第25話 神話の氷獄と暴走

――煌華学園 第1アリーナ――



「行くぞヒューム・スクウィール!」


「砕け散れ! 坂宮涼也!」


 俺達はほぼ同時に目の前の天敵――あるいは獲物へと駆け出した。


『両選手同時に駆け出した! ここからは剣術勝負か!?


 あ、会場の皆さまにご連絡いたします。現在フィールドを含むアリーナ全体の室温が12度前後となっております。


 体調の優れない方がいましたら、遠慮なくお近くの大会役員に知らせるか直接医務室へお越しください。』


 ヒュームのサフィールが、まるで獲物に噛み付こうとするヘビのように、容赦なく俺の隙を突こうと襲ってくる。


 が、防戦一方だとそのうち体勢を崩されかねない。となれば俺も攻めるしかない!


「そこだ!」


 俺に避けられたサフィールが完全に振り下ろされたのを瞬時に確認すると、ヒュームの左肩から斜めに斬り捨てようと、ミステインを振り上げ―――


「隙が大きいね。その程度の技量でぼくに勝とうと?」


 ヒュームは俺のミステインを持っていた両腕を掴んで動きを止めると、腹に挙骨を食らわせてきた。


「―――っ!」


 ヒュームの鋭い一撃が内臓にダメージを与えたのを感じた。けど怯んでいる暇はない、すかさずミステインから手を離す。


「なに!?」


 ヒュームは頭上から落下してくるミステインの刃を避けようと俺の腕を離した。


 ここだ!


 身体を捻り、脇に強烈な蹴りを入れるとヒュームの体勢を崩した。間髪入れずにミステインをキャッチすると、右肩を目がけて斬りつけた。


「ぐあぁぁっ!」


 ヒュームの顔が苦痛で歪む。筋肉をいくつか切断したから、多少は動きが鈍るはずだ。このまま畳み掛けて―――


「多少は本気出すといい線いくね。


 けど、そんなことじゃぼくは倒せないよ?」


 いつの間にか振り上げられていたヒュームのサフィールが、真っ直ぐ脳天めがけて振り下ろされてきた。とっさに飛び退いたが、太ももに浅く傷がついてしまった。


 おかしい、ヒュームがサフィールを振り上げる暇は全くなかったはずだ!


「一体どうなって―――」


 そこまで言いかけたがヒュームの姿を見て全てを察し、言葉を失った。


『これはなんということでしょうか!


 右肩を負傷したスクウィール選手ですが、氷で代わりの腕を生やしているではありませんか!』


『器用ですね。思わず感心しましたよ。』


 ……なるほどな。動かない右腕を胴に密着させた状態で凍結、代わりに氷で右腕を生成したのか。


「さてと、そろそろぼくも本気を出すべきかな?」


 そう言うと、ヒュームはフィールドにサフィールを突き立てた。


 ……なんだ? とてつもなく嫌な感じがするぞ……。


「〈閉ざされし神話の氷獄ニブルヘイム〉!」


 ヒュームからこれまでとは違う凍気が、吹雪とともにフィールドに吹き荒れる。これではまともに目も開けられない……!


『ついに出たー! スクウィール選手の幻ともいわれる真技、〈閉ざされし神話の氷獄ニブルヘイム〉!


 凄まじい冷気の影響でしょうか、アリーナの室温がさらに下がっていきます!』


『す、少しは観客のことも考えて欲しいですね……。


 にしてもとてつもない冷気ですね。身体の芯まで冷え切りそうです……。と言うか、もはや冷気と言うより凍気――凍風いてかぜですね。』


 いや、これはただの凍気ではない。呪われていると言ってもいい……!


「……なるほど、少しは察しが良いようだね。


 この〈閉ざされし神話の氷獄ニブルヘイム〉はただの吹雪ではない。


 命ある全ての生物を死へといざなう、神話に記されし氷獄を擬似構築したのさ。


 ここでは業火すら刹那で消えてしまう。抵抗するだけ体力を削られて、そのうち死ぬよ?」


「くっ……〈閃々たる銀世界アイス・エイジ〉の上位互換ってところか!」


 確実に俺を殺す気だな……。死ぬ前に強制的にシステムで試合は中断されるだろうけど、逆に言えばそれが発動する危険性があるという事が予想できる。


「死ぬ前に終わらせてやるさ!」


 と強がってみたものの、この状況はかなり厄介だな。風のせいで飛ぶことは難しそうだ。早く何とかしないと……


「なんだぁ仕掛けて来ないのかい?


