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「クマに注意!!」国道脇に設置された看板より。




 たくみは転げ飛び跳ねる用に、斜面を駆け下りた。ひょっとするとスキーで滑るより早かったかもしれない。フェンスの外は、当然ながら里山を通り越した、日本の中国山地の原生林だ。針葉樹に雑木林、太ももぐらいまである雪をかき分け、走りながら、斜面を駆け下る。

雪に跡が残るのは、致し方なかった。牡丹汁の雑炊を朝食べながら、雪に残る足跡をどうするか考えていたが、軍隊の特殊部隊やミステリ小説のように掃きながら進むなど論外だ。

 フェンスの外ではあるが、ゲレンデ部分は駆け下りた。

 フェンスの向こうに、山下家が見える。薪を積んである辺りになにやら白いものが大量に見えるが薪に降った積雪かもしれない、誰にも見られて居ないことを確認しながら。針葉樹を伝い、身を隠しながら、駐車場のふちを中腰で周った。

 とりあえず、なんとしても国道に出たい。

 駐車場はだだっ広い空き地なので、山下家から丸見えだ。国道に出るに際し一番気を使った。

 そして国道に出た。すくなくともこの道を辿れば、ここから脱出できるのかと思うと安堵感は増した。

 昨晩の自分の考えをまとめると、国道がこの集落のど真ん中を走っていると仮定して、廃校と山下家とこのスキー場は、国道を進んできた、右側、土地の標高的に少し高い若市山側にあることになる。

 そして、集落の大半の人々は、国道の左手、低くなった、崖のした沢のほうに田畑を耕し暮らしているはずだ。 

 国道は、アイスバーンになった上に新雪が積もっていた。信じられないことに、車が通った跡のわだちが一切ない。

 昨晩から今朝にかけて、一台も車が通行していないのか。

 なんて村なんだ。

 新雪を踏みしめ国道を横断する。たくみが目指すは、我が愛車CR-V、このスキー場から、ほんの少しのところで、一輪だけ脱輪したのだ。

 もしかしたら、たくみの渾身の力を込めると持ち上げられるかもしれないと淡い期待を持っていた。

 そうすれば、こんな気味の悪いスキー場からおさらばだ。荷物は宿泊所においてきたが、財布にスマホは持参していた。着替えや、旅行用の簡易洗面用具などどっちでもいい。無銭飲食に無銭宿泊になるかもしれないが、スマホがつながる場所までたどり着けば、事情を説明して、倍でも三倍でも料金を支払うといえばいい。

 巧の足は自然と早くなった。ガードレールが途切れている場所。そこにCR-Vは脱輪して擱座かくざしているはずである。

 国道のカーブが始まりガードレールが途切れている場所、、。

 ガードレールは途切れていた。

 しかし、

 CR-Vがなかった。

 たくみは走った。CR-Vに向かって、いや違った。CR-Vがあったはずのところへ。

 たくみが国道の端にたどり着き、ちょっとした崖の下、沢を見ると。

 CR-Vはあった。

 CR-Vはひっくりかえり黒い無残な車体の裏側を見せていた。あれは、デフギアのフェアリングだろうか、、あれは、排気パイプ。

 脱輪した車が自然に落ちるなんてことがあるだろうか。自然に落ちるなら、ヘッドライトから真っ直ぐ落ちるだろう。それも、ひっくり返って。第三者の誰かがしたのだ。

 たくみがそう確信したのは、一つ理由があったからだ。

 ガードレールがここは途切れていて、昨日怖い思いをしたのだが、ガードレールは偶然カーブの始まりで行政の財政上か、施行業者の手間の理由で途切れているのではなかった。

 人為的に切り取られていた、丁度曲がりきれなかった車が沢にまっしぐらに落ちるように。

 金属用の電動ノコで切り取られたようにきっちり直線で切り取られてることに、今気づいたからだ。

 められた。

 罠だったのだ。 


 名も知らない集落は、たくみが想像したとおりたしかに国道の左側、沢ともう一方の山の間に存在した。沢と山に寄生しいやしくへばりつくように存在していた。

 沢から集落までは、一面田や畑が広がっていた。そうだみんな肥沃な土地で農業をして半農半労、半食半売ぐらいで暮らしているはずだ。

 それに、そういった集落には、チェーンを装着した軽トラがあるはずだ。そしてその軽トラの色は必ず白。なぜなら、近くの農協まで貯蓄をしに、もしくは貯蓄を切り崩しに、または、生活必需品や農作業に欠かせないものを買いに行くために。

