13

 「チンパンジーはチンパンジーを襲い食べる」 19世紀の英国の博物学者ドワイト・ハーフペニー子爵のアフリカ紀行文より抜粋。



 

 最初にたくみを目覚めさせたのは大人用オムツの硬化剤の不快感だった。巧は暗い部屋に寝かされていた。知らない間に後頭部の傷には手当がなされていた。片足には明治時代の囚人のような前近代的な足枷あしかせ

 この十二畳はあろうかという部屋の中心には一本の丸太が天井に向かって伸びており、足枷の鎖はその丸太に二重ほどぐるぐる巻きにされ、これ又、ルイ十六世が好みそうな前時代的な錠前で留めてある。排泄の方法は、二十一世紀方式だったが、拘束方法はほぼ十九世紀方式である。

 部屋は障子はおろか雨戸まで閉めてあり弱い光が囲炉裏のある大広間につながるふすまからしか入ってこない。

 

 だから、お互いがよく見えない。


 しかし、なにごとにも人は慣れる、暗闇に目が慣れてくると、お互いが少しづつ見えてくる。

 最初、たくみは仲間をみて、絶叫し悲鳴を上げた。

 すると棍棒を持った烈太れったがやってきて、たくみを殴った。絶叫と悲鳴をやめるまで。このメッセージは烈太が喋ろうと喋るまいと相手に伝わった。

 喋ることが禁じられているのでなのでなくて、音を出すことそのものが禁忌であることにも殴られ続けて気付いた。許されるのは、咳とくしゃみと鼻をすする音だけ。

 仲間は概ね十人程度。

 音を禁じられているということは、情報を伝えられないということだが、おいこまれた状況は、発明と改善を促進させた。

 瞬き、風と息の強弱、接触方法での情報の共有化が促進した。

 巧と仲間はどんどん連帯し組織化されつつあった。

 この情報伝達方法によると、支配者である山下家の来歴も少しづつ明らかになってきていた。

 そして、情報の共有化は深夜秘密裏に行われていた。

 

 仲間は、みな手足、指のどこかが欠損していた。流石に頭がないものはいなかったが、指、腕一本、ありとあらゆるものが、どこかなかった。また、それらは二つづつ人は持っていて、仲間はどうにか生き延びていた。

 切り取るものがなくなると、殺され、内臓を取られた。順番はどちらが先か、内蔵を取られるのが先か、殺されるのが先か、だれもわからなかった。だれも教えてくれなかったし、仲間から伝えられることもなかった。だれも知らないのだ。

 切り取られると、失血死して死んでしまうような気がしたが、山下家の連中はものすごく丁寧に手当をした。

 これにも、理由があった。人肉は冬場とはいえ日持ちが全然しないらしいのだ。冷蔵庫や冷凍庫も役に立たないらしい。だから、活かして保存することになったいた。

 しかし、残念なことにだが、痛みに関してはあまり考慮されていなかったが、山下家としても、放置すべき問題ではなかった。

 たくみが軽トラで運ばれたとき、継映が持っていたオレンジがかった赤い花は、ケシの花だったのだ。これをふんだんに与えられることが、余計巧を混乱させ落ち込ませた。何日経っているのかすらわからない時があった。このケシの花は巧とその仲間の反抗心を奪うのにも効果的だった。

 この状態に慣れる時が来るのだろうか。 痩せていては、食べる場所がないらしい、食事だけは、ふんだんに出た。運ばれるのは、猪の肉に牡丹汁。運んでくるのは、次女の継映つぎえ

 

 巧は、仲間のようになれる自信がなかった。部位はどこになるのかわからなかったが、一回目の切り取りですら耐えられそうになかった。


この仲間の中で、巧は最後の希望だった。まだ、両手両足が残っているから。

 巧は、完全に怯えきり戦える状態でなかったが、ここに奇蹟が重なった。


 ある夜、遅く。新聞紙でツギハギになったふすまが静かに開いた。

 こんなことは、巧がとらえられてから一度もなかった。

 入ってきたのは継映だった。一瞬食事かと思ったが違った、布で包まれた大きな何かを持っていた、持っていたというより抱いていた。

 薄明かりで逆光な上によくわからなかった。

 継映が抱いていたのは、乳飲み子の咲香栄さかえだった。

 継映は、目的を持った目で他の巧の仲間のところへはいかず、巧のところへ直接やってきた。

「このを連れて逃げて」

 そう継映は声を潜めいった。

 巧は信じられなかった。継映は手にかぎすら持っていた。音を立てず巧の足枷を解いた。

「なぜ?」

 巧は小さなかすれた声でそういうのが、限界だった。 

「早く、あんたなら逃げられるかもしれないから」

 この咲香栄さかえ井千子いちこがあやしていた。井千子の子の筈だ。

「明日、このは食べられるから」

 巧には声がなかった。自分の子らも食べるのか。食べるために近親相姦を繰り返し子供を増やしていたのか。

「井千子姉さんの子はもう食べられて、それで、頭がおかしくなって、、、この咲香栄さかえは私の子、だからこの子だけでも、逃して」

「君は一緒に逃げないのか」

「私は、もう外の生活は無理」

「無理って」

「さぁ早く」

 巧は、無理やり継映に両脇に手を入れられ立たされた。継映は巧のスキーウェアを少し脱がした。そして、継映は慣れた手つきで咲香栄さかえを入れたスリングを巧にくくりつけた。これは、ああだこうだ言っているうちになされた、明らかに事前に計画し練習された動きだった。

「俺らのためにも、逃げてくれ、五体満足なのは、あんただけだ」

 巧の仲間が懇願するようにそういった。

「そうだ、逃げ切ってこの家のことを警察に通報してくれ」

 継映の目が鋭くなった

「こっち」

 継映は、仲間が部位を切り取られるときに連れられるもう一方奥のふすまを開けた。

「そこは、嫌だ、」

 思わず、巧は声を大きく挙げてしまった。

「しっ馬鹿」継映が言った。

 その部屋は、一段低くなっており、壁から床からいたるところがタイル張りでアルミの大きな机だけが、真ん中においてあった。

 壁の周りには包丁、なた、ノコギリ、糸鋸いとのこ、ノミ、といった切り刻むためのありとあらゆる道具の数々。

 そして、超大型の業務用冷蔵庫と冷凍庫。

 人が入れるぐらいの流しが奥にあり蛇口にはホースがつなぎっぱなし、洗っても洗っても取れないのか、最初から洗う行為を放棄しているのか、このタイル張りの部屋の壁から、おいてあるもの道具、すべてが赤黒い。

 そして、なによりいやになる強烈な血の匂い。どこまでいっても、血の匂いだ。

 猪の肉はすべて人肉であることは、もう知っていた。自分も肥え太らされるために人肉を食べさせられていたのだ。

 この部屋の小さな窓枠には、大量の瓶詰めが置いてあり、その中身が見えた瞬間巧は我慢できなかった。

「ああああ、」巧は情けないこととわかっていながらも声が出てしまった。

 巧はどうして日持ちしないから活かしてあるはずなのに、瓶詰めにするのか理解できなかった。 

「靴を、靴を」  

 ようやく、寒さや、周囲の状況を感じ取れるレベルに知覚が戻ってきた。

「これを」

 継映が差し出したのは、自身のブーツだった。

 女子中学生の靴など履けるわけがなかったが、靴下のままタイル張りから、凍てつく雪の積もる外に出るわけにもいかなかった。

 その時だった。人の声とも思えないうなり声とともに後ろが明るくなり。何かがはじけ飛ぶ音がした。

 和夫かずおだった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る