C-SIDE02「共同生活」

 青い空のもと。バイクを走らせる。

 後ろにミツキちゃんが乗っている。でも振り向くか、手を伸ばして触るかしないと、どうもよくわからない。


 運転中に振り向くのは危ないし、手を伸ばして触るのはとんでもないし。


 だから僕は声に出してたずねてみた。


『ミツキちゃん。だいじょうぶ?』

『だいじょうぶですよー。よく聞こえますよー』


 これ。この秘密兵器。

 テッシーに教えてもらったもの。

 二人で使うインカムで、苦労せずに会話できるアイテムがあった。バイク用品の専門店を探さなくても、ホームセンターぐらいでも、意外と置いてあったりするそうな。

 そういうものがあることさえ知らなかったので、これまで見落としていた。見てはいたのだろうけど、気づいていなかった。

 ちょっと自分が情けない。


 しかしガラスケースを開けるとき――。ナナさんがどこからか持ち出した「バールのようなもの」で、がしゃーん、と、躊躇なく叩き割っていたのには、びっくりしてしまった。

 蒼白になってる僕らに対して、ナナさんとテッシーの二人は、「なに? どしたの?」と涼しげな顔。


 いや。まあ。頭ではわかっているんだけど。

 ガラスケースの鍵を探しても、1日かけても見つからないかもしれないし、最後には結局、割って開けることになるのだろう……ということは。

 小心者の僕たちは、あとでホウキとチリトリを持ってきて、きちんと掃除しておいた。

 テッシーとナナさんから、なんか、感心されていたみたいなんだけど。

 あれ……、なんだったんだろう?


『地図見れてるー?』

『はーい。みれてまーす。まっすぐでーす』


 秘密兵器。その2。

 ポータブルナビ。


 これもテッシーに教えてもらったものだった。カー用品専門店の展示品。ガラスケースを「がしゃーん」とやる必要はなかった。

 スマホで地図が見れなかったので、GPSに頼るのはやめていたのだけど、地図を内部に持ってるSDカードナビ系なら、問題なく動くのだ。


 ちなみにテッシーのほうは、後ろのシートのナナさんが、紙の地図を見ながら人間カーナビをやるので必要ないそうだ。

 僕の後ろのマジ天使は、地図が見れない。地図を渡すと、くるくるくるくる、と、いつまでも回し続けて、「進んでるほう、どっちですかー?」となる。それは僕が聞きたいんだけどね。


