第24話 「好き」と生存競争

――梅原中学 屋上――



 屋上にやって来た藤ヶ峰秋代――アキは、俺の上で木下が馬乗りになってカッターナイフを突き立てている状況を見ると声を荒らげた。


「木下! あんた何やってんの!?」


「何って言われてもな。


 こいつが古流武術の道場に行ってたらしいからよ、腕試しをしてだけだよ。」


「カッターナイフを手に持って同級生に馬乗りになってる素行不良中学生のそんな言葉を、一体誰が信じると思ってんの!?」


 木下は舌打ちをすると俺から離れ、カッターナイフを持ったままアキに近づいて行った。


「いちいちうるせぇな。


 なんでもいいだろ? テメェに関係あんのか?」


「幼なじみだからね、心配するのは当然でしょ?」


「……ははん、そうかそうか。それなら仕方ない。」


 木下はそう言うとカッターナイフを構える。口封じとしてアキを手にかけるつもりなのだろう。


 ……でも考えてみればこの状況、少しおかしい……。なんで木下は俺に苛立ちをつのらせただけで、こんなにも殺意に溢れているんだ? 暑さのせいか?


 そんなことを考えていると、ついに木下がアキに仕掛けた。


「お前は幼なじみが死ぬところを見ていなかった。


 そういうことにしてもら―――」


「構えがド素人じゃん。」


 アキは素早く木下の手をひねってカッターナイフを奪い取ると、刃を折り捨てた。そのまま制服の襟を掴み―――


「せぇーの!」


 掛け声とともに木下に背負い投げを食らわせた。受け身をとる暇もなくコンクリートに勢いよく叩きつけられた木下は……衝撃でのびてしまった。


「……さすが斑鳩庇蔭流徒手術の免許皆伝……。」


 そう、実はアキは俺と同じ斑鳩庇蔭流の門弟でもある。しかも徒手術にいたっては免許皆伝だ。俺も単純な格闘術では勝てる気がしない……。


「ったく。男子が刃物で女子を脅すなんて、サイテー。


 それはそうと、大丈夫リョーヤ?」


 そう言ってアキは手を差し伸べてきてくれた。その手をとって立ち上がり、制服の汚れを払った。


「……ああ、大丈夫だよ。」


「そう、ならよかった。


 ……なんで、やり返さなかったの?」


 俺はさっきの殺意に溢れた姿とは打って変わって、情けなく気を失っている木下の方を一瞥した。


 《超越者エクシード》である俺がその気になれば、あの状況は簡単に打開できただろう。だが―――


「能力を使ったら……木下を殺しかねないからな。


 例え手足の一部を凍らせても、砕けると取り返しのつかないことになるし。」


 想像しただけでも背筋がゾッとする。砕けた氷細工のようになった肉体はまず戻すことは不可能だろう……。


「そっか……それならしかたない……のかな? リョーヤがそれで良いならなにも文句は無いけど。」


 とは言いつつ、どこかやはり不満は持っているようだ。俺自身、女子に助けられるのは、年頃の男子としては――事情があるとはいえ――情けなく思ってしまった。


「あ、そういえば! やっぱりリョーヤはヒースネスに行くの?」


 沈んだ空気を和ませるためか、唐突にアキは来年の進路を訊いてきた。実際は進路の話題も重いので、全く和んでないのだが……。


「《超越者エクシード》の行く学校がある、あの学園都市か?


 ……正直まだ迷ってるかな。」


「どうして? 資料読んだけど、なかなか良いところじゃん?


