悪意の抗弁

机上ソラ

第1話 ビッチの卒業式

 私の育てているアガベが小窓に薄い赤緑の手を伸ばしていることに気づいた。この部屋に閉じ込められるのが嫌なのね。でも、君は太陽じゃなくて光を求めているんだよ。

 私の呪いはあの人の側にいたいと思ってることだとある時気づいた。これ以上自分を貶めたくない。でも、一つ気づいてるでしょ。私はあの人じゃなくてもいい。でも、その代用品とはずっといたくない。いつか私の腰についているそれを、この小さなハサミで切り落とす。私は、養分だけもらって生きている。

 それでいいって、いえない。私はそういう自分がコンプレッスクでたまらない。だから尚更。

 これってユトリだから。もう統計学も比較もしたくない。だから、私は。でも、これでいいって、私にいいって。いってよ。



 なんでも経験者から教えてもらう、というのが私のスタイルであった。それゆえ、私は当然のごとくファミレスに先輩を呼び出し、就活の情報を提供されつつご飯をおごってもらうというお嬢様を堪能していた。

「あんたがよく受かったよね。あの銀行。めちゃくちゃきもい。」

こいつはなんともいうことができない表情をあの印象的な眉毛で構成していた。シバ、あだ名はその眉毛ゆえだ。

「お前、感情の表現きもいしかないの。」

「でも、お前みたいに男って感じの顔と体型のやつ好きだよ。」

「小学生に戻って逆説の使い方を先生に教われ。」なんていいつつ、こいつ目、そらしてる。本当、きも。

 こいつは明日、福島にいってしまう。いつ東京に帰ってくるかわからない。いつも自分の思うように物事すすめて、人に冷たい対応するかと思えば会うとすごく優しい。日本人に見られない顔の濃さと体格の自分を本当に嫌がっている。こんなに格好いいのに。でも、そんな自分を受け入れられる裏打ちされた彼自身の能力が色んな人を、その誠実な人柄でより、魅了する。私のわがままをこなして、友達とも遊びながら、確実に結果を残していく。こいつの1日、何時間よ。

 

 ファミレスから駅までの暗い道。何度も音もなくカツンと手の甲が当たる。指が当たる。爪の腹が指の関節をこする。爪にもしっかり血が通っていて、アタタカイ。その度、こいつと手を重ねて大きさ比べをしたことを思い出す。その時、拇指球から冷たい指の末端にかけて広がる温度が手首の大静脈から、腕を伝わって脳に届いて指令をだす。エマージェンシー。ヒョウジョウキンヲカタメロ。

 マーチンにヨウジの黒いスラックス。ノーブランドの白ワイシャツ、それに深緑色のコート。下から舐めるようなカメラワーク。コートと地面のブロックが同化して、カメレオンみたいだなって思うと笑っちゃう。こいつと手の大きさ比べした時、私に吸盤押しつけてたんだって思うと、もっと面白い。

 ふと、やつは立ち止まってこっちに顔を向ける。顔の割に小さく真っ赤な唇から音が漏れる。「就活頑張れよ。お前は猫かぶるのだけはうまい。就活で一番必要なのはそういう能力だ。お前向いてるかもよ。」皮肉に満ちた賛辞でも、顔を見てられなくなる。「きいてんのか、葉。よーよー。」ほんとにギャグセンだけはない。しかも自分もヨウのくせに、バカなんじゃないの。「肩ぶつけてくんな。ほんとしね。」また、眉間にしわ寄せてる。それ、将来シワ残っちゃうよ。絶対あとで後悔するんだから。「しにてーよ。これからどうせ地獄いきだし。とにかく、頑張れよ。じゃーな。」

 あいつが車両の光に溶けてくのを見た瞬間、地面に崩れた。すごい濡れてる。顔もあそこも。緑のコート、私も着てくればよかったな。みんな私を避けながら駅へと歩いてく。でも、私は食虫植物。虫が一匹飛んできた。顔は霞んでよく見えなくて、大きな手だけが私の顔の前にくる。すごくかっこいい手だな。指がすらっとのびてて、傷ひとつない。陽くん。犯してよ。


 私は割と綺麗好きな方で、部屋も整理されてる。今、その証拠にこの人は私のよく手入れされた脇を美味しそうに舐めている。久々の性癖異常なやつで、幽体離脱みたいにもう一人の自分が私たちのプレイを俯瞰している想像ができる位に落ち着いていた。話は戻り、私の部屋は駅から20分ほど離れているので、近くのホテルで妥協した。そしてこのホテル、私の部屋より綺麗なのではないだろうか。意外と、普通のビジホとか温泉宿よりこういうラブホテルの方が豪華で、綺麗に清掃されてたりする。角にはほこりひとつなく、布団のカバーはとてもいい匂いがした。風呂も大きくジェットラグが付いている。ゴムは最近話題の0.01ミリ。

「君さ、全然楽しんでないよね。」楽しいわけないじゃん。こんなナンパ野郎とのセックス。しかも脇好きとか面白すぎる。「全然濡れてないし。俺も萎えてきちゃったわ。」でも、私は他人に堂々とイケンできるほど賢くも、勇気もない。「そんなこと、」「いっちゃうよ、先輩に。」


 え。


「先輩?」

「うん。陽さん。君、陽さんこと好きでしょ。」こいつ、結構今時風の顔でかっこいいな。ちょっと痩せすぎな気もするけど。「あいつの後輩なの?」「そうだよ。同じサークル。僕、君と同じ授業とってるんだけど、見たことない?社会学のやつ。」そう言えば、こんなやついた気がしないでもない。「確かにいたかも。」「でしょ。ずっと君のこと見てた。すげーかわいいから。」

私のことずっと見張ってチャンス伺ってたのか。「それで、隙ついて私をナンパしたんだ。しかもなんで私があいつ、」「違うよ、たまたま。それにヤろうとか思ってなかったし。」眉毛はよく整えられてる。カラコンしてるくらいに黒目の比率が大きい。二重だけど目尻が少したれててトロンとしてる。唇はすごく薄いのに、柔らかかった。髪は黒、耳にかかるくらいの長さ。輪郭は骨格がわかるくらいシュッとしてる。「それに、葉ちゃんが先輩のこと好きなのは、すぐわかったよ。あんなところに遭遇すれば、そりゃね。」目が横長に広がって、まつげが私と同じくらい長いのがわかる。口が線に結ばれる。「先輩が電車のった途端、泣き出すんだもん。」ニコっていう音が聞こえるくらいの笑顔。


 ねぇ


「ん?」


 乳首かんで


「その前に話しよ。」


 うん


「もし、葉ちゃんが俺と付き合ってくれたら、陽さんとの関係取り持ってあげるよ。だから、俺と付き合ってよ。」


 永遠と見つからない地球の行き止まりを探す様なその発言を彼は取り消さなかった。そして、私は彼と最後の不当なセックスをして、ビッチを終わらせた。宙まで続く螺旋階段の途中で、私はそれが星や惑星ではなく天井であることを知った。いつかは何事も終わりは訪れるのだ。



-ビッチの卒業式 完-

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