 このまま死なれてもつまらないし、もっと殺り合おうよ、坂宮涼也!」


 次の瞬間、ヒュームの姿が忽然と消えた。どこに行った!?


 と、その時―――


「ぐあぁっ!?」


 背中が斬りつけられた。振り返りつつなぎ払うが、手応えは皆無。どうなっているんだ!?


 考える暇もなく左肩、右足、右脇、背中、左手首―――全身に傷が刻まれていき、その度に全身を鋭い痛みが電気のように走り抜けていく。


『スクウィール選手の猛攻に坂宮選手は手も足も出ないようだ!


 このまま試合は―――っと! ついに坂宮選手、その膝をついてしまった!』


『うーん、今の動き、やけに速すぎる気がしますが……』


 解説のステイザーさんは疑問を抱いたようだが、今の俺に速く動ける原理を考えるだけの気持ちの余裕はなかった。


 ダメだ、姿が見えない敵に太刀打ちなんてできるわけない……。身体も寒さで言うことを聞かなくなってきたし……もうここで終わりか……。


「情けないね坂宮涼也。さっきまでの威勢はどこに行ったんだか。」


 そう言いながらヒュームが再び姿を現した。きっと俺にはもう抵抗する余力は残って無い、確実に勝てると考えているのだろう。完全に舐めてやがる……。


 ……いや、待てよ? もしかして―――


「能力戦ではぼくに劣ると判断して、氷の打ち合いをしなかったのは賢明な判断だね。


 でもその考えの上で挑んだ剣術でも勝つことができなかった。


 ははっ! なんとも哀れな状況だね。」


 ゆっくり俺の前に来ると、ヒュームは剣を構えた。この構えは……試合開始と同時にあいつが使った真技、〈氷結せし理想郷フローズン・ユートピア〉の構えだ!


「せめてもの慈悲として、このままキミを放置してもぼくの勝利になるだろうけど、あえてトドメを刺してあげるよ。


 キミはそのまま自分の不甲斐なさを恥じて生きていくといいさ。


 じゃあね、坂宮涼也。


 〈氷結せし―――」


 ―――来た! 油断している今ならいける!


「〈雪白に輝く巨塔アブソリュート・ゼロ〉!」


 素早く真技を発動させ、氷の塔に閉じ込めた。ヒュームがミステインの間合いに入り、隙を見せるのを待っていたのだ。


『キター! ここで一方的に攻撃を受けていた坂宮選手が反撃に出たぁー!』


『スクウィール選手が巨塔に閉じ込められたからでしょう、どうやら〈氷結せし理想郷ニブルヘイム〉も止んだようですね。』


 だがさすがは氷使いだ。ヒュームはあっさり巨塔を砕いて脱出した。けどもう遅い。ここからは俺の狩りだ。


 既に氷翼で飛び上がっていた俺は、カレンさんとの試合でも見せた氷の柱をフィールドのあちこちに出現させた。


「これなら視界も悪くなって思い通りの攻撃ができないだろう?


 今までの借りだ、まとめて返してやるよ!」


 柱の間を高速で飛び回り、感知される前にミステインで斬撃を加えていく。反撃どころか防御すらない、どうやら俺の動きは捉えられていないようだ。


『形勢逆転! 坂宮選手の猛攻だぁー!


 スクウィール選手、あまりの速さに抵抗が全くできないようだぁ!』


「ぼくが……このぼくが……坂宮涼也なんかに……っ!」


「俺の氷は空気を含んでいて、お前の氷に比べて濁った色をしている上に脆いかもしれない。


 けどな……そんな氷でも認めてくれる人が1人でもいれば、それで十分だってことを思い出した。きっかけはあんただ。」


 ここは1つちゃんと言っておこう。感謝の言葉を。


「ありがとうございました、ヒューム・スクィルさん。


 貫け、ゲイ・ボルグ!」


 ホバリングし両手に生成した氷の槍を投擲する。ゲイ・ボルグはさらに無数の小型の槍に分裂し、容赦なくヒュームに襲いかかった。


「くそぉぉぉ!」


 自慢の氷でなんとか防いでいるようだが、その氷もヒビが入り、やがて砕け散った。


「クソッ! まさかここで使うとは思わなかったけど、いたしかたない。


 坂宮涼也! 思い通りに氷を操るのはキミだけだと思わないことだ!」


 そう言い放つと、ヒュームはサフィールをフィールドに突き立てた。想定以上にしぶといな。今度は何をする気だ?