 今は、それしかここから外界に出る手段はない。いや、別にでなくてもいい。あの家にはもう泊りたくない。あの気味の悪いセックスを見るのは嫌だ。

 巧は、今度は、集落に向かって走り出した。

 ちょっと移動したが、国道から沢に降りる階段はすぐ見つかった。というより、沢にかかった木造の痛んだ橋に合わせて階段があった。

 しかし、巧は、本当は、ガードレールの切断面で気付いたようにその橋がいたんでいることで気づくべきだったのだ。

 木造の橋板は、腐り、橋は泥と一緒になり雑草が生えていた、車などここ数年この橋を通っていないことは、確かだった。

 集落まで続く、田畑は、積もった雪よりはるかに高い草が生えていた。冬の葉物野菜にしては、背丈がいやに高かった。

 日本にやってきた究極の外来植物セイタカアワダチソウが人の背丈より背を伸ばし、そして伸びきったまんま枯れていた。

 巧はつまずくようにしながら、畦道あぜみち正確には、もと畦道あぜみちを集落に向かい走った。

 まだ、期待はあった。限界集落で農業を諦めただけかもしれない。自分たちが食べるぶんぐらいは、庭で栽培できるはずだ、そして、国民年金で暮らせるはずだ。

 遠くから集落に見えたのは、近くから見ると元集落でしかなかった。庭木は信じられないほど伸び切り、隣家との境目を全てルノワールの絵画のようにぼかしていた。

 ぼかしているのは、隣家との境目だけではなかった。

 庭と家の境目もなかった。庭木は土間や窓から家屋の中へ。家屋からは、巧が渡った橋のように積もり積もった泥やほこりから草木が生えていた。

 午前、快晴だった天気はいつしか雪雲が覆い、辺りは薄暗くなっていた。

 限界集落がどんな経過を辿たどって、人が居なくなっていくのか巧は知らなかった。いきなりということは、ないだろう。人だけ一人も消えてなくなることなどないだろう。

 窓ガラスはわれ、雪が吹き込み。畳から雑草が生えている一軒いっけんに巧は入った。入ったつもりはなかった。それぐらい人工物であるはずの建築物は自然とマッチしミックスしコラボしていた。

 家屋の中も想像の通り荒れていたが、人がいきなり消えた痕跡はないと思っていた。

 徐々に人が減り、やっていけなくなり集落は消滅したのだろう、、と。

 

 違った。


 家屋の中は、一面、黒く、乾ききりこびりついた、血の海だった。

 これは、落ちたCR-Vや切り取られたガードレールやセイタカアワダチソウよりもっと根源的な恐怖を巧に抱かせた。

 血の痕は、畳一面に広がり、血で色んな言葉が文字がそこかしこに書かれていた。

 "助けて"と。これは、襲われた側が書いたのだろう、、。

 熊に襲われたのだろうか、それとも猪か、。しかし、獣に襲われたときに、文字を記して助けを求めるだろうか。

 巧は昨晩の近親相姦のセックスを見たときのように半ば惹きつけられるように違う家に入った。

 "これしかないのだ"と血でふすまに書かれていた。これは、助けをもとめているのだろうか?。

 "生きるため"

 とが入れ替わったのか。いや同化したのか。  

 巧は、魅入られたように次から次へと家巡った。

 そしておかしなことに気付いた。

 大量の血の跡はあるものの、死体がどこにもない。

 襲撃者が死体を隠匿しているのか。なんのため。

 しかし、これだけは、はっきりしている。

 ここには、いられない。こんな殺人鬼の居る場所からは逃げなければいけない。

 歩いて積雪と降雪の中、播但連絡道路の南朝来までいけるだろうか。

 気がつくと、午後の遅い時間になっていた。

 そして気まぐれな冬の雪雲はまた雪が降らせていた。

 巧はその時、家屋の陰に雪の中、猪をみた気がした。かわいいウリ坊だ。

 違った。烈太れっただ。 

 こんなところに居たらダメだ。こんなものを見たら、トラウマになってPTSDに苦しむことになるよ、、。

 巧は、なんの悪気もなく、一人の純粋な人間として弱き者、幼きものを守るため烈太れったを守るため、烈太れったに手を伸ばし歩み寄った。

「あんなもの見たらダメだ」

 巧はいった。

 もう一つ、巧を動かしたのは、庭に停めてあった軽トラだった。すっかり駄目になった家屋と違い、展示販売場から飛び出てきたように新しい。本当に走りそうだ。あれなら播但連絡道路ばんたんれんらくどうろ朝来南あさくみなみまでいけるだろう。

 無抵抗な烈太れったを少し重いがが胸に抱いた瞬間。

 巧は背後に大きな獣の殺気と気配を感じた。熊か、熊に違いない。

 しかし、それは人だった。熊は雪かきスコップなど使わないから。しかし熊のように大きかった。

 熊は大きく振りかぶり雪かきスコップで巧の後頭部を思いっきり殴った。

 巧は、どうしてだかそのまんま仰向けに倒れた。烈太れったは、父親によって赤の他人から取り上げられた。

 巧の上には灰色の黒い雪雲から大粒の雪が降っていた。

 雪は、昨日にもまして更に積りそうだった、この誰も知らないボロいスキー場のある誰も知らない集落に。

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