がんばれ!はるかわくん! -4-

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 春 川


《 DATE 2月10日 午後7時28分》


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 19時を過ぎて店にロールカーテンを下ろしたりレジを締めたりしていると、たいがいヒミズさんがどこからともなく「まかない」を運んできてくれる。

 これがとにかくやたらとおいしい。サンドイッチだったり、ハンバーガーだったり。


 ヒミズさんの手作りっぽいのだが、どこで作っているのか、作ってきたのを持ってきてレンジでチンしてくれているのか、謎。(聞ける雰囲気でもない。)

 店長と俺の分を置くと、自分はさっさと作業に戻る。


 引越し作業はそれを食べ終わってから始まって、21時くらいで終わるので、時間的には少ないと思う。

 それでも、3週間前に始めた作業にもようやく終わりが見えてきた。


 そうしてこの「修理屋」がいったん閉店すると、俺のバイト契約も終わり。

 やっと店に慣れてきたころなうえ、…店長とも別れるのかと思うと。

 たった3週間の付き合いなのに、他のバイトと違って名残惜しさが…、というか、寂しさがつのる。


 でも仕事は仕事だ。

 引越し作業に俺はいつもはりきる。

 最近よく眠れないから、体を動かせば夢も見ないくらいぐっすり眠れるんじゃないかと思うからだ。

 ここが終わって、3月になったら、本格的に引越しのアルバイトを始めてみようかとまで考えている。


 ヒミズさんは別注の仕事の仕上げ作業にかかりきりらしいから、店長と2人だけの作業となる。

 店長と俺は黙々と荷造りをこなす。

 すでにヒミズさんが整理してくれている書類を、確認しながらファイリングし直したりするところから、それらをダンボールに詰めたり、中身を打ち出した紙を表面に貼り付けるところまで、店長は、必要以外のことは話さない。 

 でも、沈黙はぜんぜん苦にならなかった。

 店長は、二つのことが一度に出来ないタイプのひとだとわかっているからだ。


 店に来る客と話すときに手もとがおろそかになるのと同じで、作業に集中し始めると途端に寡黙になるのだ。

 それを知っているから、こちらから気を使って雑談を持ちかけたりする必要もなく、また、そのことは逆に口下手な俺を安心させる。 

 それどころか、そういう、店長のどこか不器用な人間臭さが、俺のどこかを癒やしている気さえする。

…何より、真剣な顔の店長も、また、「いい」のだ。


 店長は機械にも弱い。

 機械といっても、コンピュータ系ではない。


 例えば、ダンボールをしばるのに使う白くて頑丈なビニールテープを止めるためのステープラみたいな機械と格闘して、なぜかいつも留め具をバラかす。 

 さっきまで真剣だった店長が「あぁ~れ~?」と間抜けな声でボヤくと、たいていヒミズさんがやって来て、散らばった留め具を拾ってステープラに装填し直し、何も言わずにダンボール向かって、店長にお手本を示すみたいに一度留め具を使って見せてから、返す。「早いよヒミズ…」と言われれば、もう一度、ゆっくりお手本を見せてあげることもする。


 こういってはなんだが、店長よりヒミズさんのほうが全てにおいて有能に見えて仕方ない。

 まぁ、外見が「完璧」なぶん、店長のそのギャップが、俺はまた気に入っている。 

 店長は「完璧」な「天然」であったりもするのだ。



「…さて。ちょっといつもより遅くなったね。家まで送ろうか?」


 頭に巻いていたタオルをほどきながら店長が言う。 家、あそこらへんだよね。 店長は俺の家の近くの市民センターの名前を言ってみせた。


「いえまだバスも電車もあるので。」

 店長も疲れているのに申し訳ない。

「たまにはいいだろ、ね、いいよねヒミズ。」 「すいません今手が離せないので。」

 スタッフルームからヒミズさんの冷たい声がする。


「ヒミズも一緒に行くー?」

「今手が離せません。」

 ちょっと苛立っている。怖。もういいじゃないすか店長。

「じゃあ、あの、やっぱり駅までお願いします。」



 店長の車は中古っぽい、やたらとでかいジープ。燃費悪そう。


「スマホ、使ってみた?」

「いえ、まだ。」


 バイトを始めて2,3日して、俺が電話も携帯を持ってないと知った店長が、スマホを1台貸してくれたのだ。「だって連絡がとれないと不便でしょう。」 基本料金は店持ちで、使い放題プランだからいくら使ってもいいと言われた。期間限定で貸してくれるからか、有料アプリも取り放題で使っていい、とまで。

