第21話 権威

「よう、遊びに来たぞ」


「おー? ケインかー」


「あ、ケインさんいらっしゃいませです! 今日は格別に寒いので、早く暖炉に来ちゃってください」


 引っ越しを終えて数日後の早朝、俺はカーチスとレインの新居に来ていた。貴族の遺言で教会に寄付された屋敷はかなりの広さを誇る。2人どころか一家族が住むのにも広すぎる程だ。


「こんにちはレインちゃん。早速お邪魔するよ」


 長方形の屋敷の中心に位置する暖炉を囲むように、ロの字の居間がある。


 玄関正面の居間の扉を閉めて、そそくさと中に進み入る。暖炉に一番近い6人がけテーブルに、カーチスとレインは着いていた。


 食卓には籐籠とうかごに入ったパン、ふかしたジャガイモとベーコンのサラダ、人参と鶏肉が浮いたコンソメ風のスープが行儀よく並んでいる。


 メニューとしては兵舎の食堂で出されるものとそう変わらないので、地方貴族と言えども庶民との食生活の差は少ないのだろうか。


「お前ら結構仲良いのなー」


 益体のないことを考えながら隣の席に着いた俺に、不思議なものを見るような視線を向けながらカーチスが聞いてきた。


「まぁ知り合って日は浅いけど年下だし妹みたいで可愛いんだよ。俺が勝手に思ってるだけだから馴れ馴れしいけどな、親しみが湧くんだ」


「私もですよ! 年の離れた弟が1人いるだけので、本当はお兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しかったんです」


「そう言われると嬉しいね。ありがとう」


 初めて会った時から妹のように感じてはいたが、ものの数日で公認のおにいちゃんになるとは思わなかった。


「なんかよく分からんけど変な気分だな」


 俺とレインの会話を聞いたカーチスは、難題に挑む探偵の様な渋面を作っていた。


「俺がレインちゃんの公認おにいちゃんになれば、お前とは兄弟って事になるな。嫌か?」


「いや、そう言うんじゃないんだけどなぁ。んーんー……まぁいいや、食おうぜ」


 レインのことになると、いつもの人を食ったような態度は鳴りを潜めるらしい。釈然としないのはカーチスの方だと内心で思いながらも、それ以上の追求はせず食事を始めることにした。


「そうだな、スープが冷めるのは困る」



§  §  §



「じゃあいくか」


 食事を終え談笑した後、俺は紅茶のカップをソーサーにそっと戻して言った。


「あいよー、お勤めお勤めー」


 防御力なんて要らないから動ける装備がいいと言って、正騎士に就任した数日後に金属鎧を捨ててしまったカーチスは、新品の皮鎧に身を包み、陽気な声とは裏腹な気だるそうな仕草で椅子から腰を上げた。


「レインちゃん、じゃあ行ってくるよ」


「あの! 今日は訓練の日なんですよね?」


「来ちゃダメだぞー」


 レインのもじもじとした気配を嗅ぎ取ってか、カーチスがさっそく牽制した。


「好奇心旺盛なのはいいけど、今日は俺たち精霊と契約する日なんだよ。大人しく待っててくれー」


 俺たちは先の悪魔との戦闘が大いに評価されたようで、さっさと先輩の同伴なしで活動できるように、精霊契約を済ませろと通達されたのだ。


 悪魔を感知できる騎士はパーティーに1人いれば事足りるが、味方と切り離された際の戦闘にも対応すべく、クラッドのように魔力で悪魔を感知できない神罰騎士は全て精霊契約を試みなければならない。


 オリヴィエはゴッズの影響で精霊に嫌われる体質らしいので、俺とカーチスだけが契約に挑戦する手はずになっている。


 そんな事情もあってか、今日は訓練と言ってもレインを連れて行くことはできない。普段はトラブルばかり持ち込むカーチスがたしなめるあたり、そこはちゃんとおにいちゃんしてるんだなと関心するのも束の間、レインは唐突に爆弾を放り込んで来た。


「おにいちゃん、実はわたし精霊使える!」


「「え?」」


 ギョッと固まる俺とカーチス。


「魔法も使える!」


「「えぇ!?」」


 瞳孔が開き、心拍数が跳ね上がる。


「実はゴッズもあるのよ! ドラゴンも召喚出来るわ!!」


「来るのだ妹よ! お前を団長に紹介しよう!」


「何故俺の周りには俺より優秀な人材が集まるんだ......」


 カミングアウトの後には、勝利を宣言する舞台役者の如く両手を広げて歓迎の意を示すカーチスと、大戦に敗れ故国を失った指揮官の如く崩れ落ちる俺が残った。



§  §  §



 俺とカーチスはレインを挟むようにして、団長室の来賓用ソファに腰掛けていた。対面には、団長と高齢の男が腰掛けている。


「これはまた逸材だな」


 団長が口を開いた。


「こんなものはわしも初めてじゃな」


 高齢の男も頷く。口髭をなぞる仕草が、白を基調とした高位聖職者の法衣と対比になっていて様になっていた。


 感嘆を漏らす団長と男の視線は、誰も手をつけていないティーカップの横に向けられていた。そこには手の平に収まるくらいのトカゲが瞳をくるくると動かしている。光沢の強い黒みがかった緑色の体色が特徴的で、黄色い瞳に爬虫類特有の縦に開いた瞳孔が団長と男を見上げる。


