おまけ

【後書き】

 読んでくださりありがとうございました!!


 白黒つけない結末になってしまいすみません。

 この3人が好き過ぎて、終わらせるのがもったいなくなってしまったのでした。

 もう少し、このアンバランスな3人(プラス1人)を楽しませてください。


 さて、このページは、ある方の暗いお話をおまけとして用意したものです。

 自身の別作で暗躍している、ある人物との関係性を書いているんですが…

 興味のある方は覗いてみてください。


 「2月14日」はこれにて完結です。

 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。



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「さわるな!…汚らわしい…」


 冷たい床に立ち尽くしたまま、伸ばした手が、爪の先からかじかみ、凍り付いていく。

 その感覚が、どうしても忘れられない。


「兄さんは誰も守ることなんかできない。今までがそうだったように。」


 別れ際に弟に言われたその言葉は、独りよがりの私の世界を揺るがすのに充分だった――


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 私は汚れていて醜い。

 親の行方が知れず、疎まれながら育つうちに、自然とそのことを理解した。


 そのころの世界には色が無かった。

 絶えず過ぎていく白んだ毎日。

…意味の無い、自分の存在意義のあまりに薄い、遠い世界。


 私には弟が1人いた。

 今思えば、果たして本当の兄弟だったのかどうか。

 だが、どこの施設に連れて行かれるにも一緒だったので、どこかにそういう関係性はあったのだろう。


 体が小さく気の弱かった弟は、施設でよくいじめられ、泣かされていた。

 私は、いつの日からか、自分の存在意義とは唯一、この小さな弟を守ることにあるのではないかと考えるようになった。


 彼が泣かされるたび、傷つけられるたびに、彼に危害を加えたそれらと闘った。たとえそれが複数でも、「頭」さえつぶせば「手先」もつぶれることはわかっていたので、私は恐れなかった。

 もとから、自分の身などどうでもよかったのだ。


 「頭」を狙ってむやみに殴ったり近くにある適当なもので叩いたり刺したりしていると、彼らはすぐに怯んで許しを請う。


 やがてはそれが快感になった。


 相手が怖がるほど、嫌がるほど、私の存在がその記憶に刻みつけられる。

 そのことは、私の存在価値を上げることに等しいのだ。と、いつしか私は、そんな誤った考えを持つようになっていた。


 暴力に屈する弟を暴力で守ることで、自分には付加価値が与えられる。

 そのころの私は、そう信じて疑わなかった。


 そのうち弟に手を出す者はいなくなり、私に逆らうものもいなくなった。

 私は世界に認められた存在になった。そう思えて、誇らしかった。


 ある日、私と弟には別々の里親がついた。


 別れの朝、凍てついた部屋の中で受けた、弟からの告白。


―― 兄さんに見せてあげようと思って。昨日は僕、がんばったんだ。


 弟はボタンを外して肌を見せた。

 そこには、生々しい陵辱の痕が残っていた。


 そのときに、初めて知った。

 弟が、標的にされ続けていた事実を。


 私の知らないところで弟はいじめられ続けていた。上級生や、大人たちに。

 私にわからないように、彼らは陰険で執拗に弟を苦しめ続けていたのだ。


 気の弱かった弟は私に何も言えないまま(おそらく私が原因で引き起こされる暴力の連鎖を恐れていたのだ。)、やがて感情を殺してしまった。


 弟がいつも微笑んで過ごしていたのを、私は、彼がしあわせなのだと勘違いをし、彼の不幸を見過ごし続けていた。


 弟は続けた。


―― 勘違いしないでね。僕は、兄さんに犯され続けていたんだ。僕は、みんなの、兄さんへの不満を、全部押し付けられてただけなんだ。あんたが生んだ暴力の罰は、みんな僕が受けてあげた。それなのに、あんたは僕を守れている気でいたんだ。


 震えながら笑う弟を、どうしていいかわからないまま抱きしめようとして、その手をはらわれた。


―― さわるな!…汚らわしい…


―― 兄さんは誰も守ることなんかできない。今までがそうだったように。



 私は弟を救えなかった。


 私の価値も虚構のものだった。


 生きる意味がますますわからなくなり、世界はさらに遠のいた。


 弟と別れる最後のとき、彼が私に投げつけたその言葉は、ことあるごとに私を戒め、弾劾した。


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 里親の名前は冷水ひみずという姓だった。

 私はそのことに運命すらを感じたものだ。


 「ヒミズ」とはモグラの一種。

 暗い地面の下を這い回り、光を恐れて黙して暮らす。

 私にはふさわしい名前だ。そう思った。


 冷水氏は咲伯さいき家に仕える執事だった。


 私に与えられた役目は、咲伯の遊び相手になること。


 すでに私にとって世界は意味をなさなかったが、咲伯は私をその世界のなかに容赦なく引きずり込んだ。

 軽やかに笑い、楽しそうに跳ねながら。

 そして、原色や、灰色や、ときには黒一色の世界を私に見せつけた。


 今、退化したはずの私の目に、世界の色がまぶしく映るのは、咲伯がいつも世界の前方に立ってくれていて、私にほどよい影を作ってくれているからだ。


 咲伯がいるから、進む先が見える。

 咲伯は私に、私が存在する意味を与えてくれる。


 私は咲伯に、守られている。


 こんなふうに私も、弟を守ることができていたら――


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 1月24日。


 その日の朝、気がつくと、春川が開店前の事務所に不安げにして立っているのがカメラに映しだされていた。


 そこへ咲伯が現れると、彼は安堵して、カメラの向こうで一度、無防備にほほ笑んだ。


 その笑顔を見た瞬間、私のなかの何かが激しく揺さぶられた。


 咲伯と同じ、激しい色の世界にいるくせに、その笑顔には屈託がない。

 彼の目には、すべてが輝いて見えているとでもいうのか。

 そう思わずにはいられないような、私の、灰色の世界とは違うところにある、ひだまりの中のしずくのような笑顔だった。


 だがすぐにそうではないことがわかった。

 彼の上には、辛く重苦しい現実があったのだ。


 なのになぜ、彼はあんなふうに笑えるのか。

 もろく、たやすく傷ついてしまうくせに、真正面から世界と向き合っている。

 その目に映る世界は、彼にとって、それだけの価値があるものなのか。


 彼は、私とは違う…。

 そこに存在するだけで、まわりを、私を癒やす何かがある。


…彼こそ、この世界に生きる価値のある人間だ。


 彼を、守りたい。


 弟のように壊してしまわないように、今度こそは、守り抜きたい。


 今の私なら、傷つけずに守れるのだということを、証明したい。


 しばらくは咲伯にコントロールしてもらう必要があるだろうが、きっと、今の私になら、出来る。



 たからこれは、…この感情は、私の存在意義の拡張の問題であって、…決して、咲伯の言う、「一目惚れ」などという、陳腐なものでは、ないのだ。


…ぜったい。




*** 「2月14日」 おまけ おわり ***

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2月14日 うめとよ @umetoyo

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