 いまミツキちゃんが手にしているのは、進行方向も現在位置も、すべて表示される文明の利器である。

 目的地をセットしてナビモードにすれば、しかるべき道順さえも教えてくれる。


 僕らの目的地は、この付近にあるキャンプ場。♨マーク付きなので、運がよければ露天風呂にもあずかれる。


 うどん屋さんの駐車場で話しこむのもなんだし……。

 ちょっとそこまでいって、ゆっくりしようかという話になった。

 おたがい、べつに急ぐ旅ではないし。


『カズキさん。運転。だいじょうぶですかー?』

『ああ。うん。平気。慣れてきたから』


 じつは僕らは、バイクを交換して走っていた。

 最初は600ccの大排気量の持つパワーに振り回されていたけど……。

 それにもだいぶ慣れてきた。そりゃ125ccのつもりでアクセル開けてたら、ロケットみたいになっちゃうよね……。


『こっちも楽しーよー。テッシーが、カッターイの……、くふふっ♡』


 僕らの会話にナナさんが割り込んでくる。インカムは無線なので、いま四者通話中。

 テッシーは無口系男子なので、まったく無言だけど。


 なにが「カッタイ」なのか……。わからないでおくことにする。聞いていません。わかっていません。

 なんで「カッタイ」になってしまうのかは……。すごくよくわかる。僕は最近は慣れてきたのか半分くらいで我慢できるようになってきたけど。

 ……なに考えてるんだろうね。僕ね。


 僕らは二台でつるんで走っていた。

 ツーリングをしているみたいで、なんだか楽しい。

 いや……。ツーリングだよね。これって。


 おー。初ツーリングー。


『僕。ツーリングって……、はじめてなんだよね』

『……俺もだ』


 意外にも、テッシーから返事があった。

 僕は、ちょっと嬉しくなった。


    ◇


 河原に面したキャンプ場は、いい感じのキャンプポイントとなりそうだった。


「芝生よし! 木陰よし!」


 ミツキちゃんが指差し確認している。僕はにこにこしてうなずいている。

 ちら、と、見てみると、二人は苦笑い。

 ミツキちゃんのノリって、変なところあるしなー。


「水場もありますー。でもー、さすがに水道は出ないですねー」


 キャンプ場には、流しの並ぶ炊事場もある。

 きこきこと蛇口を回しているが、水は出ない。

 まあそうだよね。


「あー! トイレあるじゃーん!!」


 ナナさんが猛烈に走って行った。

 キャンプ場の隅には、野外トイレが設置されていて――そしてナナさんは、入ったきり、しばらく出てこなくなった。


「……いやー。よかったー。目にキタけど。〝野〟でするのってー、やっぱー、抵抗あるよねー」


 ナナさんは、ミツキちゃんの背中をばしばし叩いてる。

 テッシーが手をかざして、「うちのビッチが、すまん」と謝ってきた。


 以前、僕には、女の子はトイレに行かないとか、頭の片隅でそう思いこんでいた時期があった。

 そんなことないよねー。女の子も人間だしねー。トイレにも行けばお風呂にも入りたくなるわけで。


 僕らはここでしばらく過ごすことを決めていた。

 何日くらいになるのかは、わからないけど。


 太陽が真上を過ぎてから出発したので、もうけっこう低くなっている。

 キャンプと夕食の支度に、すぐに取りかかった。


 女子二名は、炊事場で夕飯の支度をしている。

 水は出ないが、持ってきた水がある。カセットコンロもある。なんと今夜は、飯ごうで炊いた、炊きたてごはんが食べられるそうである。


 僕ら男子二名は、テントを張って、燃えるものを拾ってきて、たき火をおこした。

 そしてやることが終わってしまって、火のまわりで、なんとなく話しこんでいた。

 テッシーは無口系男子だったが、話しかければ受け答えをしてくれる。

 僕はどんどん話しかけることで、会話を繋いでいた。


 女の子二人が、立ち並んで、料理をやっている。

 何を話しているのかはわからないが、きゃいのきゃいの、楽しげである。


「女の子って……、いいよねー……」


 その後ろ姿を見ながら、僕がなんとなく、そう言ったら――。


「ああ」


 返事が返ってくるとは思っていなかった。単にちょっと驚き。


「うちのミツキちゃん。料理上手なんだ」


 ちょっと自慢っぽくなってしまっただろうか。

 僕がちょっと気にしていると――。


「うちのナナは……。地図が見れる」


 テッシーのほうから、自慢返しがきた。

 それは羨まし――じゃなくてっ。ううんっ。ぜんぜん羨ましくなんてないねっ。


「ミ、ミツキちゃんは、い、いつも明るくて、すっごい、優しいんだよねー」


「ナナも明るいがな。底なしだな。何も考えてないとも言うがな。まあビッチだし」


 それは褒めてるんだろうか、どうなんだろうか。


「気配りできる女の子なんだよね」

「あいつはずうずうしいぐらいに厚かましいな。人の間合いに踏みこんできて……おかげで助かってる」


 ぷしっ、と、缶ビールが開く。二つめの缶だった。

 テッシーが饒舌なのは、ひょっとして、お酒のせいもあるのかも?


 テッシーは、ごくごくと、平然とお酒を飲んでる。

 僕と同じ年齢なのだとすると、未成年のはずなんだけどー。

 うん。きっともう成年しているとか、あれはビールに見えるけどじつはノンアルコールビールだったとか、そういうことに違いない。そうに決まった。


 まあ、文明が終わっちゃってるこの世界で、法律とか、関係ないんだけど……。

 そういや僕もさっき、排気量600ccのビッグスクーターを運転していたっけ。小型自動二輪免許しか持っていないけど。

 あと、もっと細かいことをいうと、あちこちのお店から「窃盗」してるよね。最初の頃はお金と書きおきを置いていたから、窃盗にはあたらないと思うけど。お金が尽きてからは、ただもらってきている。

 さっきはホームセンターでガラスをぶち割って、インカム手に入れたし……。器物損壊も追加だよね。「バールのようなもの」でぶち割ったのは、ナナさんだったけど。


 テッシーはビールの缶を傾けながら、食事の準備をしている二人を見ている。


「黒髪……って、いいよな」


 え? そっちの話題くる? そっちに振っちゃう?

