第1話

「あらやだ二人とも汚いわね、せっかくの美味しい紅茶が勿体無いじゃないの。なにかしら?あまりにも私が賢いからってお茶飲んでいるのも忘れて褒めようとしたのね?そりゃいくらなんでもむせるに決まってるわよ」

盗賊団の正体を知るダクネスも顔を真っ赤にしてせきこんでいる。

「ゴホッ、ゲホッ……ちょっと待て、向こう見ずなプロまではいいとしてどうしてそこで仮面盗賊団になるんだよ!もっと他にも…い、いろいろあるだろ!いろいろと!」

「思い出したの。ほら、王都にいた間、盗賊団が襲って来たことがあったじゃない?あのとき私に邪魔されたのを根に持っていて、今頃ようやく復讐に来たのよ!そうよ!きっとそうに違いないわ!」

そうじゃない。絶対にそうじゃない。

「そうと決まればやることはひとつ!今回こそ盗賊団を捕まえるのよ!いい?知っていると思うけど莫大な賞金もかかってるんだからね?2億エリスよ2億エリス!これで借金なんかともおさらばよ!早速準備してくるわ!」

言うだけ言うと遠足が楽しみな子供のように走り去って行った。

顔色が戻ったダクネスが小声で尋ねてくる。

「念のために聞いておくが、カズマもクリスもワインなど盗んでいないのだろう?」

「当たり前だろ。そんなワインがあることさえ知らなかったんだぞ。ったく、どうしてこういう時だけ妙に記憶力がいいんだか…」

もちろん、自分にかかった賞金をもらいに行くつもりはない。

「とりあえずあいつをどうにかして落ち着かせる。まずそれからだ」

「あ、ああ…でもあんなにはしゃいでいるアクアをどうやって……」

「ねえ、二人とも準備できた?」

「はえーよ!」

くそっ、どうにかして…どうにかして…!

「そ、そうだアクア、誰かがゼル帝の面倒を見ていなくてはならないだろう?まず私たちが情報を集めてくるから、アクアは屋敷に残っていたらどうだ?」

ナイスダクネス。今度から鎧を手入れするときはもっと丁寧に仕上げてやろう。

「あら、それはいい考えね。でも大丈夫?最近カズマさんたら気を抜くとすーぐぽんぽん死んじゃうのよね。私がついて行かないと不安じゃないかしら」

俺だって死にたくて死んでいるわけじゃないんだからそんな言い方はやめてほしい。

「いや、情報収集だけなら心配ないだろ。体もまだ冷えてるだろうし、ゆっくり休んでいろよ、な?」

「いいけど、ダクネスはともかくカズマが優しいのはなんか怪しいのよねー。ハッ…もしかしてあんた、賞金横取りとか企んでないでしょうね?」

いつも金欠で報酬独り占めしようとする奴が何をほざいているんだ。

「…ほ、ほら、相手はあの盗賊団だろ?なんでも王都に集う精鋭でさえ全く歯が立たず、軽くあしらわれて気づいた時にはもう倒されていたと聞いたぞ?そんな恐ろしく腕の立つ奴らを相手にするんだ、頼りになる回復役のお前がいざという時風邪引いてなんかいたら困るんだよ」

「強いと言ってもわたしの前からは尻尾を巻いて逃げ出したんだけど…ふーん、要するになんだかんだ言って私が大切なのね?私がいないと何も始まらないのね?わかったわ、じゃあしっかり休んでおくわね!」

なんだかんだ言おうがバカはバカで助かった。

鼻歌を歌いながら暖炉前のソファに寝そべるアクアを尻目に、身支度を済ませ屋敷を出る。

………。

「「お疲れ様」」


「情報収集にとは言ってきたが…これは私達で見つけてくるしかないのだろうな」

「まあそんだけ有名なワインなら噂くらい拾えるだろ。まだどうして失くなったのか見当はついてないけどな。それで見つからなければ似た見た目のワインを買って帰ればいいし…うぅー寒っ」

「お、お前…さ、流石私の見込んだ鬼畜男なだけはあるな…」

「だから褒めるなら童貞にもわかりやすくはっきりとと」

「褒めてない」

出かけるときにワインの特徴はアクアに聞いておいてある。

瓶の肩にあたる部分が広く、底の方は細い、中のワインも透けて見えないほどに真っ黒なボトル。そして…かなり強めの魔力。

『この世界のワインの瓶はね、落としたりカッとなってそれで殴りかかったりしても割れないように、保護の魔法がかかってることが多いの。だって何年もかけて作ったワインが台無しになっちゃうのは悲しいじゃない?いいものになればなるほど強力な魔法がかかってるし、特定の人以外が開けると悪しき呪いがかかってしまうものもあるのよ』

だそうだ。

件のワインもその漂う魔力を察知して見つけたものらしい。

『流石スーパーグレープワインね、神器に匹敵するほどの魔力を感じたわ。女神である私ならどんな呪いだろうとへっちゃらだけど、あなたたちは危ないから見つけても開けないでおきなさいな』

とのこと。

偽物を買って帰るときにはウィズかバニルに程よい呪いでもかけてもらおう。

そんなことを考えながら雪道を踏みしめ、街の方へと歩いて行くと。

「おーい、ダクネス、助手クン!ちょうどよかった、頼みたいことがあったんだ」

向こうからクリスがやってきた。

「これはこれは親方じゃないですか。どうしたんですかこんな昼間に。いつもはこっそりと俺の部屋に夜這いにくるのに、日が暮れるまで待ちきれなくなったんですか?」

「おいクリス、今のは本当か?返事によっては…」

「夜這いじゃない、夜這いじゃないってば!確かに誰にも気づかれないように深夜にカズマの部屋を訪ねてるけど!」

「!?」

「そんな顔して迫るのはやめてって!!神器回収の手伝いを頼むだけでやましいことは何もしてないから!!だいたいあたし、いつも窓の外で気づいてくれるまで待ってるでしょ!?」

