第三章 「ユキノシズク」

(1)

 放課後を迎えた私は、待ち合わせの駅前に向かった。

 あれから、志帆は目を合わせてくれなかった。

 無理もないと思う。あんなことを言ってしまったのだから。

 きっと、私は志帆に嫌われてしまっただろう。そう考えると、胸が痛かった。締め付けられるように痛くて、苦しかった。

 空っぽな気持ちを引きずりながら、志帆といつも一緒に歩いた帰り道を一人で歩いた。

 空は曇っていて、今にも雨が降り出しそうだ。

 今日、私は初めて会う、祐二君という男の人とデートをする。

 もう、全てがどうでもよくなった。

 

 駅前に着くと、祐二君らしき人物はおらず、忙しなく歩く学生や会社員の人たちを眺めていた。

 どうして、こうなってしまったのだろう。今すぐに家に帰りたかった。

 約束の十七時になっても祐二君は来なかった。もう帰ってしまおう、そう思った矢先に。

「えーと、くるみちゃん?」

「あ、はい……そうです」

「ごめんね、お待たせ。俺、刑部祐二。よろしくね」

「天野くるみです……よろしくお願いします」

 ワックスで整えた茶髪の髪に、着崩した制服のブレザー。サイドの髪からさりげなく覗くリングのピアスに、思わず目を奪われた。

 確かに、加奈と理穂の言う通り、祐二君はかっこよかった。

 そっと前髪を掴むと祐二君は、掴んだ髪を伸ばしながら笑顔で言った。

「立ち話もあれだし、カフェにでも行こっか」


 駅前にある、若い子達に人気のあるチェーン店のカフェは、大勢の学生やカップルで賑わっていた。

 祐二君と一緒に新作のドリンクを注文して、空いてる席を見つけて座った。

「プリクラで見るより、全然可愛いね」

 席に着くなり、祐二君は急にそんなことを言いだした。

「そんなことないです……」

 可愛いって言われて、思わず顔が熱くなる自分が嫌だ。

「身長いくつ?」

「142センチです」

「わー低いね。それだけ低いと、色々と不便で大変そうだね」

「そうですね……、お買い物に行ったりすると、棚の商品に手が届かなかったり……」

「わざわざ店員さん呼ぶのも申し訳ないし、大変だね」

「はい……可愛いと思った服もサイズがなかったり」

「服とか選ぶのも大変なんだね……」

 祐二君が、ドリンクに口を付けた。

「ピアス、いくつ開いてるんですか?」

「んー、軟骨に一個と、耳たぶに三個、右の耳たぶに一個。全部で五つ開いてるよ」

「痛くないんですか?」

「安定するまでは痛かったけど、ある程度安定したら痛くないよ。でも軟骨は、ホールが安定するまで寝返りを打てないくらい痛かったけどね。くるみちゃんも開けてみる?」

「いえ、痛そうですし……」

「そっか。そうだ、くるみちゃんカラオケはよく行く?」

「はい、歌うのは好きなので……」

「じゃあ、カラオケに行こう。久しぶりに歌いたかったんだ」

 大勢の人で賑わう有楽街を通り、カラオケ屋さんに向かった。

 店内の受付で手続きを済ませて、室内へ入った。

 真っ暗な部屋に、小さく灯る照明。男女で二人きりの室内の、その雰囲気には、なんだか抵抗があって、

「電気、つけてもいいですか?」

「明るいと恥ずかしいんだよねー。暗いのだめ?」

「いえ……そういうわけじゃ」

「じゃあ、このままにしよう」

 そう言うと、祐二君は私の隣に座ってきた。

 近い。離れようかと思ったけれど、不快に思われたらどうしようと不安で、離れられなかった

「くるみちゃん、これ歌える?」

「はい、なんとか」

「じゃあ、これ歌おうか」

 祐二君が入れたのは、最近話題のドラマの主題歌。

 男女のデュエットで、すれ違う男女の恋を描いた歌だ。

 モニターの歌詞の字幕に合わせて、祐二君が歌い始めた。

 声量があって、音程も取れていて上手だ。

 女性パートがやってきた。字幕に合わせて歌う。

 緊張して上手く声が出ない。それでも、なんとか最後まで歌い切った。

