ハヤニエの森

暗い道

 人を避けて歩くと、どうしても路地などの暗い道に入ってしまう。街灯の光も届かないような、暗い道に。特に今日のような雨の日は、月の僅かな光さえも無くなってしまう。

 普段なら明るい道へ引き返す暗い道を、わたしは慎重に、けれど急いで進んでいく。このままでは約束の時間に間に合わない。あの人を待たせるわけには、いかない。

 高い木々に覆われ辺りにはゴミが散乱する、綺麗とは言い難い道をわたしは進む。この道に、というよりもこの道がある森に、良い思い出はない。

 空き缶やペットボトル、お菓子のゴミや雑誌、家電製品や玩具。

 様々なモノが捨ててある。中には車や人形、などのーーー。

 足を止める。止めてしまう。

 視線は自然と、人形へと吸い寄せられていく。

 虚ろな、生気のない瞳。陶器のような白い肌。手足は千切れて付近には見当たらず、傷口からは黒く変色した血が流れ落ちていた。そして何よりも目を引く、胸に開いた穴から飛び出る枝。


「ひっ……あ、ぅーーー」


 これは、人形などではない。

「色」の抜け落ちた、死んだ人間だ。

 嫌な記憶を呼び起こしてしまい、呼吸困難に陥りる。為す術なく倒れこんだわたしを嘲笑うように風が吹き、視界は暗転する。

 悲痛な叫び声が、わたしの脳内で子守唄のように響いた。


 ※※※


「自己紹介ね!おれは夏川!立花さんとクラスメイトで、空の親友!ずうっとこの街で暮らしてるよ!」


 元気うるさい声が前方から響く。

 話すだけでダメージを負うような元気うるさい声で話す馬鹿クラスメイト、夏川との直接の接触は極力避けていた。

 学校に通いだした一ヶ月は無事に過ごせたけれど、そもそもクラスメイトなのでいくらでも接触の機会はあった。今まで無事に過ごせていた方が奇跡なのだろう。

 昨夜、たしかに秋山くんが「夏川が部活について話があるらしい」と言っていた気がする。秋山くんだけが話すと思っていたので、完全に油断していた。その直後に獲物を見つけて殺したので、今の今まで忘れていたということもある。

 首の皮と肉を切り裂くナイフの感触と、吹き出した鮮血の美しさを思い出して、思わず笑う。


「秋山くんから聞いたわ。(自称)親友ゆうじんのあなたが、部活のことで話しがあるようだと。でも、それなら部長である秋山くんに話すだけで良いんじゃないの?」

「いやいやぁ。これは立花さんにも関係してるからさ!ぜひ聞いて欲しいんだよね!」

「じゃあ秋山くんが戻ってきてからにしましょう」

「うん、そうだね!じゃあそれまで雑談しようよ!おれ、立花さんとまだ話したことないしさ!」


 避けてきたのだから、当然だろう。

 ツケが回ってきたということだろうか。


「相馬先輩達にどうやって知り合ったのか、知りたいんだ!おれ、あの2人と遠い親戚なんだよ!まぁ、この学校に入ってから知ったんだけどさ!」

「へぇ……。じゃあ、あなたも古い家柄、とかなの?」


 俄然、興味が出てきた。

 相馬武人と神崎創。

 あの2人の間で起きた、自己の交換は他者の干渉で起きたものだ。その人間は、今もこの街のどこかで殺人鬼を作り出しているのかもしれない。

 その人間は、神崎よりも家柄が古く、格が高い家の者だ。秋山くんに調べてもらっているけれど、いまだに手がかりはない。

 別に、見つけだして殺したいわけではない。

 ただ、聞いてみたいことがあるだけだ。


「いやいや、おれの家は普通だよ!ただの一般家庭!先輩達みたいに良い家には住んでないよ!」

「そう」


 手がかりはあっさり途絶えた。会話も途絶えた。

 と、私は思ったが、会話は続いた。


「そうだ!空とは家が隣同士なんだよね!幼馴染とかなの?」

「違うわ。高校に入る時に引っ越して来たのよ。父の転勤先も近かったから、丁度良かったの」

「そうなんだ!おれにはさ、小学校からの幼馴染がいるんだけど、家は近くないんだ!あ、お菓子食べる?」

「いらない」

「そっか!おれ、幼馴染と一緒にいたかったからこの学校に入ったんだけど!立花さんはどうしてここを選んだの?」

「先生に勧められたから」

「そうなんだ!おれ、入学は絶望的って言われたんだけど奇跡的に合格したんだよ!すごいよね!」

「……そうね」


 疲れて適当に返事をする私にも、容赦なく言葉の弾丸が降り注ぐ。大きく喋る必要はどこにあるのだろうか。

 いままで私の周りにいなかった、寄せ付けなかったタイプだった。頭痛がする。殺してしまいたいぐらいに鬱陶しい。

 でも夏川には殺人衝動が湧かない。

 今日は雨も降っていない。憂鬱だ。秋山くんが帰ってきたら切り刻もうか。それぐらいだったら許されるはず。


「立花さん、お待たせ……。夏川、なんでいるの?」

「ひどいなぁ!昨日言っただろ!?部活のことで話があるんだよ!だから、立花さんと空を待ってたんだよ!」

「ふぅん、そっか。じゃあ立花さん、帰ろうか」


 にっこりと微笑んで夏川をスルーした秋山くんは、そのまま机に置いてあったカバンを手に取り帰ろうとした。私も同じく立ち上がり、秋山くんに続く。直後2人のカバンは夏川に掴まれた。


「待って待って!おれの扱いひどい!クラスメイトじゃん!親友じゃん!」

「「知らない」」

「ひどいよ!?」


 夕日も出ていない放課後の教室に、元気うるさい声が響いた。

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殺人少女と食人少年 永崎カナエ @snow-0

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