第8話 米国襲撃とラマティス

――日本 京都――



 アキと別れた後、買い出しを終えて部屋に帰って来ると、扉が不自然に半開き状態になっていた。


「誰かいる……のか……?」


 ついこの間 《希望の闇ダークネス・ホープ》と関わりがある生徒と剣を交えたばかりだ。また同じような人に襲われる可能性も、ゼロではない。


 ミステイン呼び出せるように生徒手帳をポケットから取り出そうとしたが、そこには何も入っていなかった。


「まずい……生徒手帳、部屋の中だ。」


 ここは能力で氷剣を作って、侵入者に対抗するしかないか。


 荷物を置き、手に冷気を纏わせながら扉をゆっくり開けて中に入った。


 が、部屋の中にいたのは―――


「ユリ、リンシン、それに霧峰も。俺の部屋で何してんだ?」


 ミニテーブルを挟んでユリとリンシンが向かい合って座り、俺のベッドには霧峰が横になっていた。


「おかえりリョーヤ、どこ行ってたの?」


「ちょっとコンビニに……って俺のことはどうでも良いんだ。


 なんで3人ともここにいるんだ? てかどうやってここに入ったんだよ?」


 腕に纏っていた冷気を解き、荷物を部屋の中に入れながら侵入方法を問いただした。


「どうやってって言われても、部屋の扉が開いてたから……」


「? 開いてた?」


「うん、ドアストッパーが挟まっててちゃんと閉まってなかったわよ?」


 振り返って見てみると扉のすぐ側にドアストッパーが置かれていた。


 ユリの言ってることが本当だったなら、きっと部屋を出る時にドアストッパーが扉に引っかかったのだろう。


「そっか、今度から気を付けないとな……。


 それで、なんで俺の部屋にいるんだ?」


 すると3人は口々に、短く理由を言ってきた。


「暇だった、から?」

「……やること無かったから。」

「眠いから。」


 …………はぁ。


「前者2人はまだ大目に見るとして、霧峰は自室で寝れば良いよな?」


「だって今寝っ転がって、夜には自分のベッドぐしゃぐしゃだなんて状態にしたくないもん。」


 何て自分勝手な考えなんだ……! 後で布団は直してもらおう。


「それよりニュース見た? 私達が飛行機に乗ってる間に凄いことが起きていたらしいよ?」


 そう言ってユリがテレビを点けると、どのテレビ局でもトップニュースとして取り上げられている事件があった。


「―――アメリカ各地で《希望の闇ダークネス・ホープ》が大規模テロ?」


「私達もさっき知ったんだけど、どうやらそうみたい。」


 ユリはリモコンを操作し、アメリカから衛星中継がされているチャンネルで止めた。


 どうやらワシントンD.C.にいるリポーターが、テレビ局に届いた映像をバックに日本のアナウンサーとやり取りをしているようだ


『つまり現在入っている情報によればロサンゼルスは壊滅状態で、ニューヨークは現在避難勧告が発令されていて、ワシントンD.C.では米軍が防衛線を構築しているという事でしょうか?』


 女性アナウンサーが現地の男性リポーターに確認した。数秒の間をおき、男性リポーターは『はい、そうです』と言った。


『現在、大統領はホワイトハウスの地下シェルターに避難していると見られます。


 また声明によって米国各地の軍にテロとの徹底抗戦を指示、隣接する国々に国境の封鎖を要請したようです。』


『それではアメリカ市民は逃げ場所を失ってしまうのでは無いでしょうか?』


『――はい、確かに市民は国外への避難を断念せざるを得ないでしょう。


 しかしホワイトハウスからの発表によれば、世界各地で同じようなテロが発生することを防ぐために国境の封鎖を要請したとのことです。』


 そう現地からの情報を伝えるリポーターの背後に映っている映像は、以前のロンドンよりひどい有様だった。


「あの映像、本物なんだろうな……。」


「……多分、そう。」


 ロサンゼルス――らしき街には直径1キロはある巨大なクレーターのような陥没がいくつもあり、もはやとても人が住めるような地形ではなくなっていた。


 一方ニューヨークと思わしき映像は、どうやら市民からの提供映像のようだ。交錯する銃弾と光を纏った矢の数々、巨大な炎の柱がアスファルトを突き破って高層ビルほどの高さまで立ち上り、画面が揺らいだと思うと映像に映っていた人々の上半身と下半身が分断された。


 そしてワシントンD.C.の映像は、セントラルパークに《超越者エクシード》を中心とする米軍部隊が集結しつつあるものだった。数十、いや百単位の戦車や攻撃ヘリが映っている。


