はるかわくんの やみ -6-

 くちびるが触れるほど春川が近い。

 黒目は動揺して、うろうろとぼくの目を探した。


(相手は、母親の弟の、「佐東さとう」。)


 興信所が提出してきた調査書の顔写真を思い出してみる。

 春川にはあまり似ていないが、整った顔立ちをした、細おもての男。

 眼鏡の奥の、鋭い目つきが印象的だった。39才。会社名は忘れたが、IT関連の会社の代表取締役。

 春川は、12才のときに両親を交通事故で亡くしてから高校卒業まで、その男のところに身を寄せていた。


「だから、そんなに怯えるんだろ?本当は相手が誰であろうと、体に触れられることすら、いやなんだ。きみは。」

 春川から顔を離し、体を起こして春川を見下ろす。

 春川は、呼吸が少し荒いまま呆然としていた。春川の言葉を待った。



「…店長なら、

大丈夫だと、思ったんです。」


 やがて春川はつぶやいた。

「どうして?」

「…俺が好きなひとだから」

「でも、だめだったじゃない。」

 ぼくの言い方にむっとしたのか、春川は半身を起こしてかわいい口を尖らせた。

「急に来られたら誰だって…」

 だが、春川はそこまで言って黙った。

 それから、「すみません」と小さく詫びて、ベッドのうえにまた力なく倒れた。


 純粋で素直な春川が、また自分の殻の中へと戻っていく。

 その「闇」は、そんなに強く抑えこむ必要があるのか?


「克服したいんです…あのひとを」


 春川はつぶやき、胸のボタンに手をかけはじめた。

 確認しながらはずしていく。


「ハル?」

「俺から、します。」


 春川は体を起こした。

 濡れたまつげがすぐそばにあり、その下でだんだんとあらわになるきれいな白い胸。

 寝間着に着替えさせるときも思ったが、やはりまっすぐで、きれいな体をしている。


(いけない。)


 少し動揺して、春川の手を制した。「だめだよ、もういいから。」

(きみの「闇」は、わかったから。)


「いえ、俺のために、少し我慢してもらえますか」


 ぼくの手をほどいて、春川はシャツを完全に脱ぎ去った。

 そして体をずらし、手探りでぼくのベルトを見つけて外し始める。

「俺が、動きますから」

 硬い表情のまま、春川は体をずらし、かがみ込んでチャックを開け、慣れた手つきでなかのものを探りあてる。


「…どうしてそこまで?」

「試したいんです。店長に、俺は救われるのか。」


 だから、そんなのぼくで試すべきじゃないって。きみにふさわしいのは。

「冷水じゃ駄目なのか。」

 春川は一瞬固まった。


「…店長、冷水さんのことは忘れて、今は、俺だけを見てもらえませんか…。」

「……。」


 つらそうな春川の声に、とうとう抵抗できなくなった。あきらめて、このまま少し春川の様子をうかがうことにする。

「ぼくから触らないほうがいいんだね?」

 春川はもう答えず、おもむろにぼくのそれを口に含んだ。


(昨日は春川をレイプして、今日はその春川から逆レイプされるのか。)