 ミツキちゃんの、長いさらさらの黒髪がよいのは、いうまでもないことだけど――。

 え? テッシー、そこ、ツボ?

 まあ。ナナさんは染めてるし。はじめ外国人さん? とか思っちゃったくらいハデな感じだし。黒髪ロングは男子永遠の憧れだし。わかるけどー。わかるんだけどー。


「ナナさんも、その……、なんていうか……」


 僕もお返しに、ナナさんのことを言おうとした。

 でも……。


 あー。言えない。口にできない。


 エロい、っていうか。

 扇情的、っていうか。性的、っていうか。

 開放的、っていうか。フリーダム、っていうか。


 ミツキちゃんとは別の意味で、クラスにいたら、人気がでそうな感じ。

 女の子には嫌われちゃうかもしれない。でも男子には絶対に人気出そうなんだよねー。ここにもうファンが一名いるしねー。僕だけど。


 ミツキちゃんは誰からも好かれる女の子だし。ナナさんを嫌うようなことなんてない。てゆうか。あの天上界の生物が、誰かを嫌ったりするとか、ちょっと想像がつかない。

 ミツキちゃんは、もしクラスにいたりしたら、人気というより、崇拝になっちゃうんじゃないかと思う。

 僕なんて、恐れ多くて話しかけられないかもしれない。

 てゆうか。そもそも学校、行けてなかったし……。選択的在宅学習というやつで……。

 それ以前の問題だった。

 はあぁぁ。


    **** SIDE 俺 ****


 なんでおたがいのオンナの自慢してんだ?

 俺はビール缶を片手に、考えこんでいた。


 なぜこうなった? どうしてこうなった?


 カズキという男は、ナナに興味があるようだった。

 そりゃまあ。ナナはエロいしビッチだし。すぐヤレそうだし。男としては、わからないでもない。


 ミツキという、ほにゃらーんとした女の子。あの子と、てっきりそういう〝仲〟だと思っていたのだが……。どうも違うらしい?

 酒も入ってるのに、ぜんぜんY談が始まらないということは、つまり、そういうことらしい。


 俺にはまったく訳がわからなかった。男と女が、一緒に旅をしていて、そういうことをしないで済むものなのか?

 さっきバイクを交換して、125ccの4ストのオフロードなんていう、通好みの小型バイクで2ケツしてみたわけだが……。


 あれはヤバい。

 どう具体的にヤバいのかというと、背中に当たる感触がヤバい。

 運転している間中、背中に密着しつづけるのだ。しかもあんのクソビッチ、密着しているのをいいことに「うりうり」と押しつけてきたり、あげくの果ては、手を伸ばしてきてイジってゆくもんだから……。


 毎日あんなことになってて、それで手を出していないとか。このカズキとかいうやつ……。聖者か?

 それともミツキがタイプじゃないとか?

 あんな黒髪で清楚で綺麗でよく笑う女の子の、どこが不満だ?

 変わってもらいたいぐらいだな。


 あの二人は、とってもピュアなんだろうなぁ。……と、俺は思った。

 ミツキのほうも、自分から誘惑とか、しないんだろうなぁ。


 あのビッチなんて、空気でも吸うみたいに、その種のことをしてくるわけだが……。


 俺もビッチにだいぶ悪影響を受けているのかもしれない。

 汚されてしまった……。俺。なんてかわいそう。


 ……だいぶ酔ってるな。


 泡だけだったらこれまでも舐めていたのだが、ごぶごぶ飲んでみたら、かなりクルわー。


    **** SIDE あたし ****


 やっばー。女子力高いわー。この娘、エリート戦士だわー。


 包丁なんて、持ったことない。おろおろしてたら、ミッキーがかわってくれて、とたたたたたんと、まな板の上のものをバラバラにしてた。どんな天才剣士だっての。


 ああ。ミッキーって、ミツキの愛称ねー。なんか呼びにくいから、さっき決まったー。五分前にー。

 いいよねー? ってきいたら、いいですよー、って即オッケー。

 ミッキー、マジ天使ー。


 てゆうか。なんで、また、あたしらが料理してんの? なんでそう決まってんの? 昼飯、あたしらが作ってやったんだから、こんどこそ、野郎どもの番なんじゃないの?

