がんばれ!はるかわくん! -3-

「ここね、今度改装するから、13日から来月の中旬くらいまで、開かない。」


 店長が女の子たちに説明し始めた。

「えー初耳!」

「つぶれるんじゃなくて!?」

 きんきんした声が事務所に響いて、少しうるさい。


「来月、また店を開けたらぜひ来てね。びっくりするよ。」


 この店はカフェに改装される。

 俺にはすでに面接のときに伝えられていた。


 スマホの修理屋から、なぜカフェ?と思ったが、バイト初日、実際の店の雰囲気を見てわかった。

 たしかに受付にくるのは、スマホの修理を依頼するひとより、圧倒的にお茶だけしにきたという客のほうが多いのだ。

 とくに若い女子。


 スマホの修理のために初めてうちに来るときは半泣きでこわごわだが、店長のとっつきやすい人柄や、なにしろ外見にほだされるや、修理が終わる1時間後には「またお茶だけ飲みに来てもいいですか」 と言い出す。

 女子は2,3人で行動するから、次に来るときは人数が増えている。


 店長の評判は口コミで広がっているらしく、「そっち系」の客は増える一方で、「本来」の客のほうが、狭い事務所に入りきれずソファに座れない事態になることもしばしば。

 だから、思い切って、スマホ修理のほうを「副業」にするのだという。

 俺は、その準備のための19時からの「引越し要員」として雇われたのだ、もともとは。


 店長の携帯電話が鳴る。

「おろっ」

 着信相手が意外だったのか、店長は小さくつぶやいて、女の子たちに軽くわびて席を立って外に出た。誰からだろう。


「バイトくん見て。このアプリかわいーの。」


 店長が消えたので、さっきの「マイちゃん」がまたカウンター席に移動してきて俺に話しかけてきた。

 見せられた画面に自分が映っていてドキッとする。

 ボーっと店長がいる方を見ている。


(いつの間に撮ったんだよ…)