 そう思うとおかしくなり、少し笑う。

「…くすぐったいですか?」

「いや、ごめん。」


 春川は自分の「技術」にぼくが満足できていないと思ったのか、舌とくちびるをさらに強く絡ませてきて、左手でぼくの反応をうながしはじめた。

 わざと音を立てながら、貪るように唇と手とで扱いている。

 ぼくの性器を咥えこみ、まだ潤ってもいないそこを啜り上げるようにし、「必死に」、吐息を絡めてくる。

 ぴちゃぴちゃと器用に蠢く春川の舌。春川の舌は滑らかで、吸い付くようにしてぼくの性器に粘りつく。


「…ん…ぁ、む…んっ……」


…「技術」は悪くない。

 だが、佐東の「しつけ」だろうか。春川にはまったく似合っていない。


 春川は先端を舌先で擦って、指先で裏筋を巧みに押し上げながらぼくの先走りを求めている…かのように、見せている。


「ん…」


 ぼくがつい薄く呻き声を漏らすと、春川は、反応しはじめたそこからようやく舌を離し、うつむいたままぼくの体に沿って伸び上がってきて、右手でぼくの胸を軽く押した。

 ぼくが体を後ろに倒すと、春川はぼくの上にまたがり、ゆったりとした下の寝間着を少し下げ、位置を整え始めた。


 頭をもたげたまま右手を宙に漂わせ、「持っていてください。」 と言う。


 左手で春川の右手に触ると、そこに細い指を絡ませてきて、少しずつ体重をかけ始めた。

 支えてろ、ということか。

 震えているのは、力んでいるからなのか。それとも、やはり怯えているせいなのか。


 春川は自分の左手の人差指と中指を口に入れて、ぼくに見えるように、かき回すような仕草でゆっくりと舐めた。

 それらを抜き出すと、うつむいて、背中を丸め、肩をすぼませて体に沿わせながらゆっくりと指を自分の下腹部へ運んでいく。


 官能的な仕草だが、顔をそむけて体を丸めたことで自分の存在を小さくしているようでもあり、ぼくの目には、醜態をさらけ出すことを恐れているようにしか見えない。


 春川はさらに下へと手を伸ばしていき、


「…ッ…ク……、…は…ン」


 自分の後孔へ指を挿入したようだ。


「……ン…ぁ……んん」


 ぼくの手を握る右手に力が込められていく。


「は、あッ」


 春川は顔を上げた。

 口から涎を這わせたまま、眉間に皺をよせ、瞼はきつく閉じている。

 腰を蠢かせ、太腿をひくひくと煽動的に震わせて、淫らで情欲的な声を漏らす。


「……ああ…」


 春川は指を引き抜くと、荒く息を「するふりをしながら」徐々に腰を下ろし、その指で今度はぼくの性器を掴まえて、そこを支えるよう立ち上げたまま、静かに腰を下ろし始めた。


 それは事務的な確認作業のようで、ただ黙々と行為をこなそうとする春川は、生気のないただの人形のようだ。

 これではまるで、佐東にやらされていたことを、ぼくに対して、ただなぞっているだけだ。


…やっぱり、


(こんなことが、春川のためになるとは思えない。)




 にじり寄ってこじあけた春川の「闇」は、想像以上に黒くて重たいものだった。


 いまの春川は、春川じゃない。

 重い闇の底から、白くて軽やかな春川を、すくい上げるべきだ。



 今や春川は、ぼくの先端を無理やり自分の体に飲み込ませようと、息を震わせて、きつそうに腰を落としている。


「…ぅ…っ」


 飲み込む直前に、悲鳴のような高い声を小さく吐き出した。


 その瞬間、ぼくは怒りを覚えた。

―― 佐東に対して。


 こんなのは、無駄だ。


「ハル。それじゃ駄目だ。」

「…え…、あ!」


 右手で細い腰をつかんで浮かせ、飲み込みかけていたぼくのものを吐き出させて、同時に春川の右手を乱暴に引くと、バランスを失った春川が途端に倒れ込んでくる。


「は」


 小さく声をあげた春川の、妙な緊張が解けるかわりに、驚き焦るさまが顔を見なくてもわかった。


 胸に崩れ落ちてきた春川の右手を握ったまま、体を横に倒す。

 春川を組み敷くように、そのまま体を春川のうえにのせる。春川の顔は完全に「怯え」に支配されている。


 鎖骨を右手指の裏側で撫でてから、そのまま首を抱えるようにして後ろにまわし、親指であごを押して首筋を伸ばす。春川はいちいち緊張して息を止める。


 顔を近づけて首筋を舐めると、春川は体全体を硬くした。


「触られるのはいやなんだろ?それなら抵抗してみなよ。」

「…や」

 春川はなにか言おうとしたが、舌を押し込んでそれを止める。


 春川の濡れた目は大きく見開かれ、まるで恐怖に怯える子どものそれだ。

 助けを求めてゆらゆら震えている。


 絡みつく指も震えたままで、ぼくの指をふりほどこうとはしない。

その手を、シーツのうえに弧を描くようにして、春川の頭の上までゆるやかに滑らせて腕を伸ばすと、指は簡単にはずれた。


 少しは抵抗できるかと思ったが、春川はその手を裏返すとシーツをきつく握ってしまった。

 利き手の左手も、先ほどから気配すらない。

 「動かせない」んだとわかる。

(なるほど。)

