あの子どこの子

夏みかん

イタチの子

かなん、と京子は言った。


うちこんなんかなんわ、そう言ったのだ。

ここは教会の裏手、敬虔なる信者である友人に連れられ、クリスマスパーティなるものに出席した京子は、プレゼントやらを開けて見れば、なんと子犬が入っていたので、洒落も交えて関西弁でかなん、と言ったのだ。


お母さんが怒るから。

いいからいいから、守護者のご神託かもしれないよ。


そう言って敬虔なるクリスチャン、自称なその友人Rは、無責任にもそのまだ日本で見慣れない耳垂れた胴の長い子犬を、ぐりぐりした目のつぶらな子犬を京子に押し付け、これで俺も洋行が出来るよ、とアーメンと十字を切ったのだった。


京子はかなんかなんと言いながら、犬を抱いて歩いていた。

祖母に見つかったらどうしよう。従姉妹達も遊びに来るのに、こんなのがいたのじゃ赤ちゃんにも障りがある。何より母は、動物嫌いなのだ。犬は知らないが。


案の定、玄関を開けた母逸子は、まあ、という顔をして、怖い顔をして京子を睨みつけた。

小柄であることで有名な逸子が睨みあげると、167センチメートル程の身の丈の京子はただ目線を下げて頭も項垂れるばかり、どうしようもない。


すると、「あらー」と声を上げた人物がいた。

祖母の郁恵である。

郁恵はその高い身長をばたばたとさせて走り寄り、「わんちゃんやんかー!」と言って京子から奪い取った。

犬は突然頼りの綱であった京子から見知らぬ老婆へ引き離され、うぉーんと空中で悲鳴を上げた。

「これこれこれ、これこれこれ」

郁恵は犬を撫で繰り回し、犬は京子にアイコンタクトをしきりに送って涙を零している。

母逸子はその様子を見て、はーあとため息を吐き、「入んなさい」と京子をようやく家に入れてくれた。


京子に犬を渡した人物Rこそ、京子の数少ない友人であり部活仲間の加藤良助であり、彼は英語を学びたいという純粋な欲求から寺の息子であるにもかかわらずクリスチャンの洗礼を受け、次男坊であるということをちゃっかり利用して父親を言いくるめ、母親を泣かせた。

兄の宗純さんからは、「お前だけは理解が出来ない」と南無阿弥陀仏、と手を合わせられ、以降言葉を交わすことを断られた。それをけらけら笑って流している辺り、この男はどこまでも生きていくのだろう。


京子は「昨日は酷い目に遭ったわ、何あの犬、可愛いけど、なんだか胴がおかしくて、怖いわ」と言った。

これは昨今流行りのドラキュラや狼男のモノクロ映画の流行りから来る京子独特の先入観で、京子はあれはフランケンシュタインみたく、何か化学薬品でも飲んだ犬の子ではないかと疑っていたのだ。

しかしそれを聞いた加藤良助は、顔を顰めて「チッチッチ、あれはダックスフンドと言って、立派な洋犬さ。それもとびきりちびの可愛い奴を、君のために誂えたんだよ」と長い足を組んでいった。

その白いスラックスがチューリップの形をしているのをまた妙な形をしたのを履いてる、と見ながら、着物姿の京子は「あらそうなの、悪いけど、ちっとも嬉しくなかった」と言ってつんとして見せてから、或いは内心喜んでいた。


さて、家に帰って京子がしたこと。


犬を抱いて、ハイカラの下駄と着物にとっ替えて、るんるん気分で犬抱いて喫茶店に行った。

カランカランとベルを鳴らし入ると、マスターが「京子さん、それ、ダックスじゃないかい」ときゅきゅっとグラスを拭きながら聞いてきて、京子はそれはもう得意げに「あらそうなの、知らなかった。あんまり可愛いから、貰ってきちゃったの」と言ってテラス席へと犬がいるからと移動し、「ミルクを、この子に頂けないかしら」と犬を足元に侍らせて言った。

犬はまだ名前も付けられてないのに、と涙を零してきゅーんと鳴いた。


さてその夜、京子がふんふん歌いながら絵本を読んでいると、犬が膝によじ登って来た。


「おや、お帰り」


そう言って京子は犬をゲージへ戻したが、何度やっても膝に登ってくる。

その内可哀想になって、とうとう膝に抱きながら撫でていたら、犬は寝てしまった。

実に一か月ほど名前が無かった犬を、京子は初めて「頑張り屋さんの健ちゃんね」と名前を読んだ。


かくして健坊は、こうして宇都宮家の忠犬となったのである。

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