 《超越者エクシード》になった中高生は年齢に関係なくヒースネスにある学園、煌華学園か修帝学園のどちらかに受験して入学することができるんでしょ? 確か扱いは高1で。


 学費も安めだし、私は行くべきだと思うなぁ。」


 たしかにアキの言う通りではある。だが俺の場合は……条件だけを見れば、別にヒースネスに行ってもいいのだが……


「……怖いんだよ。俺の能力がこの中学と同じように、また嘲りの対象になるかもしれないって思うとね……」


 ここの教室でのけ者扱いをされるのは、あと少しで卒業だと思えば我慢できる。けど、全く新しい環境で同じ目に遭うのだけは耐え難い。


「だから、とりあえず少し離れた普通の高校に進学するよ。


 そうすれば環境も変わるから、なんとかなるだろうしさ!」


「……いいの? それで。」


「え?」


 アキは何か言いたげに真っ直ぐ俺の目を見てきた。彼女の明るい茶色の瞳を見ているとなんだか小っ恥ずかしい。思わず顔を背けようとすると、両手で無理やり首を捻られて戻された。


「いぃててて! 何すん―――」


「リョーヤはそれでいいの?」


「……」


 アキは眉をピクリとも動かさず、ただひたすら俺の目を見ながらもう一度問いかけてきた。


「きっとその高校に行っても、ここと同じような仕打ちを受けると思うの。


 毎日のけ者扱いされて、抵抗できないのを知ってさっきみたいなことをされるかもしれない。


 それをリョーヤは3年も耐えていける自信ある?」


「……ないな。」


「でしょ?


 それに、ヒースネスには《超越者エクシード》の人たちがたくさんいるんでしょ? その中にはきっと氷使いもいるはず。なら、よっぽどのことがない限りからかわれないと思うの。」


「……」


「それにね―――」


 アキは手を離して、木下にやられてた時に乱れた俺の制服を整えてくれた。


「リョーヤの氷、私は好きだよ? 見る角度を変えると、ところどころ虹色になってさ、キラキラしてて素敵じゃん?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は救われたような気持ちになった。胸の中で冷たくなっていた何かがゆっくり溶けだすような、そんな気持ちに。


 初めて言われた、俺の氷が好きだってことを。散々その1年間からかわれ続けた俺の氷を、家族以外の他の人が認めてくれた。


「……あ、ありがとう。そんなこと言われたの初めてだよ。」


「そうだったの? みんな見る目無いんだね!」


 そういう問題じゃないんだよなぁ……まいっか。


「……アキはさ、俺が煌華か修帝に行くって言ったら、本当のところどう思う?」


「今の話の流れで、少なくとも引き止めたりしないことは分かってるでしょ?


 もちろん応援するし、できる限り手伝う。だって幼なじみなんだから!」


 アキはそう言うと親指を立てて「任せて」と言った。まったく、頼りになる幼なじみだな。


「……分かった。来年度入学試験の願書提出期間はもう終わっちゃったから、再来年度の試験を受けることを考えてみるよ。」


「真夏に締め切りって、随分と早いんだね。」


「学園の方で調査とか色々する必要があるらしくてね。


 それにかかる時間の関係で、願書は7月の頭には締め切りになるみたいなんだよね。」


 さすがに犯罪傾向のある生徒を簡単に入学させるわけにもいかないもんな。……でもこっちとしては、少し勝手が悪いかな。


「そうなんだ。


 うん、私はリョーヤがやりたいようにするのが一番だと思う。だから行くって決めたなら、全力で応援するよ!


 あ、そうだ! 入学するまでの間、道場に戻ってこない? 師匠もきっと喜んで稽古つけてくれると思うよ?」


「あぁーそうだな。それも考えてみようかな。


 もし行くことになったら、師匠に口添えしといてくれると助かるんだけど……いいかな?」


 現在、あの道場にはアキ以外に門弟はほとんどいない。つまり稽古の邪魔になることはないから、元生徒の俺がもう一度稽古つけてもらうのも簡単な話だろう。


「いいよ、任せておいて!


 それじゃそろそろ教室に戻ろっか? もう昼休みも、終わっちゃうし。」


 時計を見ると、昼休み終了まで10分もなかった。たしかにそろそろ戻ろうかな。


「だな、そうしようか。


 ちなみに、木下はどうする?」


「ん? そこで未だにだらしなくのびてる人のこと?