 オスども、なんで、たき火にあたって、缶ビール飲んでんの? あたしも飲みたいんですケドー。

 だいた、ごはん作るのって、テッシーの仕事じゃね?


 あたしはミッキーに、カズキと、どういうカンケイ? って、聞いてみた。ビッチ業界としては、一番気になる、そこのところから、ズバっと聞いた。

 セフレなのかコイビトなのか、そこ、大事ー。あたしはビッチだけど、人様のナワバリまで出張しません。


 ミッキーは「ぜんぜんそんなんじゃないですよー」とゆってた。〝ぜんぜん〟のところに、特にイントネーションがあったから、これは脈なしだと、あたしは思ったね。ビッチの直感?

 じゃあカズキ君って、フリーなんだー。そっかー。


 まさかセフレでもないとは思ってなかったヨー。ビッチの想定外だったヨー。


 しかし、そんなにアウト・オブ・レンジなのかー。

 カズキくん、カワイイ感じで、悪くないと思うんですけどー?


「あたしー、ミッキーと仲良くなれて、よかったって思ってるー」

「うふふ。わたしもですよー」

「あたしさー。最初はみんなと仲良くなれるのよねー。でもなんか、そのうち、ギスギスしてくんの。……なんでだろう?」

「さー。ナナさんいい人ですしー。へんですねー」

「んで、ついたあだなが、〝サークル・クラッシャー〟――だってさ。ひどくね? ひどくね?」

「さーくる? くらっしゅ? しちゃうんですか?」

「してないよー? いわれてるだけだよー?」


 ミッキー、好きー。

 あたしみたいなビッチのこと、〝いい人〟とかゆってくれる。

 ミッキー、超好きー。ああん。お持ち帰りしたい。

 あたし。女の子もけっこうイケると思う。したことはないけど。でもミッキーなら、ぜんぜんアリー。


「ナナさん。これ摺ってていただけますかー。山芋。かいかいになるから、はい、手袋つけてー」


 ミッキーは料理が苦手な――壊滅的な、あたしにもできる仕事を用意してくれた。優しい。気配りできる。


 男のコとおなじ目をして、さっきから、じーっと舐めるように見ているワケだけど、ぜんぜん気づいていないっぽい。


 やっぱこの子、天使ですわー。

 ビッチには、まぶしいですわー。


    **** SIDE わたし ****


 ナナさんと仲良くなれて、良かったですー。

 はじめは、なんか、へんな感じの目線? ――を向けられて、距離を取られていた感じなんですけど。


 変な目というのは――。

 あれですね。スズメを狙う猫さんの感じですね。

 お尻ふりふりして、狙っている猫さん。かわいーですよね。

 ずぎゅーん! って感じですねー。


 あれとおんなじです。あの目です。


 あれ? ……じゃあ、わたし、スズメでしょうか?

 ナナさんは猫さんのほうですよねー。

 わたしはなにを狙われていたんでしょう?


 でもいつのまにか打ち解けることができました。

 カズキさんの話なんかを、いっぱいしていたら、いつのまにかスズメを狙う猫さんの目ではなくなりまして、安心です。


 ナナさんと二人で一緒にごはんの支度をしていて、わたしは結構、楽しいんですけど、ナナさんはあまり料理はお好きではないご様子。

 でもおしゃべりができて、楽しいでーす。

 お料理のほうは、ナナさんにも楽しくなってもらいたいので、楽しい作業、どんどん考案します。してます! メニュー変わっちゃいましたけど。


 テッシーさんのほうが料理がお好きだということですから、明日は、交代してもらいましょう。そうしましょう。


 そういえば、残念だったことがひとつだけありましてぇー。


 女の子のお友達ができて嬉しかったので、ナナさんに、「今夜は一緒のテントで寝ませんかー」と、お誘いしてみたのですが……。「一人寝だとテッシーが寂しがるから、だーめー」と断られてしまいました。

 テッシーさん、結構、というか、かなり男っぽい方に思えていたんですけど。じつは、ずいぶん甘えんぼさんだったんですねー。


 女子会。なしでーす。残念でーす。

 今晩はカズキさんと一つテントで眠ることにします。

 手え繋いでくれるので、カズキさん、大好きでーす。

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