古豪

三回裏の攻撃は九番の雫さんが始まる。


「あれ……右打席じゃないの?」

隣に座る美智瑠さんが不思議そうに見つめる。

「そうだけど、雫さんは左の方が良さそうだったからね」

彼女の右打ちを見るとどこか窮屈そうなスイングをしていたが、試しに左にするとこれが上手い具合にハマってくれた。

「美智瑠さんはランニングが多いから見る機会が少ないんだよ」

「誰がボクにランニングをさせてるのさ」


一球目、真ん中低めのカーブ。

雫さんはこれに反応が出来ずに見逃してストライク。

(思った以上に速いです)

初めての試合の初打席、初心者の雫としては分が悪い相手だった。


二球目、アウトコース低めのストレートに振り遅れてしまう。

三球目も高めの釣り球に手を出してしまい、良いところを見せれずに三球三振となる。

「うぅ…すみません」

「まだタイミングが遅れているから次はバットを短く持って対応して行こう」

「はい!次は頑張ります」

雫さんの切り替えの良さは美点だ。


「はじめ、一巡したけど試してみる?」

キャッチャーの向井 奈緒むかい なおは、一番の小春を前にマウンド上に向かう。

「……正直に言うと四番のために取って置きたいですけど」

「三番も厄介だからね」

二人共、警戒する相手はあの四番になる。

「一回対戦しただけでまずいと思いましたね。なんでもっと強豪に行かないんですか」

二年のはじめは上級生の奈緒に夏夜に対して愚痴をこぼしていく。

「はぁ、そんなの考えても仕方ないでしょ。打者集中、新球も三番で使うからお願いだから四番で失投しないでよ」

最後にはじめを激励してマウンドから下りる。


打順は一巡して先頭の小春先輩に戻る。

(夏夜も千秋も私のために野球部が無かった四条に来てくれているんだ。姉の私が手を抜いていい試合何て一つもない!)

一、二球目と空振りをするが、ここから粘り強さを見せる。追い込まれてからバットを拳一つ分短く持つとボールに食らいついていく。


(あー、しぶとい)

はじめは、十球目を迎える前に袖で汗を拭いとる。そのときに外した帽子のツボに書かれた『全国』の二文字を見て気合を入れ直す。

(今年こそは絶対に行くんだよ)

天久女子野球部が最後に全国大会に出場したのはもう4年前の話になる。毎年全国へ手で届きそうな位置にあるが、それを成し遂げられないもどかしさが彼女たちをより全国という舞台に執着する理由でもある。


カウント2ー2で迎える十球目。

今までよりさらに手元で伸びるストレートに全く反応出来ずにインコース低めへとズバッと決まった。

(……今までよりも速いかも)

高さコースともにこれしかないと言わんばかりの投球だった。


「すでに5三振とか参ったなこりゃ」

薫が打席に向かいながら今の惨状を憂いながらもその表情は明るいものだった。

「……随分余裕があるわね」

「おっ、試合中に話しかけていいのか?」

奈緒からの思いかげない発言に一瞬目を丸くするが、すぐに元に戻る。

「須田 薫、知ってるわよ。うちに推薦が合ったのに断ったみたいね」

「やりたいことが出来たから仕方ない」

光と由香に誘われて、一緒にプレーすることを諦めていた先輩ともまた野球をやれている。そして、戸惑いながらも最善を尽くそうとする若い指導者までもいる。

(これで燃えない理由がないね)

「そう……後悔しないように努力なさい」

「言われなくてもそうさせてもらうよ」


一球目、インコースのストレートを狙い打ちした。

若干内に甘く入ったボールを上手く腰を回して引っ張り、打球はレフト前に落ちるヒットとなった。


「ふふーん」

2アウト一塁の場面でクリーンナップへと打順が回る。

はたから見たら棒立ちとも見て取れない構えが光の打撃フォームになる。

「あれだけ脱力出来てよく打てるよ」

スイングする瞬間まで脱力仕切っているから傍目では打つ気が無いように見えなくもない。

「光の打撃には期待しているけど、せっかく一塁ランナーがいるから一回ぐらい試して見ないと」

ランナーとバッターに今日ようやくサインを送る。


光への初球、一塁ランナーの薫がスタートを切る。

すぐに奈緒が二塁に送球するも間一髪のタイミングで盗塁は成功した。

(危ねーな。ノーマークじゃなかったら判定が逆でもおかしくなかった)

はじめのクイックも奈緒の送球も決して遅くはなく、僅かな隙が生んだ結果となった。

1ストライクとなるが、ランナー二塁で得点圏。


二球目は、外に外れるカーブにバットを引く。

(えげつないカーブ、外れてラッキー)


三球目、高めのストレートにバットが反応する。

打球はレフト方向に伸びていき、レフトも必死追いかけるが僅かにレフト線を切れてファール

(ふぅ、今のは焦ったわ)

あわや長打コースという当たりにはじめはホッと一息つく。

(予想以上に甘かったので反応が遅れてしまった)


(ぬるい球投げたら承知しないわよ)

(ご期待に添えて見せますよ)

はじめは渾身の一球をインコースに投じた。

(真ん中より……絶好球!!)

ボールを真芯で捉えて打球は右中間を真っ二つで二塁ランナーは生還して追加点。


「……あれ?」

のはずが、打球はセカンド正面に転がり楽々アウトで二塁残塁でこの回も無得点で終わる。

「ナイスピッチ!」

相手チームがベンチに戻るまで光は打席に佇んだままだった。


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