 「しつけ」が行き届いているというわけだ。


 右手の平で首筋から胸をわざと撫で回すように触ったあと、さらにその手を下へと下ろす。


「っ…!」


 再び下腹部のそれに触ると、やっと春川の左手が動いて腕を掴んできた。

 頭のうえにあった右手も震えながら肩を掴んでくる。

 でも、この程度の力では。


 春川から離れて軽く体を起こし、それぞれの腕を両手で掴んで、また春川の頭のうえまで伸ばすと、腕は、されるがままにまたやすやすと伸びてしまった。

 手を離しても、「バンザイ」をしたまま固まっている。


「…なにが、駄目なんですか…。…言ってくれれば俺…、何でも、しますからっ……」


 春川は涙声で見当違いなことを言った。

 これはきみの「技術」の問題じゃない。


「じゃあ、ヒントをあげるよ。」


 抱えるようにして春川のズボンと下着を一気にはがし取ると、昨日冷水にもてあそばれた下腹部があらわになる。

 目の見えない春川は、それでも見られているのがわかるのか、いやがって体を横に倒そうとした。

 かまわず引き戻して、足を広げるようにその間に割り込む。

 再び右手で彼の芯に触れると、春川はまた体を震わせた。やはり萎縮している。

 陰茎を掴んで握るとそれだけで春川はびくんと震えてのけぞった。

 無意識か、計算か。 


「くっ…」


 力を入れて握り、まだ乾いた皮膚の上を上下に乱暴に擦る。


「ひう…!」


 手を動かしながら春川を見ると、顔を限界まで横に倒し、頭のうえのシーツを握りしめて震えていた。

 いまだに「耐えて」いるのだ。

 春川がこらえきれずに体をねじるたびに、腹部の筋肉が引き締まって、とてもきれいだった。


やめて欲しいならもっとちゃんと抵抗しなよ。」

「…店、長…うああぁ!…ッ…!…」


 左手を潜り込ませ、その奥に指を突き入れる。

 春川は声を一度荒げ、あわてて歯をくいしばった。


 昨日冷水が塗り込んだローションがまだ残っているのか、春川の体はぼくの指を簡単に受け入れた。

 正面へ向き直り、のけぞってうめいているが、怒って向かってくる様子はない。

 右手で春川への「苛め」を再開する。


「は、あ…く!」

「続けていいの?気持ち良さそうだもんね。」

 今度は春川の「本体」をいじめる。


 春川は小さく息をしながら、泣くようなか細い声で、

「…やめて…ください…!…」

と言った。


「なんて?聞こえないよ、ハル。」


 挿入していた指を引き抜き、一気に3本に増やす。春川は悲鳴をあげた。

 少し挿入したところで、また右手を動かす。


「…ひ…ぁ」


 露わになった鈴口が、ぼくの動きに呼応し、震えながら先走りを滴らせ始めた。

「ほら。気持ちいいんだろ。」

 わざと逆なでするような言い方で、助けを求めようとする春川の精神の衝動を煽り立て、突き放す。


 湿りを帯びてきた春川自身を手のひらに馴染ませて、勢いを増して擦り上げる。

 春川がつらそうな反応を見せる部分を執拗に刺激する。


「はっ…はっ…やっ、ぁ…ぁああん!」


 春川はいっそう淫らに声を上げた。


 と、自分でその声を自覚して嫌悪したのか、春川はきつく閉じていた目をはっと見開き、いきなり腕を腰の辺りまで振り下ろしてシーツをつかむと、つっぱねて、さらに足でシーツを蹴って、せりあがった。

 春川の体から指が引き抜かれる。

 瞬間、少し息を吐いたがすぐに起き上がり、同時に左手で、またつかまえようとするぼくの右手をさぐりながら制した。


「 いやです! 」


 ほら。ようやく自分の「意思」が出た。

 春川は体を起こして、見えていない目でまたこちらを睨んだ。


「…やめてください。」


 体中を震わせている。今度は恐怖からではなく、怒りによるものだろう。


「触られるのは、いやなんです!」


 うん、いい目だ。

 で、佐東ならどうする?

 これくらいじゃ許さないだろう。



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