 せいぜい保健室の前まで運ぶだけでいいと思うよ?」


 だらしなくのびてる人……か。よっぽど腹が立ったんだな。こんな言い方するアキ、滅多に見ないぞ。


「お、おぅ。じゃあ俺が運んでおくよ。さすがに筋肉質な男子中校生を女子に運ばせる気はないからさ。」


「お、優男だね! んじゃよろしくー!」


 アキは親指を立てて屋上を後にしようとした。が、階段を降りる直前で俺は「アキ!」と呼び止めた。


「さっきは、その……色々とありがとな?」


「? 私はなにもしてないよ?


 実際に色々決めたのはリョーヤなんだから!」


 そう言ってアキは階段を跳ねながら降りていった。




 その日の夜、事の成り行きを話した後、ヒースネスの学校に行くことを両親に話した。


 両親も初めは消極的だったが、話し合いの末にようやく受験と入学を許可してくれた。


 そして密かに俺はこんな目標を立てた。



 《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》で優勝し、最強の《超越者エクシード》になる



 その目標こそが、俺の煌華学園に入学した意味になると思ったからだ。


 あの夏の日にヒースネスに来ることを決めた、その意味になると思った。



 ◇ ◇ ◇ ◇



――煌華学園 第1アリーナ――



「……負けられない。」


 ヒュームが振り下ろしたサフィールの刃が俺の身体を切り裂く寸前、全身から莫大な冷気を吹雪の如く一気に放出した。


 これにはヒュームも驚いたのか、サフィールを振り下ろす手を止めて防御の姿勢をとった。


「……お前に中学校生活を破綻されていたと思うと、殺意が湧いてくる。


 俺はあの時の、中学にいた時の『俺』のような生活を送ることを拒否してここに来た。


 先生を含めたクラス全員からヒトとして扱われなかったあの時期にどれくらい俺が我慢してきたか、首謀者のお前には見当もつかないだろうな。


 けど、あの夏の日に、俺はたった1人のかけがえの無い友人に、自分の能力を認めてもらった。


 他人からの評価はどうでもいいと思われるかもしれない。けどな、俺はそれでも嬉しかった。自分の一部である《超越者エクシード》としての能力を『好き』って言われたことがすごく嬉しかった。」


「ぐっぅ………!」


 俺は話しながら、冷気を放出させつつミステインをゆっくり構える。そろそろ長話も終わらせよう。そして、この試合も。


「なのにお前は、俺の能力の産物である氷を―――他人に好意を持ってもらえた俺の氷を、よくも『贋造品』なんて言ってくれたな。


 なら教えてやるよ。そんな贋造品の氷でも使いこなせれば、お前の腐った根性と自称純粋な氷を打ち砕くことは、十二分に可能だってことをな!」


「………言いたいことはそれだけかい?」


 それまで俺のセリフには何の反応を示さなかったヒュームが、ようやく動き出した。


「キミの言葉、素晴らしいね。カッコつけて難しい言葉を使うことなく自分の気持ちを正直に告げる。いやぁ賞賛にも値するよ。


 けど、それは一般論さ。ぼくの心には全く響かない、強いていえば不快感を募らせるBGMでしかない。


 ぼくが思い、考えることはただ一つ。それは自分の身を案じることだけさ。


 トップランカーとして氷の能力を持つ生徒はぼくだけで十分。のし上がってきそうな脅威は排除する。


 来るなら来てみなよ。キミの氷のことごとくと同時に、そのおめでたい精神も砕いてあげるから。」


 ヒュームはそう言うと、自身の凍気で俺の冷気を相殺した。ゆっくりサフィールを構え、薄笑いを浮かべてくるその顔は、不気味そのものだ。


「さぁ、これは生き残りをかけた生存競争さ。勝者には地位を与えられ、敗者は積み重ねたもの全てを失う。


 もちろん全力で来てみなよ。じゃないと、ぼくに負けちゃうよ?」


「当たり前だ。そのつもりで行かせてもらう。」



 この学園における生存をかけた試合の後半戦が、今始まった。

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