この寒空の下に安息を!

保護フィルム

プロローグ

「ゴッドブローッ!」

「うおっ!?」

暖炉の前の特等席で。

「この盗っ人クソニート!観念して大人しく神の裁きを受けなさい!」

「何しやがるんだこの暴力女神!お前のなんちゃって裁きなんて受けてたまるか!」

ちょむすけを撫でて英気を養っていた俺は、

「なんちゃってですって!?この神聖なる女神の拳をなんちゃってですって!?もう許さないから!今すぐアクシズ教徒に改宗して毎月収入の6割を寄進しない限り許さないかんね!」

「『フリーズ』」

「ひあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!」

今日もまた、トラブルに巻き込まれていたーーー


首筋に霜をひっつけられてもんどりうつアクアをダクネスに取り押さえてもらい、ひとまず話を聞くことにした。

「なあアクア。お前ってさ、1日に1回は騒動を起こすのが生きがいなのか?そうでもしないとボンってなるのか?」

「崇高なこの私を頭のおかしい魔法使いと一緒にしないでくれるかしら?今ならまだ全財産をアクシズ教団に寄付するだけで許してあげるわよ」

頭のおかしい魔法使い呼ばわりされた爆裂狂がいたら食ってかかって来そうなものだが、幸い今は出掛けている。

「私には話がよくわからないのだが…。そのう…なんだ、カズマが何かしたのか?…ぬぬ盗っ人というのはいいいいくらなんでも言い過ぎじゃないのか?」

「そそそそうだぞお前、おおお俺は真っ当な冒険者稼業で食ってるしまだお前の羽衣を質に入れたりもしてないんだからな」

「今まだって言った?」

「言ってない」

仮面盗賊団活動に気づかれるようなことでもしたのかと言いたげにダクネスが目線をよこしてくるが、俺にも心当たりはなく……

「私のお酒が失くなってるの」

………。

「ところでカズマ、鎧の修理の仕方の手解きをしてくれないか?自分の物だというのにも関わらず、いつもカズマに直してもらっていてばかりだからな」

「おういいぞ、まずへこみの直し方はだな…」

「ちょっと!無視しないで!話を聞いて! 失くなったのはね、100年もののスーパーグレープ・ワインなのよ!」

「うるせえ!どうせお前が飲んで酔っ払って忘れただけ…」

「ひゃ、100年もののスーパーグレープワインだと…?そんなものがよく手に入ったな、いったいどこで買ったのだ」

あれっ。

「ふふん、街の酒屋さんに置いてあったのをこのお目の高い私が買ってきておいたのよ。それを不届き者が盗ったの」

「おいちょっと待て、スーパーグレープってなんだ。聞いたこともないんだけど」

酒を失くしたと聞いて一緒に呆れていたはずのダクネスが食いつくあたり、よほどのレア食材らしいことはわかるのだが。

「スーパーグレープは、その収穫の難しさのため非常に高価な葡萄でな。成熟してくると実が1つ1つ房から離れ、地面や周りのものにぶつかってリザードランナーよりも速く跳ね返りながら逃げてゆく。さらに上手く捕まえないと潰れてしまい使えなくなってしまうのだ」

この世界にはまともな食材はないのかもしれない。

「でも味は他のどの品種よりも良くて、ちょっと肥料を変えるだけでどんな料理にも使えるスーパーなグレープなの。ワインなんか数百年先のものまで予約がいっぱいなのよ」

ほう…。

「で、なんでそれを盗んだのが俺になるわけ?」

「そこにカズマがいたか…待って!無言で寒い寒い外に放り出そうとするのはやめて!だってめぐみんはわざわざ盗んで飲むほどお酒飲めないし!ダクネスは貧乏貴族だけど実家に高いお酒が沢山あるじゃない!動機があるのはカズマだけなの!」

