第5話  歩く砦

 模擬戦で団長に勝ってからというもの、まだ訓練兵でしかないというのに、俺の元には連日スカウトがやってくるようになった。混む時間をわざわざずらして訪れた食堂でも「お前俺んところに来いよ、見込みあるぜ」とか「いや、あなたは私と来るといい、ヒーラーもバッファーも揃っていますよ」といった具合に声をかけられる。


 もし、蟻に群がられる砂糖に心があるなら、俺と砂糖はきっと深く通じ合えるだろう。そう思うくらいには鬱陶しい。


「あー、えーっと、すいません訓練があるので失礼しまーす」


 飽きるほど繰り返した作り笑いを、今日も張り付けながらなんとか勧誘を躱す。スカウトに熱心な先輩方を、そのままカルガモの親子のように引き連れたまま、訓練場に向かうのも最近はおきまりのルーチンとわっている。本当に勘弁してほしいのだがこればかりは諦めるしかない。


 先輩たちを連れたまま訓練場に到着した。多少浮かれた気持ちがないわけでもないが、この後に待っているのは団長との模擬戦だ。


 訓練場手前の兵舎で騎士甲冑を着けると、団長に指定されている訓練場の一角に足を向けた。先に着いていた団長を見つけると、いよいよ緊張してくる。ヘルメットを被り、騎士剣を何度も握りこんで気持ちを切り替える。


「よう小僧、私は先日は確かにお前に負けた。だがな、新人を自惚れさせるような真似はさせん。今日は本気でやるからな。覚悟しろ」


「自惚れるなんてとんでもない。あの日以来一度も勝ててないじゃないですか。それに、実力にそぐわない箔がついてしまったので、焦ってばかりですよ」


 剣を交わす前はいつも軽口を飛ばし合う。目はお互い笑っていないが。


「本当に可愛くない奴だな」


 いつもとは違う嗜虐的な笑みを浮かべると、団長はヘルメットのバイザーを下ろした。それ以上語る言葉が無い事は眼差しを見れば分かった。


 天頂に居座る太陽と、多数のギャラリーに見守られる中、俺と団長の模擬戦が始まった。団長は、剣帯から騎士剣を引き抜くと右肩に担ぎ上げるように構える。それを見た俺は、剣の切っ先を下に向け、腰より低い位置で受けの構えに入った。


 見つめ合うこと3秒。キリキリと研ぎ澄まされる感覚に、時間が引き伸ばされたかのような錯覚すら覚える。張り詰めた空気の中、お互いの吐息すら聞こえそうなほどの静寂は、団長の土を踏み込む音で破られた。


 踏み込んだ土は乾いた音と共にめくれ上がり、それと反対に躰は深く沈む。団長は地面を舐めるように真っすぐ突っ込んできた。その速さは、剣を振るうために不必要な全ての要素を削ぎ落とした故の、美しいとすら感じるほどの動作だった。


「ふんっ」


 研ぎ澄ませた感覚で対応する事などもはや不可能な速さだった。それは、俺と団長の5m程の距離を埋めるのに半秒すら必要としないほど。瞬間の内に俺に肉薄した団長は、振りかぶった一撃で騎士剣ごと俺を押し破り弾き飛ばした。


「っ!!」


 まともに受け身を取ることもできない俺は、子供に蹴られたボールのように地面を跳ねて転がる。三半規管が一撃で狂い、上下左右の方向感覚が散乱する。


「俺がなぜ団長として教会の威光を示す立場にいるのか分かったか?」


「....くっそ、こんなの反則だろ」


 毒づきながら、騎士剣を杖代わりにして立ち上がる俺に、再び矢のような視線が突き刺さる。

 鎧を着込めば100kgを優に超える俺を、一息で弾き飛ばした団長は、再び騎士剣を肩に担ぎあげて構えていた。


「寝るなよ小僧。お前には戦う義務がある」

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