタが余ってまして」


そんなこんなで、出された寿司がまた美味い


「大将。こんないいもの、タダとはいかないでしょう」


あたしがそういうと、大将は恥ずかしそうに笑うんです


「いや、ちょいと食べすぎてしまったようで。脂身が余って余って」


大将の言い方がおかしくてね。それじゃこのトロが大将の脂身みたいじゃないですか

それじゃ大将が人魚かなんかってことになる。人魚が板前ってそんな話あるもんかい


「それにしたってタダじゃ悪い。金はないが何かお礼をさせて貰わないと」


そう言うと大将ちょっとは悩んで


「じゃあ。年に一度、店で落語をやっちゃあくれませんか」と


それぐらいお安い御用と二つ返事でね。大将とはその時からの付き合いでして

ですがね……最近思うんですよ。もしかしたら、あれは本当に人魚の肉だったのかもしれないってね

何故かって?

そりゃねえ、一飯の恩でもう五百年もタダで仕事をさせられちゃ。仕掛けのひとつも疑いますよ

さてさて、それでは今年もくだらない話を一つ……

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