C-SIDE04「俺とミツキ」

 僕たちは、何日かキャンプ場で過ごしていた。


    **** SIDE 俺 ****


「あのさ。ちょっといいか? ……相談したいことがあるんだが」

「はい? なんですか?」


 食後の片付けをしていた彼女は、くるっと振り返って、にこっと俺に笑い返してきた。


 振り向いた勢いで、黒いさらさらロングが肩にかかっている。

 こういう外見、大好きだったはずなんだけどなー。

 手を伸ばして肩にかかった髪を払ってやって――。


 俺は、ちらっと振り向いた。


 ナナのやつは、まーた、カズキに絡みにいっている。

 だから、童貞からかうの、やめろっつーの。

 おまえな。ただでさえ、あちこち、スペックが、童貞殺しなんだからな。


 まあ、あいつらのことは放っておいて、俺は彼女――ミツキと話した。


「ここじゃ……、ちょっと話しにくいかな?」


 俺は、ちら、っと二人のほうを見た。

 二人は並んで座っている、ナナのやつが、必要以上にひっつきにいっている。

 なにやってんだ。あのバカ。


「えーと……、じゃあ、お散歩でもいきますかー?」


 ナナと違って頭の良い彼女は、俺の意図をすぐに理解してくれたようだ。


「ああ。いいなそれ」


 俺は言った。


「おい。――ナナ。ちょっと散歩してくっから」

「はーい、いってらっしゃ~い♡」

「カズキさん。ちょっとお散歩してきますねー」

「え゛っ?」


 カズキがなんでか、固まっている。

 すまん。いまは助けてやれねー。


 まー、取って食われるようなことも、ねえだろ。

 俺は軽く考えると、ミツキと一緒に夜の芝生を歩きはじめた。


    **** SIDE 僕 ****


「え゛っ?」


 テッシーとミツキちゃんが、二人で散歩に行ってしまった。

 僕は頭のなかが真っ白になってしまった。


 ナナさんは、「いってらっしゃ~い♡」と、ひらひらと手を振って見送って――。

 それから、顔を戻して、僕に言った。


「ね。テントのなか、いこっ♡」


 僕は呆然としたまま、腕を取られて、テントのなかに引っぱりこまれてしまった。


    **** SIDE 俺 ****


 俺はミツキと並んで歩いていた。

 ナナのやつは、俺と歩くとき、ちょっと斜め後ろあたりについてくるが、ミツキというこの娘は、真横に並ぶ。


 違う女の子なんだな、と実感する。


 外見でいえば、俺はこういう娘がタイプだったはずなんだがなー。

 さらさら黒髪ロングで、スレンダーで……。

 茶髪のわがままボディは、あんまタイプじゃなかったはずなんだが。


 性格でいっても、こういう娘が、どセンターだったはずなんだがなー。

 明るくて優しくて清楚な感じが。

 ビッチは守備範囲外だったはずなんだが。


 人間、わからないものだなと思う。

 外見や性格が要因じゃないんだなと思う。


「お話って、なんですかー。わたしエスパーじゃないので、言ってくれないと、わかないですよ?」

「えすぱ? ……なにそれ?」

「ああ。いえいえ。なんでもないですー。こっちのことでぇ……、えへへ。わたしむらさきちゃんにも、変な子だって、よく言われるんですよー」

「……むらさきちゃん?」


「それはそうと。悩み事の相談に、のりますよ?」

「いや……。そんな悩み事っていうほどでもないんだが」

「こういうの。男同士だし、カズキに相談しようかと思ったんだが……。ほらあいつ。あれだろ?」

「はい。あれですねー。わかりますー。わかりますー」


 ミツキは、うんうん、と、うなずいている。

 本当にわかってんのかな。俺の言わんとしたことは「童貞」ってことなんだけども。……ああいや。そこは関係ないか。恋愛経験の有無のほうだな。

 恋愛が、ほぼほぼイコールで、〝セックス〟となっているだけで――。


「はじめにぶっちゃけて聞くけど。――ミツキちゃん、処女?」

「処女ですよー」


 即答きたよ。やっぱこの子、変だよなー。

 俺は苦笑いしつつ、本題を切り出した。


「ナナのことなんだけどさ。どう思う?」

「いい人ですねー」

「でもビッチなんだわ」

「じゃあ、いいビッチさんですねー」

「まあ、そうなんだけど」


 俺は笑った。

 いいビッチか。そういう発想はなかった。


「俺たちって……、その、どう見える?」

「らぶらぶ♡ ですよー」


 やっぱそう見えるのか……。

 しかしカズキはそう見てはいなかったようだ。俺とナナのことを、単なる二人連れぐらいに見ていた感じ。

 ナナに色目使ってたしなー。隙あらばヤレるかも? ぐらいに思っているっぽい。

 だから〝この手の相談〟には、くっそ使えねえ、と思ったわけだ。

 だからミツキのほうに相談を持ちかけたわけだ。

 〝この手の相談〟というのは、つまり……。


「恋愛相談なんだ」

「わたしそういうの、得意じゃないかも……、ですよ?」

「それでもカズキよりは頼りになるよ。……女だし。女の気持ちは、わかるんじゃないかな」


 それがミツキに相談する理由。