「えー、そうだったかなあ?よく覚えてないなぁ」

「なっ…!?貴様ら、もしかして本当に…」

「ちょっと助手クンちゃんと否定してよ!あまりふざけるとエリス神の天罰が下るんだからね!」

「ふざけてすみませんでした許してください」

俺知ってる、エリス様の天罰は怖いってこと。

「まったくもう…で、要件ってのはね、また神器のこと…ちょっと助手くん耳塞がないで!逃げ出さないで!」

「だってやだもん!めんどくさいことになるに決まってるし!めんどくさいことになるとまた死にかねないし!さっきなんかアクアにすぐぽんぽん死ぬとか言われたんだからな!それに今忙しいんだよ、アクアが魔力の高い高級ワイン失くしたとかでそれっぽいの見つけなきゃならなくて…」

「魔力の高い高級ワイン?もしかしてそれってスーパーグレープのワインだったりしない?」

「ああ、そう…だけど?」

さっきまで神様視点で俺たちの会話をのぞいていたのだろうか。

「あれ、当たりかな?なら話が早く済みそうだね。実は今あたしが探しているのはたぶんそのワインのボトルなんだよ」

クリスの話はこうだった。

彼女が今探しているのは「紅葫蘆べにひさご」という神器。その持ち主が話しかけ、それに応えた者はみなことごとく瓶の中に吸い込まれ、溶かされ酒にされてしまう。ただの高級ワインとしてアルダープのもとで保存されていたらしいのだが、その失踪までなぜか在りかが分からず、近頃世に出てきたものだそうな。

「でも紅って名前につくからには紅いんだろ?俺たちが探してるのは黒い瓶だぞ」

「あー…それには事情があってね……この神器のもとの所有者はかなりの酒好きで、こんな真っ赤なボトルはワインに合わない!ワインがかわいそうだ!って言って黒く塗っちゃったんだよね…」

「確かワインのボトルの色は、その保存中の劣化を防ぐために濃い色が用いられることがあるはずだ。それでも黒というのは聞いたことはないのだが…」

「なんでも光を完全に遮断する素材でできた塗料を使ったらしいよ。紅魔の里の工房に頼んだ特注のものだったとかで」

授かった神器をカラーリングするという発想がまずおかしいと思うんですが。

もっとも俺は転生特典にトイレ掃除やら風呂掃除やらをやらせているわけだから、言えた立場ではないのかもしれない。

「所有者の手元にあった頃は相手が植物だったり石ころだったり、声を出さないモンスターでさえ喋れないものなら名前を呼んだだけで吸い込めるというものでね。使い方によればかなりの強さを誇るはずなんだけど、幸か不幸かもっぱらお酒造りに使われちゃって…」

酒好きにそのアイテムを渡した神様にも責任があると思う。

「今でも人相手には恐ろしい力を発揮するからね、早く回収する必要があるんだ。お願い助手くん、キミの力が必要なんだ。手伝ってくれないかな…?」

…仕方ないなあ。

「…お頭の頼みなら手伝いますよ。なにせ俺の周りで唯一のまともな美少女ですから」

「わ、私は?私はまともな美少女ではないのか!?」

「美少女かどうかはともかく、お前がまともとか言い張るのならお前が信仰しているエリス様に誓ってみろ。『私は異常性癖などこれっぽっちも持ち合わせてない清廉潔白純情クルセイダーですっ!』ってな」

「くっ……私は…異常性癖など…これっぽっちも…これっぽっちも……くううっ!エリス様、どうかお許しくださいっ!」

「あーれー?できないの?まともなクルセイダーのはずなのにそれを神様に誓うこともできないんですかー??」

「くっ……殺せ!」

「あはははははは…」

目の前で自分の信徒に許しを請われているクリスはというと、困ったような、照れているような表情で 頰をポリポリと掻いている。さすがに気恥ずかしいのだろうか。よく知る駄女神とは大違いだ。

「クリスみたいな子がパーティーに居てくれたらなあ…」

生活していくのがだいぶ楽になっただろうに。「そうですか、カズマはクリスみたいな子がタイプなんですか」

「!?め、めぐみん!?いつからそこに?」

「たった今です。たまたま通りがかったのでこんな寒い日にカズマが出かけるなんて珍しいと思い来てみたのですが、私という存在がありながらナンパですか。今まであなたのことはヘタレと思っていましたが認識を改める必要がありそうですね」

「ちちち違うから!ナナナンパじゃねーから!うちのパーティーの火消し役が俺の他にもいればこんな日に外に出なくて済むなーって思っただけだから!あとヘタレってなんだヘタレって、非常事態に最も弱いお前に言われたくないぞ」

「…そうですね、ヘタレのカズマが真っ正面から女の子に誘いをかけるなんてあるわけありませんもんね。すみませんでした」

「だからヘタレじゃ…え?い、いや、こっちこそなんかごめん…」

いつもなら言い返してくるはずのめぐみんがやけに聞き分けがいい。

俺のことが好きだって言ってくれたあたりからどうも様子がおかしい。

っていうかこれ俺が浮気した挙句言い訳して黙らせたみたいなんだけど!めっちゃ空気悪い!

そしてダクネスとクリスはそんな面白そうな表情でこっちを見ないでほしい。

「でも、私だっていつもトラブルを引き起こすだけじゃないんですよ。ついさっき、面倒事を一つ未然に片づけてきたところです」

「ん?どういうことだ?」

「実は今、アクアがダクネスの実家の権力を振りかざして無理に買い叩いてきたワインを、持ち主に返してきたところなんです」


「「「…え?」」」

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