「び、貧乏貴族……」

「ほほおおおおおおおおお!?このパーティーで関わるのが面倒くさいランキング第1位のお前にわざわざちょっかいをかける心当たりがあると!いいだろう聞こうじゃないか!」

「わああああああああ!関わるのが面倒くさいとか言った!……その、ね?怒らないでね…?」

「いいから正直に話せ」

両手の人差し指どうしをつんつんさせ、こちらを上目遣いで見上げながら、話し始めた。

「この前カズマのエロ本を鍋敷きにした復讐…とか。カズマのぶんのご飯を減らしてゼル帝に分けてあげてたのがバレた…とか。カズマのジャージ思いっきり焦がしたのが見つかった…とか。カズマの」

「おいダクネス、足を持て足を。俺が頭を持つ、せーので放り出すぞ。はい、せーのっ!」

「当家はび、貧乏でなんか……せ、せーのっ!」

「いやああああああああああああああっ!やめてえええええええ!」

「……なあカズマ、その、締め出されて凍えるアクアを想像すると私も…」

「お前は勝手に雪風呂でも作って浸かってろ、そのあったかい頭が冷えるまでゆっくりとだぞ」


30分ほど経ち、アクアが開けてくれないなら屋敷の玄関扉を屋敷ごと手品で消すと泣きながら脅してきたので入れてやった。

「えぐっ、えぐっ……カジュマぁぁ、しゃむがっだあ゛、しゃむがっだあ゛あ゛ぁぁぁぁ…」

「さっきの話だけど、酒はほんとにお前が飲んだんじゃないん……ちょっ、やめろ!涙と鼻水と雪でぐしゃぐしゃになった状態ですがりつくな!体拭いてダクネスが淹れてくれた紅茶でも飲め!」

「ぐすっ……あのねえ、女神であるこの私が一度飲んだお酒の味を忘れるわけないじゃない。ボトルだって残ってなかったし…ん、やっぱりダクネスってお茶淹れるのは意外と上手いのね」

「今意外とって」

「言ってない」

ボトルぐらいはアクアなら何かの拍子に消してしまいそうだが、味覚に関してはそこそこ信頼できる。

「となるとやっぱり盗まれたのか?でもアクアが張った結界があり、敵感知スキル持ちの俺もいるこの屋敷に忍び込むのは簡単じゃないはずだぞ」

「私もそう思う。それにいくら珍しい酒と言っても、魔王軍幹部を次々と撃破している私たちに喧嘩を売るような物好きはそうそういないはずだ」

「そうよね、この女神アクア様がいる屋敷から物を盗もうなんて不敬な輩もいるわけないもの」

喧嘩を売られない点について、絶対にそんな褒められるような理由とは関係ないと思う。

「だいたい思い当たる節があるとすればアクア、その酒を持ってきたお前だろ。またいつの間にか借金作って返せなくなってたりして、酒をカタにとられたんじゃないか?」

「それはないわ。だって今月の取り立てはまだ先のはずだもの」

「借金はあるのかよ」

俺の財布をあてにしていたりするのかもしれない。

「だがそれにしても、わざわざ泥棒の真似をする必要はないはずだ。冒険者ギルドに頼むなどいくらでも方法はあるだろう」

「そう言われればそうなんだけどなあ」

それからしばらく紅茶をすすりながらああでもないこうでもないと意見を言い合い、考えるのが面倒になってきたころ。

「分かったわ!誰がワインを盗んだのか!」

一人元気に自分に因縁のある人を次々と挙げ続けていたアクアが声を上げた。

「また俺がやったとか言ったらソロで冬将軍討伐に行かせるからな」

どうせろくな考えではないのだろうとおかわりの紅茶に口をつけると…

「いい?犯人はこの私たちをも恐れない向こう見ず。そして誰にも隠し場所を教えてなかったワインをも探り当てるプロ。つまり、近頃この街に潜んでると噂の銀髪盗賊団に違いないわ!」

盛大に吹き出した。

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