第2話  攻略された

 そいつらは二人組でやってきた。


 一人は、初老のおっさん。

 服装から察するに、執事とかそのたぐいの、荒事には向いてなさそうな格好だ。

 背中には、その格好に似つかわしくない大きな荷物を背負い、なんだか疲れた顔をしている。


 そしてもう一人は――美少女だった。

 年のころは十代前半だろうか。

 淡い金髪に、鼻梁の通った顔立ち。

 強い意志を宿した翡翠色の瞳。

 肌は透き通るように白くて、まるで触れたら融けてしまうんじゃないかと思えるぐらい、儚い。

 たぶん、街中で見かけたら、そのまま見とれたあげく、やっぱりそのままぼけーっとしたところにトラックが突っ込んできて異世界送りになったことだろう。

 美少女の方は、一応ダンジョン攻略に必要そうな装備を身につけていた。


 早い話、どこかの貴族とかのお嬢様と、連れの執事だ。

 二人は地図らしき紙を広げながら洞内を進んでいる。

 お嬢様が先頭に立ち、多少緊張した面持ちであるものの、たいまつを掲げながらずいずいと先へ歩いて行く。

 執事のおっさんはその後を無表情でついて行っていた。


 おおかた、どこぞの貴族のおてんばお嬢様の冒険に付き合わされているのだろう。


 地図は、おそらく以前に攻略に来た冒険者達が探索してきたときに作ったものだろう。

 そこそこ腕の立つ冒険者の中には、最深部近くまで到達した連中もいた。

 俺は洞窟に転生したが、別に内部構造そのものを変化させられるわけではない。

 洞内のホール部分を隘路にしたり、枝分かれした道の一方を壁を作って閉じたり、その程度だ。

 そのため、細かい箇所で異なることがあったとしても、大筋で正しい地図を作成することは可能だろう。


 ちなみに罠は作り出せる種類が限定されている。

 現在創出できるのは、『落とし穴』「毒虫のるつぼ』『槍衾』『毒溜り』『擬態宝箱ミミック』など。わりとオーソドックスなタイプの罠だ。

 ただし罠の設置に関しては洞内ならどこでも自由。

 たとえば槍衾を回避して飛び込んだ先が落とし穴でした、なんてコンボを仕掛けるの当然アリだ。

 この辺は、洞窟=罠職人である俺の腕の見せ所、といえる。

 ただし、俺の目的は、この洞窟に足を踏み入れたファッションリア充冒険者どもを恐怖と絶望と混沌の巷にたたき込み、人間不信に陥ったそいつらが醜い本性をさらけ出すのを鑑賞すること。