 歌い終えると祐二君は、

「くるみちゃん上手だね。次、好きなの入れなよ。ちょっとトイレ」

 そう言って、個室を後にした。

 私はカラオケに行くと毎回のように歌う、大好きな女性アーティストの曲を入れた。

 息を吸い、歌詞の字幕に会わせて、歌った。

 決して届くことは無い、恋の歌。

 ふと、志帆の家で、この歌を歌った時の事を思い出した。

 思わず涙が零れそうになった。

 志帆に謝らなくちゃいけない、と。歌を歌い終える頃には、そんな気持ちでいっぱいになっていた。

 許して貰えないかもしれない。でも、このままなんて嫌だ。

 しっかりと志帆に謝って、そして、加奈と理穂に言いなりになってしまう、こんな自分を変えよう。

 そう考えたら、空っぽの心を満たすように、元気が漲ってきた。


 それから、一時間くらいが経った。

 祐二君とデュエットで歌ったり、お互いに好きな曲を歌ったり、久しぶりのカラオケは楽しくて、隣にいるのが志帆だったらな、なんて思った。

 時刻は、午後八時。

 志帆に謝るのなら今日しかないと思った。

「あの、そろそろ帰りませんか? この後、ちょっと予定があって」

 勇気を出して、祐二君に言った。

 私の言葉に、驚いた表情をすると祐二君は、

「予定があるって誰と?」

「……友達です」

 なんとか返答すると、突然、祐二君が私を抱き寄せた。

「い、嫌です……離してください……」

「ねえ、くるみちゃん」

 祐二君の雰囲気が変わった。私の頭を優しく撫でながら、祐二君は――、

「琴美、知ってるよね?」

「……え……」

 突然、その名を口にした。

 あの日のことが、頭の中に流れ込んできた。

 その名前を、忘れるはずがなかった。

 それは、親友だったあの子の、私をいじめたあの子の名前だった。

「俺、琴美と同じ学校なんだけどさ、琴美から色々聞いたんだよね。くるみちゃんのこと」

 恐怖に支配されて、身体が思う通りに動かない。

 祐二君が、制服の上から私の胸を触り始めた。

「男に色目を使うのが得意なんでしょ」

「違う……私そんなのしたことない……」

 無理やり押し倒されて、ソファーに仰向けになった。

「これから援交でもしにいくの?」

 祐二君の顔が近づいてきて――、

「ん……やだ……」

「舌出して」

「や……ん……」

 初めてのキスだった。

 気持ち悪かった。変な感触が唇に這い寄ってくるような、そんな感覚だけが残った。

 長いキスを終えると、制服を脱がされて、シャツのボタンを外された。

 強引に下着を捲ると、祐二君はそこに顔を近づけた。

「嫌だ……やめて」

 必死にその行為を止めようと、両手で抵抗したものの、男の人に力で敵うはずがなかった。

 モニターから流れる、新曲の宣伝をしているアーティストの声を蚊帳の外に、胸を舐める恥ずかしい音だけが室内に響き渡る。

 祐二君が私の下半身に手を伸ばす。

 強引にスカートを捲りあげると、下着越しに私の下を擦り始めた。

「や……お願いやめて」

「ってもう濡れてんじゃん」

「いや!」

 必死に祐二君の身体を押しのけた。

 驚いたような表情で、祐二君が私を見た。

 大きなため息をつくと祐二君は、

「くるみちゃんって、嫌われるのが怖いでしょ」

「…………」

「加奈ちゃんと理穂ちゃんだっけ? あの二人に嫌われたくないよね」

「なんで……」

 祐二君が私の手を、下半身に運んだ。私の手を動かして、祐二君は自分のそこを擦る。

 その行為を続けると、そこにある硬くて大きいものが、更に大きくなっていった。

 祐二君の息が荒くなってきた。震える私の手を祐二君はひたすら上下に動かした。

 行為を止めて、制服のズボンから自分のそれを取り出すと、祐二君は私に向けて言った。

「男好きなのばらされたくなかったら、舐めてよ」

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