「竜種の召喚と使役など前代未聞じゃ」


「お前たちはまた扱いの難しい案件を持ち込んで......私に嫌がらせでもしに来たとしか思えんな」


 高齢の男は目を見開き、団長は渋面で唸りながらトカゲに視線を注いだ。


 いい年をした大人二人がトカゲと見つめ合うシュールな光景に、カーチスは笑いをかみ殺している。


「それでだ。今日の要件は、お前たちはこの子を騎士団に入団させたいのだな?」


 不快そうにカーチスを一瞥すると、団長は俺に向かって言った。


「はい、俺たちには魔法が使えるメンバーがいないので、この子が戦力になれば確実に戦闘が楽になります」


「騎士団への入団は原則18歳以上と定められている。それも神罰部隊に所属するということは、常に命の危険と共にあるということだ。先日は悪魔と戦ったそうだが、それはお前自身よく分かっているだろう」


 責めるような口調で俺に覚悟を問う団長の瞳には、生死のやり取りする戦士の光が宿っていた。


 こういった類の言葉には真摯に答えなければならない。


「騎士は人々の敵と戦う職業です。もちろん危険も生じます、レインも然りです」


 前置きをしてから一泊の間を開ける。息を吸い込んで吐き出す間に必要な言葉を練り上げる。


「ですが、この子にはカーチスと並んで戦う素養があります。不吉な話ですが、もし大切な人が戦場で命を落とす日が来たとします。その時、力を持っているのに助けられなかったならきっと後悔するはずです。だから俺はレインをここに連れてきました。この子のカーチスを想う気持ちが本物だと感じたからです。お願いします」


 頭は下げない。俺の意思も固いのだと団長を見つめ返す目で訴える。いつかと同じように緊迫した沈黙が団長室を満たした。


「バルドール君、許可してあげなさい」


 しかし、長くはない静寂は団長の隣の男に破られた。


 男は並んで座る俺たち3人を順繰りに、懐かしいものでも見るかのように目を細めてゆっくりと視線を配ってから口を開いた。


「若さもまた強さということじゃ。覚悟と呼ぶにはいささかやわいが、この子たちにはそれだけあれば十分じゃろ。精神は経験についてくるものじゃからな。どう思うかね?」


 初老の男は自分の言葉に納得したかのように頷いて隣の団長に微笑んだが、団長は男の視線を拒絶するかのように腕を組んで俯いた。


「そうは言いますがね、ゲルマード教皇。私は絆や愛といったものを口にした騎士が命を落とす所を何度も見てきました。容易には認められません」



 団長室に入った時から名乗りもせず、にこにことしていただけの男はどうやらサプタイト神聖教会のトップのようだ。


 王国の政治の構造上、教皇の力は国王に次ぐ程に大きいため、人に素顔を見せることがない。それは騎士叙任式での騎士剣授与でも同じなので、俺達は初めて教皇と顔を合わせたことになる。


 露わになった教皇の正体に動揺する俺の衝撃を知ってか知らずか、教皇は俺に目配せすると頑なな態度のままの団長に、微笑みをたたえたまま言った。


「では、この子が『次』だとしたらどうかね?」


「まさか。ありえない」


『次』とは何だろうか。団長はその言葉に取り合おうとしないが、教皇はなおも畳み掛ける。


「騙されたと思って信じてみなさい。この子は騎士団にとって必ずやいい変化を与えるはずじゃ」


「……はぁ、そこまでおっしゃるならば」


 教皇の言葉に屈した団長は諦めたように溜息をつくと、渋々といった体で許可を出した。


「では、これで決まりじゃの。レインといったかな? 君は私のおかげで今から騎士団員じゃ。盛大に感謝したまえ!」


 胸を張って「ふふん」と胸を張る姿には教皇の威光など微塵も感じられないが、教皇が指を鳴らす音と同時にレインの胸元に騎士団の意匠が施されたブローチが現れると、突っ込む気も失せてしまった。


