思いの外、異世界

さいとうさ

零日目 吸い込まれて

 秋の空は高い。

 空気が乾いていて、空は雲一つない青空であり、透き通るようである。

 陽気な、いつもと変わらぬ一日の朝、俺は道を歩いていた。

 ふだんと変わらぬ、ただの通学路。

 田舎の山の方であるため、車通りの少ない橋を歩いている。

 この橋は山の向かい合う二つの斜面を結び、滝のように流れる川を跨いで架かっていた。

 たまに通るトラックが、アスファルトの人工地面を微振動させる。

 斜面を撫で下りるように吹く心地よい風に導かれ、視線を渓谷の先に送ると、二つの岸壁と白い水しぶき、迫り出すような広葉樹が、一つの絵画のような光景を作り出していた。

 思わずほっと息をつく。

 何千回と見慣れた光景であるはずのそれが、どうも新鮮で、勿体ないもののように思える。

 暫く立ち止まって川が流れるのを見ていたが、通学中であることを思い出し、再び前を向いて歩き出す。


 俺を揺るがしたのは、そんな時であった。


 バキバキと響く嫌な音とともに、俺の足下にある巨大な橋にひびが刻まれていく。

 ひびは別れ、出会いを繰り返し、橋を細切れの瓦礫に変えていく。

 崩れる──

 只本能的な叫びが、俺の脳内に木霊した。

 耐久性が足りていなかったのか、爆発でもあったのか、橋脚が壊れたのか──

 理屈は錯誤し低迷する。

 だが危機感と逃走本能だけはくっきりと。

 本能と衝動に身を任せ、俺は足を動かしてその場から逃げようとする。

 だが崩れたアスファルトに足を取られ、思うように走れない。


 そして橋が浮き上がった。


 思考が停止する。

 崩れ落ちるならまだしも、浮き上がる?

 状況を理解できず、本能も理性も活動をストップした。

 その間にも瓦礫は浮き上がり、橋は曲がりながらせり上がる。

 山に刺さった橋が引き抜かれるように、上空に吸い込まれていく。

 俺は立つことも出来ず、姿勢制御を手放し空中を回転した。

 どうやら俺も、上空に吸い込まれていたようだ。

 回転する視界の中、周りの山の斜面が、森が、地面が、地球から剥がされて浮き上がる。

 俺が次に見たのは、ブラックホールのように、全てを吸い込もうとする穴で──

 俺の体も吸い込まれ、俺は意識を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

思いの外、異世界 さいとうさ @saitousa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