 しかしそこまで言われるとさすがに後ろめたくて使えない。「あマジすかラッキー」などと思えるほど、俺の神経は太くない。


 連絡先には店のと、店長のとヒミズさんのしか入ってない。

 店長は、きれいにフォーマットするから友人の連絡先も登録して大丈夫だといった。

 でもどうせ一時的なものだし、今は知り合いも増やしたくない。アプリやゲームとかにも、今は興味ない…というより、怖くて使えない、と言ったほうが正しい。


 携帯電話の情報はどこかで誰かに見られてるというのを聞いたことがある。


…前に持っていた携帯は、「あのひと」に2度目に捕まりそうになったあと、それが怖くなって捨てた。

 もちろん、もし壊しでもしたら、ヒミズさんがそれこそブチギレするんじゃないか、というのもひとつの理由。


「ハルは寝坊もせずに毎日真面目に来てくれるもんねえ。今のところ連絡の必要もないんだけど、今どきっぽくないよねー。寂しくないの?携帯無しで。」

「はい。」


 昔の知り合いに連絡したいときは、パソコンのメールで十分だ。

 それより、せっかくふたりきりなんだからほかのことをいろいろ話したい。

 こないだ聞けなかった「家業」のこととか、そうだ、マイちゃんのアプリのこととか。


 車内には、よく知らないけど何となくノリがいい洋楽が流れている。ギターの音がシブい。

「これ誰の曲ですか。」

 …また間違えた。家業の話とかをしたいんだった。どうも俺は緊張しているらしい。


「えーと、確かこれはThe black keys。」


 発音良すぎ。一瞬ブラック・アイド・ピースと聞こえて、それならなんとなく聞いたことがあるような気がしたので、へえ、とか言ってしまった。

「ヒミズはね、こういう系聴かない。」

 そうすか。


「ハルさあ、」

「はい。」

「ヒミズのことどう思う?」

 どうって。

「仕事出来るひとだと思います。」

「じゃなくて。ひととして。内面。」

 ひととして?

「暗いひとだな、と。」


 店長はウケた。

 いかん。生意気を言ったかもしれない。


「もう少し、笑ってみたりとかしたら、いいんじゃないか、とか。」


 あわててフォローを入れたつもりが、さらに生意気なことを言ってしまった。


「あいつ笑わないもんなーめったに。」 そーね、笑顔ね。

 店長は気にするふうじゃなく笑いながら言ったので、少し安心する。ところが、

「今度ヒミズに言っとくね、もっと笑うようにって。」 などと言われたので、

「い、いやいやいや!いいですいいです!」 めちゃくちゃあせった。


 店長はそれもおかしかったらしく、ますます愉快そうに笑った。

 あわてながらも、その横顔に見とれてしまう、俺。


「でもさあ、」

「は、はい。」

「あいつはいい人間だから、そこだけは覚えといてね。」


 別に悪いひととは思ってないです、と言おうとして、

「ヒーターが暖まる前に着いちゃった。寒くてごめんね。」 タイミングを失った。…まあいいや。


「バスを待ってるより良かったです。ありがとうございました。」


 マフラーを顔半分まですっぽり巻いて、ニット帽をかぶる。

 なんだか今日は、内容はともかくたくさん話せたし、店長もたくさん笑っていたので、良かったと思った。

 早く駅に入りなよ、と言われるが、ロータリーを出て行くまで店長の車を見送った。


 今日は2つ先の駅のそばにあるネカフェに泊まる予定だ。

 うちの駅までの沿線上にはネカフェが充実していて助かる。


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