 写真を撮るときに音が出ないようにするアプリもある。

 なんでも盗撮し放題だ。


「この画面の好きなとこをこう、なぞるとね、ほら」

 画面に置かれた指先から、ぽつぽつと花が咲いていく。


「すごくない?下の写真の色とおんなじ色の花がどんどん咲くの。」

 へえ。


 写真のなかの、自分のまわりがどんどん花だらけになっていく。


 白っぽい壁は満開の桜の花。

 光が強く当たる部分には真っ白な洋風の、たぶんバラの花だろうか。

 影などの暗い色彩にはパンジーとか、枯れた何かの花のあとも使われていた。

 確かにすごいかも。花の画像も本物のようにきれいだ。


 でも自分の顔はあまり好きじゃないから、画面はあまり長く見たくない。

 店長でやればいいのに。電話中だけど。


 マイちゃんは俺の反応を気にもかけず、ちょっと鼻にかかる声で、早口にどんどんしゃべる。


「…最終的に画面が花で埋め尽くされるの。映ってる景色やひとで、花はいろいろに変化するから、この花畑と同じ花畑には、二度とあえないんだよ…」 それでねぇ。


 画面を操作しながら口を動かす彼女は、まるで俺じゃなくてスマホの画面に向かって話してるみたい。


「バイトくーん、コーヒーおかわりー」

 ソファ席の別の女の子ヒナさんに声を掛けられる。


 丁寧にコーヒーをいれていると、俺の前でいまだ画面にかじりついているマイちゃんが「あれぇ?」 と顔をしかめた。

「バイトくんの顔がうまく変換できない。」

 出来上がったコーヒーをカップに注ぎ込んで、ヒナさんに持って行く。ヒナさんは砂糖を入れないかわりにミルク多め。


「センキュッソー」

「ねえヒナさんへんー。見て、なにこれ?」


 ヒナさんに話しかけるマイちゃんは、なぜかカウンターに戻ろうとする俺の袖も引っ張った。

「見てこれ、ヒナさんだよ。昨日撮ったやつ。」

 無理やり画面を見せてくる。


 見ると、花が咲き誇る画面の中央あたりに、小さな黄色い花が集中的に配置されていた。


「ひとが映った写真を送ると、そのひとが、花に変換されて返ってくるの。ヒナさんは小さいひまわり。マイは、たしか、マリーゴールドみたいなやつ。でもバイトくんは…」

 マイちゃんはまずヒナさんに見せる。「あーほんとだ、バグじゃね?」


「真っ暗。ほら。」


 画面には先ほどマイちゃんが作った花畑。

 でも中央の、俺の顔のあたりは、空洞みたいになぜか黒く塗りつぶされている。


「ブレてたのかも。もう一枚!今度は笑顔で!」


 マイちゃんはまた携帯を構えた。慌てて手で遮る。

「バグが出るようなアプリ、早く消したほうがいいよ。」


 マイちゃんはあきらめてくれたみたいで、手を下ろした。

「えー。まだ落としたばっかだもん。それにねえ、このアプリ使えるんだよ。」

 マイちゃんはニッと笑った。


「お気に入りのコとかにね、“このアプリすごいよ”っつって、すぐ写メ撮らせてもらえちゃうの。…今みたいに、ね?」「ふうん。」


「ふうん、って!」

 マイちゃんはなぜかふくれた。

「ごめん、俺いまスマホあまり使ってないから、あんまり興味が…」

 ヒナさんが口を挟む。

「マイはお気に入りって言ったんだよ、バイトくんのこと。」 「ヒナさんっ!」


 …はあ?写メを撮ってとお願いした覚えはない。

「…ダメだこりゃ。」

 なぜか2人とも黙ってしまった。

…なんだか空気が、また重い。(何か怒らせるようなこと、しただろうか。)


 それにしても、さっきの妙な画像。


 満開に咲く花のなかに、一カ所だけ、ぱっくりと黒い穴が広がっていた。

 まるでそこだけ、深い闇に沈んだような。

 そこにあるはずの、自分の顔。


 気分が悪い。

 何かを暗喩しているみたいだ。

 俺は少し頭を振った。


「…帰ろっと。」


 マイちゃんが言うので、「待って」 ヒナさんも他の子も急いでカップの中を空けた。


 ドアの向こうで店長にひらひらと手を振って、みんな帰って行った。

 店長は電話口でにこやかに話しながら手を振り返していた。




「あーさぶい。」


 ちょっとしてから店長は戻ってきた。


「電話だれからですか?」

「親父だよ。こんなとこでプラプラしてないで、早く家業を継ぎなさいって。」 プラプラしてないよねえ、ぼく。…そうですね。


 へえ。

 店長の実家の「家業」ってなんだろう。

 店長と二人きりになったので、聞いてみようか…。


 でもなぜか、二人きりになると俺はいつもどぎまぎしてしまい、うまく話ができない。

 今なら店長と会話が出来る!…そう思うから、頭が勝手に身構えて、すごく緊張してしまうのだ。


 夕闇に視線を流して、店長は冷めてしまったコーヒーを一口飲んだ。


 横向きの店長の喉ぼとけが上下する。

 アゴのラインも、このひとのは本当にきれいだ。


「にぎやか、ですよね、女の子は」


 家業のことを聞きたいのに俺はもう「出だし」を間違えた。

「ん?そうだねー。でも可愛いよね。」


 次の会話が思いつかず、黙っていたら店長から口を開いた。


「子どもの頃、子どもの友だちがいなかったから、うらやましいんだ。ああいう、キラキラっとした雰囲気。」


 うん、と自分で言ったことにうなずいて、店長はまたコーヒーをごくんと飲んだ。

 俺は、店長の唇ばかりぼうっと見ていたことに気づいて、慌てて視線をそらす。


「オッサンくさい?」

 店長がくるっと俺を見るので、またドキドキする。


 目を合わさないまま「…オッサン、くさいかもですね。さっきのは。」 と心にそぐわない言葉を出す。


 店長は「ふははっ」 と笑った。

 一瞬だけ、さっと見てうつむく。


 顔がくしゃんとして、すごくかわいい。

 店長の笑顔には、「邪気」が「無い」。

 そう。いつも無邪気で、ひとを、…俺を、癒してくれる。


 店長の言葉や仕草には、俺にはない大人の余裕や品のよさがいつも垣間見えて、不器用な俺とはかけはなれた抱擁感がある。

 しかも笑顔は「超一流」。

 そのくせ天然な一面もあり、ヒミズさんと違って冷たいオーラでひとを突き放したりしない。


 いつか俺も、こういうひとになりたい。


 結局、家業のことは聞けないまま、ドアが開いて泣きそうな女の人が入ってくる。


「液晶、スグ直りますか?」「直りますよー。」


 新しい「顧客候補」、来店。



(春川 DATE 2月10日 午後7時28分 へつづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る