第10話 「あんた――――私のマネージャーになりなさいっ!」

 妹の部屋に入ったのはいつ以来だろうか。考えてみると、随分行っていないことを思い出す。

 中に入ると、ピンク一式の空間が目に入った。カーペットからベッド、それから小物まで、ピンクだらけである。勉強机はかろうじてブラウンだが、それ以外は出来るだけピンクで統一されていた。

 これはやり過ぎでしょ。ピンク症候群かよ。

 扉から右手側、そこに設置されているタンス。

 凛々花は、そのタンスから白色の座布団を取り出し、無造作に床に敷く。

 そこはピンクじゃないのかよ! ――って、いや、多分俺にピンクの物を触られたくないんだろうけどさ。何だか、はじめてコイツと以心伝心できた気がするよ。

 スーッと息を吐きながら腰を下ろす。

「あのー……大変申し訳ないのですが……別に『アイドルになった理由』とか知りたくないというかー」

「うるさい、黙れ」

 この物言い、完全に教える立場の人間ではない

 押し売りしておいて、暴言吐くとか、売る気0だろ。こんな会社あったら潰れてしまえ。

 うつむく俺を他所に、凛々花は『コレクション』とかかれた箱をどこから取り出す。

 それを中央にある、楕円形のミニテーブル上に乗せた。

 大きさは、一辺70cmぐらいだろうか。色々と入りそうである。

 上の蓋を取ると、中には物の数々で埋まっていた。よくいっぱいに出来たもんだと、感心していると、凛々花はゴソゴソ中を漁る。うちわやら、CDやら、はたまたアイドルの生写真とテーブルの上に出していく。

 ん、なんだこれ――って、チョコじゃねーか! もう腐ってそう……もったいねえよ。

 一応俺にも収集癖がある。だからこう保存しておきたい気持ちは多少分かる。

 だが、俺はCDだけだ。チョコまでいくと、賛同できかねんな。

 てか、このチョコ、どうするんだよ。後で食べるの? もしかして、ワインみたいに日が立つにつれて熟成――するわけねーだろ。

 一人でボケとツッコミをしていると、箱のなかに頭を突っ込む凛々花が声を出し、

「――これこれ! 見てみて!」

 顔一面にホコリ付けて笑顔を俺に向ける。その様子が凄くアホっぽい。

 フリフリとする凛々花の手に目をやると、写真が一枚ある。そこには 凛々花と "誰か" のツーショットが映っていた。

 さらに写真の下には『MARINA』なんて筆記体で書かれており、右上にはクマみたいなキャラクターが描かれている。

「これはね、有名アイドル『スターライン』のマリナさん! 今はもう卒業しちゃったんだけどね。3年前、横アリで行われたチェキイベント、CD100枚買って参加出来たの! あ、これこれ! これがCD100枚ね!」

 そう言ってボックスの中に再び顔を突っ込み、100枚CDを本当に取り出した。

「正直、100枚ごときじゃ、当たらないと思ったんだけどね! 私ってばその時は凄く運が良かったの! でね――」

「ちょ、ちょっと待て」

 話に拍車がかかる妹妹を両手で制する。

 意味が分からない言葉がありすぎるんだよ!

「そのー、チョキだか、ヨコハマだか知らんが」

「チェキと横アリ」

「――う、うん。まあその意味がまず分からん」

 え、嘘。この人、本当に人間? って目で俺を見ている。

「チェキってのはインスタントカメラを利用した撮影会のこと。その場で受け取れるのが売り」

「なるほど」

「んで横アリってのは横浜アリーナのこと。あんただって知ってるでしょ?」

「ああ、横浜アリーナのことか。横ヤリ的なものかと思った」

 大体、横浜アリーナなんて行かないからな。ライブハウス巡りばかりだし。

 そもそも日本では、そこまで大きな会場を抑えられるメタルバンドなんて限られてるしな。一部のメタラーにとって早々行く機会は無いと思うわ。

「勉強不足ね」

「多分一生勉強しないと思うけど」

 凛々花は、ぷくっと頬を膨らませ、怒りを表す。

「ていうか、このCDどうやって買った。軽く10万はするだろうよ」

「はぁ? そんなの、貯めたに決まってるじゃん」

「貯めるって……まさかこの時にはもうアイドルをやってたのか!?」

「んなわけないでしょ。頭の中腐ってんじゃないの?」

 兄に対してそんな事言わないで。

 俺の豆腐メンタルは、もうぐちゃぐちゃよ。

「まあ――ブログよ。ぶ・ろ・ぐ!」

「ブログ? それってパソコンやら携帯やらで打ち込む日記のことか?」

「あんた、縄文時代の人間? もー、仕方ないわね――」

 よっこらしょ、と言っては凛々花がタンスから "長方形の板" を取り出した。

 横にずれ、勉強机の中に手を伸ばす。そこから、ポケットサイズの "白い物体" も手にする。

 それらをミニテーブルに置いて、正座する。

「な――――何でパソコンなんて高価なものを持ってるんだっ!?」

 その長方形の板は、紛れも無いノートパソコン。シルバーピンクカラーで、可愛くデコレーションされている。

 最先端を行く妹に、俺は目を見張った。

「だからあんたいつの時代の人間よ。今時パソコン持ってない学生なんていないから」

 いや、いるじゃん。お前の目の前に。

 そう言うと、話が脱線しそうだったので、喉元で堪えた。

 凛々花は、なれた手つきでパソコンを起動しブラウザを開いてはどこかのサイトに接続する。 出てきたのは『アイドルの事情』と呼ばれる、全体的にピンクピンクしいサイトだった。

「なんだこれ」

「私が作ったサイト」

 俺の妹ってば、スーパーハッカー様だったのかっ!?