 場面は切り替わり、今度は日本のテレビ局のスタジオが映された。どうやらテロ対策の専門家がゲストとして出演しているようだ。


『柳田さん、今回の米国襲撃ですが、今後日本も《希望の闇ダークネス・ホープ》によるテロの対象となることはあるのでしょうか?』


 女性アナウンサーから質問されると、テロ対策の専門家――らしい歳のいった白髪の老人は、ゴホンと咳払いして両肘をテーブルに立てた。


『正直彼らの目的が分からない以上なんとも言えません。


 今後この日本が狙われるかもしれないし、狙われないかもしれない。狙われたとしてもどこが襲われるか予測も出来ない。いずれにせよ、政府は早急な対策を取るべきですな。


 なのに、近頃の国会での話し合いは汚職や職権濫用の探り合いばかり。けしからんわい。


 メディアも面白半分に追っかけをするがために、それを見ている国民の感情も―――』


『や、柳田さんありがとうございました。


 それではお別れの時間となりました。視聴者の皆様、また来週。』


 テロの話題から逸れて延々話し続けるゲストの老人を無視して、女性アナウンサーは強制的に番組を終わらせてしまった。


「……これが日本のテレビ?」


「リンシン、これは偶然起こった出来事だよ。日本のテレビが全部こうだとは思わないでくれよな?」


 リンシンは小首を傾げながらも頷いてくれた。こんなものが日本のテレビ番組だなんて思われたら、同じ日本人として恥ずかしい。


 リモコンを拾い上げると、残念な番組を流したテレビのスイッチを切った。


「そ、そんなことよりもさ!


 まさかアメリカが攻撃されるなんて……あそこは《超越者エクシード》についての研究でトップクラスの実績があったよな?」


「確かそう。あたし達みたいな《因果干渉系》の《超越者エクシード》が研究員の9割を占めている研究機関もちらほらあるらしいわ。


 今回それが狙われたって可能性は大いに有り得る……。」


「ちなみに日本にはそういった研究施設はあるのか?」


「ラマティスの本社ビルには、研究所があるって聞いたことはあるね。」


「ラマティス? なんだそれ?」


 すると3人がまるで「何言ってるの?」とでも言いたげに口を開けた。


「え、リョーヤ。明日の予定知ってる?」


「いや全く。」


 それを聞いたユリは「やっぱり」とため息をついた。


「明日の見学会で行くのが、そのラマティス本社ビルなんだよ?」


「へ、へぇ。そうなんだ。


 って京都にあるのか!?」


「……リョーヤ知らなさすぎ。」


 リンシンの容赦ない突っ込みが心に刺さった。


「う、すまん。教えて下さい。」


 すると霧峰が「仕方ないなぁ」と言ってベッドからようやく体を起こした。


「いいわ。あたしが教えてあげる。


 ラマティスっていうのは《超越者エクシード》が全社員の八割を占める総合警備保障会社、つまり民間の警備会社なの。」


「それってアル○ックとかセコ○みたいな?」


「それに近いこともしてるけど、PKO――国連平和維持活動に近いこともしてるっぽいね。


 《自然干渉系》能力の持ち主はイベントや要人の警護だけじゃなくて、紛争地帯に派遣されたりもするらしいよ。もっぱら戦うというよりも、平和監査みたいな感じかな。


 《因果干渉系》能力の持ち主は、ラマティスに依頼された企業や団体のサイバーセキュリティの管理をことが多いらしいね。


 ちなみに、そのほとんどが煌華学園出身者なんだよね。」


「なんか、すごい会社だな。


 じゃあ今のところ、日本が《希望の闇ダークネス・ホープ》の標的になる可能性は低いか……。」


「……学園が襲われたから、分からない。」


「あ、確かに。」


 すると不意に、ユリが律儀にも「ちょっといいかな?」と言って挙手をした。


「えっと……私ずっと不思議だったことがあるんだけどね……。


 希望の闇って英語にすると『ダーク オブ ホープ』でしょ? なのになんであの人達は『ダークネス・ホープ』なんて名乗ってるのかなー……なんて思ってたんだけど。」


 ユリの《希望の闇ダークネス・ホープ》の名前についての違和感は、どうやら霧峰も感じていたようだ。


「『希望の闇』じゃなくて、強いて訳せば『闇希望』とでも言うべき単語になっている……てことね。


 それは確かにあたしも不思議に思ったけど、案外誰かが英訳ミスでもしたんじゃないかって思うな。


 そうじゃないと、実はすごい裏事情を抱えてました、なんて突拍子もない考えに至りそうだからねー。」


「……名前はどうでもいい気がする。テロリストには……変わらないから。」


 珍しく普段感情をあまり表に出さないリンシンの発言に、感情的な雰囲気が感じられた。


 どこか……怒りのような。


「リンシン、どうかし―――」


 ピロロロロロロロ〜♪


 リンシンに事情を聞こうとしたが、それは部屋の電話に遮られた。受話器を手に取り耳に当てる。


「えっと、もしもし?」


「あ、やっと繋がった! 生徒手帳に連絡メッセージ送ってたのに反応がないから何かあったのかと思いましたよ?」


 電話の主は担任の船付先生だった。聞こえてくる大勢の人の話し声から察するに、どうやらフロントの電話を借りているようだ。


「あーすみません、今友人と話していたので気付かなくて。」


「そうでしたか、まぁ何も無いならいいですけど。


 城崎さんも繋がらなかったのですが、もしかして友人っていうのは城崎さんのことですか?」


「ええ、そうですけど。俺達に何か連絡事があるんですか?」


「はい、明日予定されているラマティス本社ビルの見学についてお話しておきたいことがあるので、ロビーまで来てください。」


「分かりました、すぐ行きます。」


 電話を切るとユリに事の経緯を話し、リンシンと霧峰に留守番を頼んでから俺とユリはロビーに向かった。

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