 致死性の罠はあえて設置していない。


 あまりに鬼畜仕様にして誰も攻略できないようにすれば、恐れをなした冒険者達がこなくなってしまう恐れがあるからだ。

 それに、鬼畜仕様の即死罠をものともせずに、生死をかけるレベルでダンジョン攻略に挑むような連中は頭のネジが一本どころか全部ぶっ飛んでいるやつらだらけだ。

 人間不信とか醜い本性をさらけ出すといった俺が好むシチュエーションになりにくい。


 あくまでも、ファッションリア充冒険者どものパーティー崩壊までの過程が楽しいのだ。

 我ながら趣味が悪いとは思っているが、これだけは譲れない。


 だが、今回については、それが裏目に出たようだった。

 お嬢様と執事は、多少の罠をものともせず、最深部にたどり着いてしまったのだ。


 ちなみに、最深部にはとくに何もない。

 別に頑張った冒険者にはお宝を! みたいな殊勝な心がけを、俺は持ち合わせていないし。


 おてんばお嬢様は、がらんとした最深部の様子に、あからさまにがっかりした様子を見せた。

 期待していたものは、見つからなかったようだ。残念。金目の物を自宅に放り出しておく習慣は、俺にはない。

 ちなみに執事も、だいたい同じような反応だった。


 だが、彼らは引き返さなかった。


「アリスお嬢様、本当にここで間違いないのですか?」

「ええ、ここで間違いありません。 財宝がなかったのはちょっと残念ですけれども……セバスチャン、儀式の用意を」

「かしこまりました」


 お嬢様――アリスに言われるまま、セバスチャンは背負っていた荷物の中からなにやら取り出した。

 半分くらい溶けた蝋燭、魔方陣の書かれた羊皮紙、獣の牙。それに干からびた何かの生き物の死骸。みたところ、多分ヤモリとかトカゲのたぐいだ。

 それらをじめじめとした洞窟の床に設置してゆく。

 魔方陣は六芒星だ。床に敷き、その頂点に一つずつ、蝋燭を設置。陣の中心には獣の牙とトカゲの死骸。

 ほどなくして、即席の悪魔召喚陣とも言えるものが、そこに完成した。


 ここで秘密の黒ミサでもするつもりなのだろうか。

 たしかにこんな洞窟の内部ならば人目に付かないし、悪魔召喚にうってつけかもしれない。

 だが、二人の身なりや目つき、所作からは、狂気のようなものは感じられない。

 それどころか、アリスからは育ちの良さみたいなものがにじみ出ているし、セバスチャンに至っては接客のプロ、みたいな妙なオーラまである。

 とても、そんな怪しい人物には見えなかった。


 アリスは蝋燭の火を点け終わると、懐から二つ折りの紙片を取り出した。広げた大きさは、見開きの文庫本くらいだろうか。

 紙片は、一片が破かれたようにぎざぎざになっている。もしかしたら、本の一部を破り取ったものかもしれない。

 黄ばんでいて、相当年季の入った羊皮紙だということがうかがえた。


 その紙片を片手に、もう一方の手の平を前面に突き出し、アリスはなにやら呪文を唱えだした。

 言葉はわからない。お経のような一本調子だが、もちろん日本語ではない。現地語とも違うようだ。

 どうやら、日常会話とは別の特別な言語のようだった。


 ふわり。

 ふいに、風が巻き起こった。


 蝋燭の火がぶれ、激しくゆらめく。魔方陣の書かれた羊皮紙の端がぱたぱたとはためいた。

 それと同時に、蝋燭の火が大きくなり、大量の火の粉があふれ出す。


「おお……!」


 みるみるうちに洞内が明るく照らし出される。セバスチャンが驚嘆の声をもらした。

 火の粉はどんどんと数を増し、やがて魔方陣の真ん中で渦を巻き始めた。

 渦は徐々に回転を速め、ついには小さな竜巻と化す。


「よし……!」


 呪文を唱え終えたアリスがつぶやき、続けた。


「我が主神、ベレヌスの御名において命ずる! 洞窟の主ユードラよ、今こそ姿を現したまえ!」


 魔方陣の上で渦巻く炎がひときわ大きくなる。

 その光は壁面すべてをまばゆく照らし――

 その瞬間、俺は何かにぐいと引っ張られる感覚を覚えた。


「あれ? 俺……」


 気がつくと、アリスが目の前にいた。目の前の炎の竜巻は、すでに消えうせている。

 ただ、足下を照らす蝋燭の炎が音もなく揺らめいているだけだ。

 突然の出来事に、思考が一瞬硬直する。

 洞内を上下左右、見渡す。

 急激な気温変動のせいか、結露した天井から水滴が落ちてきて、ぽたりと俺のほおに落ちた。冷たい。


 俺は、・・・洞窟の中に、・・・・・・立っていた。・・・・・・


 視線を戻す。アリスと目が合った。

 薄明かりの中、彼女の瞳に反射した蝋燭の炎がやけにまぶしく感じられる。

 アリスが俺にほほえみかける。俺も笑顔で応える。かわいい。

 淡い金髪が、淡い橙色に見える。

 かわいい。


「あ……」


 俺が口を開こうとすると――


「セバスチャン! 今です!!」

「はっ!!」


 アリスの鋭い叫び声が洞内に響く。

 ばさりと音がして、いきなり目の前が暗くなった。

 えっ。

 なにこれ。


「セバスチャン、ロープ!」

「はい、お嬢様」


 身体がぎゅっと締め付けられ、身動きがとれなくなった。

 ちょっっ……


「次! 封印の護符!」

「はい、お嬢様」


 何が起こったのか把握する前に、俺の意識は途切れた。


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