「ぼくはキミには負けられない。キミに勝って、ぼくの方がふさわしいことを証明する!」


 するとヒュームはポケットから、小型の注射器のようなものをおもむろに取り出した。中には琥珀色の薬液が満たされているようだ。


「ぼくはキミより強い!」


「待て! やめろ!」


 理由は分からない、だが妙な胸騒ぎがした。慌てて射つのを止めるように言ったが、その声はヒュームに届かなかった。


 ヒュームは首もとにその注射器のようなものを当てると、ボタンを押してしまった。プシュっという音とともに琥珀色の薬液が注入され、やがて空になった。


「っははは! これでぼくはキミより―――」


 しかし高笑いしていたヒュームは、突然胸を抑えて苦しみ悶え始めた。


「あ゛ぅ゛ぅぅっ、ぐっ……っはっあぁ……―――」


 すると、どこからかドローンが数機飛来し、のたうち回るヒュームを取り囲んだ。ドローンは携行してきたカプセルにヒュームを入れると、スピーカーからプログラムされた音声を発した。


『強制停止システムが作動しました。


 現在行われている試合を直ちに中止し、患者に適切な医療措置を施してください。


 繰り返します―――』


 あ、あれが強制停止システム……。ヒュームは一体何をしたんだ? 観客席の方は状況を理解できずにざわついている。


『えぇっと、会場の皆様に連絡いたします。


 強制停止システムにより、ヒューム・スクウィール選手の強制退場となったため、第4ブロックの優勝者は―――』


「―――勝手に……終わらせるなぁぁ!!」


 アルテットさんのアナウンスにより、まさに試合が終了しようとした時だった。


 ヒュームの収容されていたカプセルが、凄まじい怒声と共に内側から破壊された。


「さ……か…宮……涼也ぁぁぁ!!!!」


 会場のスピーカーが壊れんばかりの声量で怒鳴りながら、カプセルから這い出たヒュームがサフィールを手に取り襲い掛かってきた。


「な、何なんだよ!?」


「貴様を倒して、ぼくが強いことを証明する!


 あの人の元で戦える、デルバードなんかより使えることを、今ここで証明する!!」


「デルバード!? 何であいつの名前が出てくるんだ!?」


「あああぁぁぁぁぁ!!!!」


 狂ったように繰り出してくる斬撃は、先程までのヒュームのそれとはまるで違う。


 一撃一撃、全身が痺れるほど……重い!


 そこへ 観客席の一番下まで降りてきたカレンさんが何やら叫んだ。


「坂宮さん! はやくそこから逃げてください!


 その人の今の状態、明らかに普通じゃありません!―――殺されますよ!?」


「そうしたいのはやまやまなんですけど――こいつ――めちゃくちゃに暴れててて――逃げたら逆に――危ないです!」


 そう答えている間も、何回かサフィールが俺を掠めていった。《超越者エクシード》の身体機能でもさばききれないなんて……!


 《希望の闇ダークネス・ホープ》の武蔵はもっと速かったが、あれは武術の境地に至ったがゆえの速さだった。


 けどヒュームは違う。そこまで武術のこころがあるようには見えなかった。となると全部、やはりあの薬のせいか。


『坂宮選手、フィールドから待避してください!


 すぐに担当の教員が―――』


「うるせぇぇぇ!!!」


 アルテットさんの声を耳障りに思ったのか、フィールドの上にある実況席に向かってヒュームが無数の氷のつぶてを放った。


「危ない!」


 とっさに氷翼で飛び上がって両者の間に割り込み、障壁で直撃を防いだ。あとちょっと遅かったら、中の2人がむごいことになっていただろう。


「そこから出てください! 巻き込まれますよ!」


『あわわわわ……わ、分かりました。』


「あ、あと観客の退避勧告をしておいてください。このままでは怪我人が出かねません!」


『は、はい!』


 アルテットさんは館内の退避勧告をすると、アリーナの隅に繋がっている連絡路から実況席を後にした。


 観客が避難し始めたのを確認すると、俺は再びヒュームに向き合った。


 自分が邪魔だと思えば見境なしに攻撃するのか。だとしたらあの暴走を、一刻も早く止めないと!

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