 ブローチの感触を指でなぞったレインは、花が開くように笑顔を浮かべた。


「あの、はい!ありがとうございます!!」


「うんうん、いい笑顔だ。いやぁバルドール君、私は今とても清々しい気持じゃよ」


「私は釈然としませんがね」


 団長と教皇の噛み合わないやりとりは性格の違いゆえだろうか。


 どこか疲れた様子の団長に既視感を覚える。教皇の肩書きと身なりに似合わない軽薄な素振りとそれに振り回される団長には、どこかカーチスと俺のやりとりを連想するのだ。


 何か裏があるのではないか。そう思う自分に嫌気が差すのを感じながらも、俺の口は滑らかに動いた。


「そうですね、俺も釈然としない事があります。レインの騎士団加入に口添えしていただいたことは感謝しますが、それよりも教皇。あなたは騎士叙任式の時も素顔を隠されていました。何故このタイミングで俺たちの前に姿を晒したのですか?」


 その質問は意外だったとでも言いたげな驚きの表情も、一度疑ってかかれば演技にしか見えない。咳払いを一つすると、教皇は少し考えるような間を開けて答えた。


「それは今は教えられん。しかし、思った通り聡い子じゃの。それでいて戦いの筋も良いとくれば、バルドール君から娘を勝ち取ったというのも頷ける話じゃ」


「あれは団長に勝ったとは言い難い内容です」


「謙遜はいらんよ。実力は結果で評価されるべきじゃからの。おっと、もうこんな時間か。お主と話したいのは山々じゃが、わしにも次の用事があるでな。またの機会にするとしよう」


 俺に対する好奇心を隠そうともせずに観察していた教皇は、銀の懐中時計を確認して立ち上がった。そのまま出口の扉に向かおうとするのを団長が慌てて制止する。


「教皇お待ちを。彼女の処遇を決めていません」


「そんなのお主が決めるのが良かろう。団長なのじゃから」


「教皇が無理を言ったのですから、そこは最後まで責任を持っていただきます」


「お主も硬い男じゃな。必要経費はわしの懐から出すから魔術院にでも入れてやるとよい。本当に時間がないんじゃ。ではの」


 食い下がる団長に対し、教皇は手をひらひらと振って面倒臭そうにあしらうと、ひとりでに開いた扉を潜って出ていってしまった。


「まだお話が、お待ちを」


 開いた時と同じようにひとりでに閉じた扉に駆け寄った団長は扉が閉まるのを認めると、先ほどと同じように諦めたようなため息をついた。


 そのままソファに戻ると、親の仇でも見るかのようにトカゲを睨みつける。レインの入団は団長にとって、本当に頭の痛い案件のようだ。


「あの......連れてきておいてなんですがすいません」


「えと、ありがとうございます」


 流石に可哀想になってきたので頭を下げた俺とそれに倣って礼を述べたレインに、団長は苦々しく「礼は要らん」といい、またため息をついた。


「先ほども言ったが君の入団は、そもそも騎士団の規則で許可できるものではない。しかし、残念な事に18歳未満の子供が入団する例は私自身が作ってしまっている」


「あー、反抗期かー」


 その場にいないクラッドに思い当たったカーチスがボソッと呟くと、団長はまた不愉快そうにカーチスを見た。


「カーチス・オーランド。あれは出来が悪いが一応私の息子だ。お前たちは種類が違うにせよ、トラブルメーカーという一点においては同族だと思うぞ。口は慎みたまえ」


 しかし、そういった口撃はカーチスには通じない。


「いやいや団長。あいつより俺の方が上手うわてですから!」


「......もういい。お前に何か言うのは疲れるだけだと分かった。レイン君、話を戻すぞ」


 カーチスに構う事の無駄を一瞬で悟った団長は再び視線をレインに戻した。消化不良気味のカーチスが口をパクパクさせているのは、正直いい気味だと思ったので俺も何も言わない事にする。


「あいつは君と同じ15歳で私が入団させた。前例がある上、教皇の口利きも受けてしまったので君の入団は認めることにするが、騎士団内での君の立ち位置は後日取り決める。今日はとりあえず帰りなさい。私から追って連絡しよう」


 レインの胸に光るブローチに、惜しむような視線を投げてから団長は窓際に歩いていった。


「本当に認めてもらえるんですね?」


「実戦配備は別の話だぞ。第1、いかに竜種と言えどそのトカゲでは何もできんだろう」


「いえ、この子は凄いですよ!」


「......わかった。そのトカゲについても応相談だ」


 入念に確かめる俺と、トカゲの性能を主張するレインを鬱陶しそうに断ち切ると、団長は今度こそ手を振って出て行けとジェスチャーをした。

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THE GODS ——新人騎士は守護神を目指す—— きんぐ @king-arrow

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