第7話 到着と目撃

 ◇ ◇ ◇ ◇




――日本 東京――



 7月某日の夕方。


 高校からの帰り道、いつもなら早々に道場に行くはずなのだが、今日は近くの図書館に来ていた。


 理由は単純、本を読みに来たのだ。《超越者エクシード》はそれぞれ《創現武装》という武器を持っている。煌華学園に入ったらきっと色々な武器を目にするだろう。


 だから予習をしに来た、というわけだ。


「えっと武器の本は……」


 艦船、戦車、戦闘機、銃―――


 司書さんに教えてもらった棚――理工学系統の棚――を覗いてみたが、そこにあるのは現代兵器の本ばかりだった。


「剣とか弓の本って言えば良かったな……」


 仕方なく銃の本を手に取り、閲覧コーナーの四人テーブルに向かった。


 鞄を下ろし、早速開いてみる。拳銃、サブマシンガン、アサルトライフル、スナイパーライフル―――。


「結局は弾幕張られない限り、近接武器が一番強いんだよなぁ……」


 頬杖をつきながらパラパラとめくっていくと、リボルバーマグナムのページに目が留まった。


 そういえば以前動画サイトで、固定した日本刀でマグナムの銃弾を斬る動画を見たっけ。


「……どっちもどっちか。」


 そのまま読み進めていると、急に影が射した。高そうなコンディショナーの匂いがしたと思えば、今度は蔑みのセリフが聞こえてきた。


「うわぁ、こわい。バケモノが人殺しの道具を見てるなんて、人間様に戦争でも仕掛けるつもりなのかしら?」


 影と言葉の主の方を向くと、2人のお伴を連れたお嬢様――日笠蘭が、まるでゴミを見るような目で俺を見下ろしていた。


「図書館では静かにしろよ。」


「まぁ、わたくしにその悪魔の息をかけないでくれませんこと?」


「そうかよ。」


 本を閉じてその場を去ろうとすると、日笠が何かを見せてきた。


「これ、あなたが探していた本ではなくて?」


 日笠は手にもった『世界の剣と槍』と書かれた本を軽く振った。


「だったらなんだよ。」


 今さら必要ない。そう俺がいい放つと、日笠はニヤリと笑ってそばにいた1人をどこかに向かわせた。


「? なんだ―――」


 バサッ


 真意を聞き出す前に、日笠が手に持っていた本のページが床に散乱・・・・・・・・した。


「!!


 日笠! お前何を!?」


 日笠は中身の無くなった本の外側をテーブルに置くと、わざとらしく声を上げた。


「坂宮涼也さん、何をしてるんですか!?


 図書館の本をバラすなんて、とんだ不良行為ですわね!」


「は!? 俺はなにもしてねーよ!」


「いいえ、わたくし見ましたわ!


 あなたがその本を破り捨てる一部始終を!」


「こいつ!」


「司書さん、あそこです!」


 周囲の視線が集まる中、さっきまでどこかに行っていた日笠のお伴が司書さんを連れてきた。


 しかもあろうことか、その人は俺が本の場所を訊いた人だった。


 司書さんは床に散乱したページとテーブルに置かれた残骸を見ると、何の迷いもなく俺を見た。


「い、いや、俺は何も―――」


「嘘はつかない方が、いいですよ。」


「……っっ!」


 悔しい。状況的には俺が第一容疑者だ。この場でそれを覆せるだけの要素は、ない。


「とりあえず、事務室まで来てもらいますよ。」


 惨めな思いをしながら、黙って司書さんに付いていった。


「《超越者エクシード》ってのは全員こうなのでしょうね。


 異能の力を使って違法行為も簡単にしてしまうなんて、お父様が苦労なさるわけだわ。」


 去り際、日笠が放った一言でその場が一瞬ざわついた。


「《超越者エクシード》だったのね。」

「魔法使いなら何でもありかよ。」

「あれ武器の本でしょ? 犯罪でもするつもりだったのかしら。」


 誤解や偏見から生じた冷たい軽蔑の視線を浴びながら、なすすべなく司書さんと事務室に入った。


「キミのしたことは犯罪行為ですよ。


 学校の先生や親御さんに連絡しますので、学生証と家の電話番号を教えて下さい。」


「……俺じゃない……」


「見たって人がいるんですよ。それに《超越者エクシード》ならそれくらいでき―――」


「俺はやってない!!!!」




 ◇ ◇ ◇ ◇




――日本 関西国際空港――



「俺は……やって……」


「リョーヤ。リョーヤ、着いたよ?」


「んん……?」


 ……どうやら眠ってしまっていたようだ。飛行機は関西国際空港に着いているみたいだな。


 フライト中、なんだか良くない夢というか記憶を見ていた気が……。


「大丈夫? リョーヤ、うなされてたよ?」


「あ、あぁ、大丈夫だよユリ。」


「そう、なら良いんだけど。


 あと、リョーヤが行ってくれないと、私が出られないから……」


「あっごめん。」


 足元の手荷物を拾い、俺とユリは席を後にした。




――日本 京都――



「やっと着いた!」


 「ん~っ!」と霧峰が全身の関節を伸ばした。


 関西国際空港から特急で移動すること1時間強。ようやく俺達は京都駅に到着した。既に空は茜色になりかけていた。


「予定では昼頃に着く予定だったのにな……。」


「……電車が遅延してたから。」


「人身事故だっけ?


