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  「あんたらが思っているほどすごいもんんじゃありゃせんわ、善も悪もねえ、一瞬で終わりじゃった」

 最後の決闘を実際に見た、大分県県警巡査畑川次郎左衛門はたけがわじろうざえもんの覚書より





 和夫かずおは、なにも言わなかった。そしていつものとろ~んとして目とトローンとした表情。

 和夫の向こうには、腰の低さほどのフェンス。そして、そこにはだれにも侵されていないパウダリング・スノー。カニバルやましたスキー場だ。ほんのちょっとは血ぐらいはついているかもしれない。

 取引は?。腕一本でそのフェンスを越えさせてくれないか?。

 無理。

 カラクリはもう分かっている。和夫の左隣では、リフトが地獄の火車のように軋みながら嫌な音をたてぐりぐり回っている。

 これなら、幼子を胸にスリングで抱いて、スキー板を担いで駆け上るより楽だし、早いだろう。

 たくみは、廻いを詰めることだけ考えていたしゃがみこんで新雪をすくい上げ煙幕として猟銃の筒先の内側へ入る?、無理。

 咲香栄さかえを盾にする、もう今朝かもしれないが、この家族はこの咲香栄さかえを牡丹汁としてその朝餉の材料にしようとしていたのだ無理。

 このゲレンデの頂きで巧には長く、和夫には短い時間が流た。


 和夫が最後に発砲してから、どれくらい経つ?。


 巧は、思い切って、ゆっくりと一歩右足を踏み出した。巧にとってこれほどの重大でリスクをおかし、意味があり、また今までのどの一歩より小さな一歩は未だかつてなかった。

 和夫はそれを見ると猟銃を腰だめのまま、躊躇ちゅうちょなく引き金をひいた。

 カチッと音がして、引き金が引かれ、撃鉄げきてつを固定している部品がリリースされ、薬室やくしつ内の弾丸のお尻をきっちり叩くはずであったが、

 これらの一つか、全てか、どの順列組み合わせかわからないが、凍りついていた。それぐらい寒かった。

 カチッと音がした一瞬、親に怒鳴られた小学生のように首をすくめた、巧だったが、瞬く間に全てを理解した、命がかかっている男には何か別の力が作用する。

 巧は、肩にスキー板とストックをかついでいたが自分の首を避けて、長い長いスキー板をクルッと回し、和夫の後頭部をしこたま打ち付けた。

 円運動は、その半径かけるパイの分だけすべてが、動いた位相となる。

 肩の上での小さな回転でも恐るべき距離をはしったスキー板の尖端は和夫に脳震盪を起こすに十分な衝撃で和夫の後頭部に綺麗にヒットした。

 まさにヒットと言う表現以外ないヒットあたり、だった。

 和夫は、ゲレンデの頂きで猟銃を落とし、意識を失いまるでダルマ落としのように綺麗に頭から崩れ落ちた。

 猟銃は、和夫の手から離れ、ストックを和夫がおさえていたせいで銃口を先にし和夫の墓標の様に雪に突き刺さった。殺人鬼には、お似合いの墓標だった。

 一方の和夫自身は、見事に頭を下にして直滑降で己のゲレンデを下っていった。

 このゲレンデが初心者用といっても和夫が頭を打ち付ける以外に止まる手段があるとは、思えなかった。

 巧は、暫く、どんどん加速し頭を真下にして直滑降で滑り落ちていく和夫をみていた。


 そして、巧は、腰の高さほどのフェンスをまたいで、越えた。フェンスにはこんな注意書きがあった。「コース外を許可なく滑走することを固く禁じます 滑走した場合別途特別料金を頂く場合があります」 若市やましたスキー場。

 寒さと恐怖のせいで尿意を覚えた巧はその注意書きに放尿した、それこそ、たっぷりと。

 巧の胸元で湯気がたった。いぶかった巧がウェアの中を見ると咲香栄さかえがおもらしをしていた。やがて、泣き出すだろう、しかし、朝餉のの材料になって死にはしない。


 巧は、若市山わかいちやまのバックカントリーを軽やかに、楽しむほどの余裕はないが、人生はなにがおこるかわからないできるだけ短めにターンを斬って、廃校の見下ろしながら朝来南市あさくみなみしに向け、見事なパウダリング・スノーの白煙をあげて下っていった。


 了。

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若市やましたスキー場 美作為朝 @qww

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