第3話 醜女 穣姫

 虎御前の姉である穣姫は虎御前とは対照的に相貌悪く、頗る醜女だった。夫となった為景も廊下で穣姫とすれ違うだけで、露骨に顔を歪めた。 側室の一人になったとはいえ、為景が穣姫に夜伽を務めさせることは一度も無かった。穣姫はもてあました時間は全て酒を飲んで過ごしていた。次女の者を足蹴にし、罵詈雑言を浴びせ、家臣たちの噂や陰口を好む。心身ともに醜悪な女だった。お気に入りの若い家臣達を部屋に呼び寄せた。 不文律として、家臣たちも穣御前の誘いに応じる他なかった。穣姫は若い家臣に無理やり己が身を抱かせ、夜な夜な淫靡な行為に耽った。何から何まで相違した姉妹だったが二人は不思議と仲が良かった。穣姫の目に余る所業に為景は苦言を呈するが虎御前の手前、無下に扱う訳にもいかず、手を焼いていた。

 為景は虎千代に対して家臣たちが眉を顰めるほどに、つらく当たった。それでも、虎御前の情愛深く、すくすくと真っ直ぐに育っていった。

 虎千代が七歳の誕生日を迎えて間もなく、春日山城内で奇怪なこと件が多発した。虎千代の父為景の側室たちが次々と変死していったのだ。あるものは頭部を割られた姿で発見され、あるものは両乳房が内部から破裂したような形で発見された。城内の噂では正妻である虎御前の差し金ではないかと噂が飛び交った。噂話をしていた為景の側近たちも相次いで死んでいった。何かの祟りではないかと為景は祈祷師を呼んで城内でお祓いの義を執り行わせた。しかし、祈祷の甲斐なく、腹に穴が開くもの、四肢が飛び散り死ぬ者が絶えなかった。

 虎御前は夜遅くだというのに眠れずにいた。日ごとに起きる家臣たちの死が自分に関係しているのではないかと、心病まない日が無い。中庭に出て縁側に座った。朧月が春の風を運んでいる。月から庭池に目を落とすと、半月が映しだされていた。月明かりに黒く浮かんだ人影が虎御前の目に入った。危うく声を上げそうになったが、寸前で声を殺した。影は幼く大人のものではなかった。風が止み木々の吐息が止まる。風もないのに幼い影の長い髪が生き物のように蠢きながら逆立つ。目を凝らすと小さな影は池に入っていった。虎御前は、息を呑んで影を目で追った。月が雲に隠れ漆黒の闇が辺りを包む。次に月が顔を出した時には影はすっかり姿を消していた。虎御前は安堵の息を漏らすと共に、胸の奥で言い知れぬ靄(もや)が広がった。

 為景は変死こと件の黒幕が虎御前ではないかと言う噂に悩まされていた。黒い噂が絶えない、穣御前と共謀して、側室たちを次々と変死させているのではないか、と言うものだった。死体はこぞって、脳漿や臓腑が破裂し人の形骸を残さない無残なものだった。新種の毒かとも推測された。さもなければ、物の怪の仕業としか思えない死にようだった。為景は悩んだ挙句、虎御前と穣御前を山深い庵に幽閉した。

 穣御前の荒れようたるや、常軌を逸していた。不本意な処遇に最後まで抵抗し、末には城を出そうとした家臣に対して、懐刀を抜いたほどだった。

 

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