 午後の京都タワー見学は中止になっちゃったな。何気楽しみにしてたのに……。」


 たしか夕方に次の団体の予約が入っているって話だったな。なら仕方ないか。


「全員注目!」


 サマースクールの間泊まるホテルのロビーに着くと、引率の武田先生が全員を整列させた。


 そういえばあの先生、《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》予選の審判をやってた先生だな。


「長旅ご苦労だった。


 途中、電車遅延の影響で京都タワー見学は出来なくなったが、自由行動の日にでも各自で行くと良いだろう。その時はくれぐれも他人様ひとさまの迷惑にならないように!


 さて、みんなも知っている通り、サマースクールの間はこの駅に併設されているホテルに泊まることになっている。


 今日のこの後予定は夕食まで無いが、それまでに避難経路は各自しっかり確認しておくように!」


「はーい。」


 その後俺達は同じく引率として来ていた船付先生からルームキーを貰うと、部屋に荷物を置きに向かった。


「えっと……あ、ここか。」


 ルームキーをカードキー式電子ロックにかざして中に入ると、部屋はとても広くキレイだった。一般的な高校生がサマースクールで泊まれるような部屋ではないことは明らかだった。


「お! 街が一望できるのか!」


 碁盤の目状に道路が整備されているこの街は、京都タワー以外に高い建物はあまり見当たらなかった。きっと古都京都としての景観を損ねないようにするためなのだろう。


「へぇー、リョーヤの部屋も眺めがいいのね!」


 カギの開いた部屋のドアをくぐり、ユリが中に入ってきた。


「だろ? ユリは部屋どこなんだ?」


「この部屋を出て右に2つ隣の部屋だよ。リンシンちゃんと一緒なの。


 そういえば、リョーヤのペアの人は?」


「なんにも知らされてないんだよな。生徒手帳にも何の情報も来てないから、多分この部屋は俺が独り占めできるってことなんだろうな。」


「そうなんだ。じゃあ、夜みんなでここに集合ね?」


「おう、もちろ―――へぇ?」


 ユリの突然の提案に、思わず間の抜けた声を出してしまった。


 またいつしかの、《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》予選の期間にした激励会のごとく、みんなでここにたむろするのか?


 しかも今回はアラムはいない、つまり男子は俺だけだ。もしその状況を先生に見つかったら……。


 とは思ったものの、流石に断るだけの理由も見つからなかったので渋々了解した。


「やった! それじゃまた夕食で!」


 ユリはそう言うと、スキップしながら部屋を出て行った。


「……買い出しでもしておくか。」




 ホテルのエントランスを出ると、少し先の階段の横にコンビニがあるのが見えた。小さめだがスナック菓子や飲み物はちゃんと売ってそうだ。


「あそこにす―――」


「あ! リョーヤだ!」


 突然駅の改札の方から呼び止められた。驚いて振り向くと、そこに居たのはスーツケースを引いた―――


「アキ!? クラス旅行って今日からなのか?」


「うん。さっき新幹線で着いたの。


 この後、京都タワーに行くんだよ!」


 なるほど、俺達の後に京都タワー見学の予約を入れていたのはアキのクラスだったのか。


 改札からは続々と見覚えある顔の人達が出て来ていた。


「懐かしい雰囲気の人がいるなぁ。」


「随分昔のことのように事言うのね。まだ煌華学園入ってから3ヶ月程度でしょ?」


「んまぁそうなんだけど、そのたかが3ヶ月で色々あったからな。」


 《煌帝剣戟ブレイド・ダンス》予選と《希望の闇ダークネス・ホープ》の襲撃。色々とは言ってもこの2つしかないのだが、これらの出来事がとてつもない濃度の出来事だったのは確かだ。


「あぁ確かに、大変だったもんね……っと、そろそろ私行かないと。」


「そのほうが良さそうだな。」


 既にアキのクラスメイト達が集合し、こっちに向かって手招きしていた。正確にはアキに、だが。


「それじゃまたどこかで! バイバイ!」


「おう、じゃあ―――っ!」


 手を振ってアキを見送ろうとした時だった。とりまとめ役をしている生徒の顔を見て、思わず絶句してしまった。


「日笠……蘭……」


 このサマースクールの間に会うかもしれないとは思っていたけど、よりにもよって今あいつの顔を見るとは……。


 せめてこのまま何も関わりが無く、無事にサマースクールが終わってくれれば良いのだけれど……。

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