 口をぽかんと開く俺を、凛々花は冷たいは眼差しで見つめる。

「色々なアイドルのライブ情報とか、掲示板を設けて情報共有とか出来るサイトよ」

「よく分かんないけど、お前凄いな」

「何かよく分かんないけど、凄く腹立つわね」

 お兄ちゃんの驚き方がそんなに嫌いかね。

「このサイトの収益が、大体月5万円ぐらいね」

「え、何でこれが月5万もくれるの。はあ?」

「ググレカス」

「ん、今なんて」

「お兄ちゃんは神様ですって言った」

 絶対違う。こいつのすかした表情で、なんとなしに「カス野郎」って言われた気がする。

「ちなみに、インターネットは、このワイファイで繋げてるわ」

「聞いたことあるぞ。マックとかで接続できる無線だろ」

「そう――ていうか、あんたと話していると同じ人間だと思えないんだけど。無知は罪って言葉知ってるの?」

「まあそうなんだけどさ。この家にいたら無知になるだろ?」

「それは甘えね。お小遣いの範囲で自分なりの稼ぎは生み出せるわよ」

 なんか、この妹、凄く大人なんですけど。お兄ちゃんの面目丸つぶれなんですけど。

 たかが2000円のチケットでごたごた言っていた自分が恥ずかしくなる。

 はあ、と凛々花が溜息をついて一段落。パソコンをシャットダウンし、閉じた。

「――で、話を戻しましょう」

「ん、ああ。そうだった。お前が何でアイドルになったか、って話か」

 知らない言葉が多すぎるもんだから、すっかり脳内は新語で埋め尽くされていた。

 俺は頭を振って頭のなかをリセットする。

 凛々花は、再度、ボックスの中に視線を落とした。そしてすぐさま一冊の本を取り出す。

 ホコリを被った、暗赤色の本。

「私の卒業アルバム」

 大きな足音を鳴らすよう、テーブルの上にドサッと置く。

 数ページペラペラっとめくっては、不敵な笑みを浮かべる妹。

 表情も、さきほどとは打って分かって暗い部分が浮かび上がる。

「これが、アイドルになりたい理由?」

「……ええ」

 俺の言葉に耳を向けながら、捲る手を止めない。

 そして、パタリと止まったと思ったら、そのページを俺に見せてきた。

「これ私。どう?」

 指差す一枚の写真。仏頂面で右下を見つめる少女。下には『堀内凛々花』と書かれている。

 人前でこんな嫌そうな顔、するんだな。

 いつも営業スマイルで暮らしている妹だったので、この写真は目新しい。

「何ていうか、お前らしくないっていうか……」

「でしょ? って、あんたに言われると腹たつけど、まあその言葉は間違ってないわね」

 凛々花はまたページを捲り、再度俺に見せる。

「コイツ見て」

 そこには満面の笑みを撒き散らす少女が。

 『千凪遙(せんなぎ はるか)』――何処かで見たことのある名前である。

「今のお前っぽいわ。誰にも愛想よくする態度が」

 凛々花は無言で俺のスネにグーパンチを食らわす。悶絶死しそうなほど痛い。

「コイツは今大人気の『永遠の中学生アイドル・千凪ハルカ』よ」

 ああ、それだ! モヤモヤとする気分が晴れる。

「俺でも知ってるあの大人気ソロアイドルか。どのテレビにも出てるもんな」

「そう。しかも、最近ではドームツアーで全国を駆け巡ってる。本当に羨ましい限り」

 アルバムを持つ、凛々花の手は怒りから震えていた。

「実はね、コイツ、小学生の頃私のことをイジメて来たのよ! 酷くない?」

「イジメ!? お前イジメられてたのか?」

 そんな話聞いたこと無いぞ。

「イジメって言うよりも、ハブられたって言ったほうがいいわね。コイツがクラスのリーダーみたいな感じだったから、男子からチヤホヤされていた私を女子の輪からハブらせたの! あー、思い出すだけでもイライラするっ!」

 スムーズな流れで俺のスネにストレート。

「んっ! つ、つまり千凪ハルカを見返したかったからアイドルになったってことか?」

 凛々花はコクリと頷いた。

「そう! それから私の大好きなアイドルになって欲しくないの!」

「なるほどな。でも見返す方法なら他にもあると思うが」

「ダメ。アイドル好きとして、アイドルの舞台としてあいつを見返したい」

 イラツいていた顔から一転、キリッとした表情で目を合わせる。

 性格悪い妹だが、こういったところは正直好きではある。俺にはない部分でもあるから、羨ましがってるのかもしれないが。

「で、どうすんだよ。終わったじゃんか、お前のアイドル生命」

 俺が爆弾を投下すると、それを思い切りラケットで打ち返してきやがった。

「あんたがなんとかしなさいよっ!」

「……は?」

 この文脈、国語2の俺には解読出来ないのですが。つまり妹は何て言いたかったの?

 眉間にしわを寄せると、妹が豆鉄砲で打たれた鳩のように目を丸くする。

「――そっか。そうだよね」

 何だそっか、何だそっか。と一人で解釈しているが、俺は置いてけぼりだった。

 愚問かと思いつつも、俺は質問する。

「何がそうなんだ?」

 謎のスネ殴り。それから立ち上がって俺を見下ろす。

 凛々花は仁王立ちし、腰に手を添え、胸を思い切り張った。パジャマにプリントされているカエルさんが、嫌なほど強調される。そして、ニヤリと笑っては、とんでもないことを口にした。

「あんた――――私のマネージャーになりなさいっ!」

「……はぁ?」

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妹がアイドルだった俺はマネージャをやらされた 心はいつでも小学生 @hajimanu

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