「ナナさん、テッシーさんのこと、大好きですよ?」

「ああ……、うんまあ……、それは知ってる」


 俺は鼻の頭をかいた。

 毎晩、エッチのとき、あいつ、「好き好き」と、何十回も言うんで……。

 「いくいく」も何十回も言うけど。


「じゃあ、なにが問題なんでしょう?」


 ミツキは小首を傾げる。

 黒髪がさらっと流れて――。


 あー、やっぱー。ビジュアル的には、俺、この娘、好きだわー。


「その、つまりだな。……ナナのほうは、わかっていないんじゃないかと。伝わっていないんじゃないかと」

「テッシーさんの気持ちですか?」

「ああ。うん。……つまり、そうだ」

「好き好き? っていうことを?」

「ああ。……まあ。つまり……、まあ、察する通りだ」


 だがミツキは追及を緩めてくれない。


「言いました? ナナさんに?」

「ばか。言うわけねえだろ」

「言ってあげないと、わかんないですよ?」

「言わなくたって、そんなの、わかるだろ」

「わかんないですよー」

「嫌いだったら、セ――ううんっ! ……す、するわけないだろ」


 俺は咳払いをしてごまかした。

 最近、ナナが感染ってしまった。その手の言葉を平然と口にしている自分がいる。

 ミツキに聞かせる言葉じゃなかった。


「せ? ……背負い投げ?」


 なんでそうなる。俺はジョークに笑った。


 ……ジョークじゃないのか? 素か? 天然か?


「あの? ちなみに聞くけど?」

「はい?」

「俺たち。テントの中で、夜とか朝とか、昼前とかに――」

「――ああ。ぷろれす。ですねー。よくやってますねー。仲いいですねー」

「は? プロレス?」


 俺は悩んだ。


 これは……どっちだ?

 はぐらかしてるのか? それともガチか? マジなのか?

 ……どっちなんだ?


 ……まるでわからん。

 女って、こええ。


 その点、ナナはシンプルでいいよなー。


 食う。寝る。いたす。キモチイイこと大好きー。

 温泉に入ってくつろぐのも、セックスすんのも、あいつにとっては、たぶん同列。おなじようにキモチイイこと。


 裏表のないあいつが、俺はす……、す、す、す……そう、末永く一緒にいたいと思ったわけで。


 夜の風が気持ちいい。

 ミツキは風に運ばれた髪を、片手で押さえる。


 あー。うん。

 俺。かなり黒髪スキだわー。


「わたしは……、好きっていうの、よくわかんないんですよ」

「わからない、とは?」

「わたしの〝好き〟は、それ、いわゆる世間一般の〝好き〟とは違うんだってー、むらさきちゃんが」


 むらさきちゃん、というのが、よくわかんないんだが。まあそこは、どうでもいいとして――。


「わたしの好きは、〝全人類みんな好き〟のほうで、一人を好きになるのとは、違うそうなんです」


 この娘。外見も雰囲気も天使だったが、中身まで天使だったのか。


 全人類みんな好きとか、なかなか言いきれることじゃない。

 これは、カズキは苦労するなー……。と、そう思った。他人事であるが。


「好きって、どういうキモチなんでしょう?」


 逆に聞かれてしまった。

 俺は困り果てた。


「いやまあその、なんつーか……」

「背負い投げ?」

「なんでそうなる。いや。背負い投げはしないな」

「寝技?」

「ああうん。まあ。グラウンド系のプロレスに持ちこみたくはなるかもな」

「好きな人には、ぷろれす、するといいんですか?」

「いやまあ。自分から仕掛けるのはどうかと思うが。特に女からいくとビッチ認定されて引かれるケースもあるもしれないしな。だがカズキが仕掛けてきたときには、拒否しないで、受け入れてやるといいんじゃないかな」


 俺は何を言っているのだろう。


「カズキさんって、わたしのこと、好きなんです?」


 ド直球きた。


 それは――。

 傍から見ていれば、丸わかりなのだが――。

 俺が言うのは、フェアでないと思った。


「それはカズキから直接聞いてくれ」

「ううう……」


 俺が突き放すようにそう言うと――。

 ミツキは、なぜだか、ぐずりはじめた。

 俺のシャツの裾を掴んできて、放さない。


「どうした?」

「……それ聞くためには、わたしも言わないといけないじゃないですかぁ」

「当然。そうなるな」

「わたし……。カズキさんのこと。好きなんでしょうか? どうなんでしょうか? いえもちろん好きなんですけど。それは全人類みんな好きの、〝好き〟と、違うほうの意味で〝好き〟なんでしょうか……?」

「知らんがな」


 俺はシャツの裾をもぎ取った。

 ミツキはあいつの女だ。半ベソかいていたって、俺はハンカチの一枚も貸してやらん。

 そもそも持ってないがな。そんなもん。


 そして俺は、俺の女に対して――。

 きちんと言ってやるべきなのか。どうなのか。

 その覚悟が俺にできるのか。


 そんなことを考えながら、ミツキと歩いていた。

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