誰が殺したクック・ロビン(6/6)

 ――――お医者様、ですか。


 椎葉さんは探偵などではなく、医者、と。探偵というのは、最初に出たベスに話を合わせただけですね? 誰が殺したクック・ロビン。可哀想な駒鳥クック・ロビンを殺したのはスズメでしたが、祐司を殺したのは――。


 なるほど、私としたことがうっかりしていました。刑事さんは犯人捜しなど、とうの昔に終えていた。それでいて、祐司を殺したのかを聞き出そうとしていた。それ自体は光栄なことです。あなた方にとってはどうかわかりませんが、私たちはまるきりなのですから。


 ……となれば、これは任意の事情聴取などではない。ええ、わかりますよ。これは俗に言うというやつだ。


 警察の興味は、私たちの誰が祐司を殺したか、ということにはなかった。そうではなく、この相沢美紀という肉体に宿った私たちという別人格が実在するのか、そして罪に対する責任能力があるのか、それだけのことでしょう。


 ……それで? 答えは得られましたか? 精神科医殿?


 一応、名乗っておきますと、私は「ソクラテス」。ええ、あの著名な哲学者から名前をいただきました。この答えをあなた方が信じるかどうかは別として。


 難しい顔をしておられますね、椎葉先生。それもそうだ、解離性同一障害――俗に言う多重人格というやつには少なく、なかなか診断がつきにくい。中にはそれを偽って、上手く演技をする人間もおりますからね。なかなかどうして、見分けがたい物ですよ。で、私たちの場合はどうでしたか。演技か、それとも数少ない症例か、あなたに判断がつきましたでしょうか?


 ……信じる? あなたは私を馬鹿にしているのですか? 仮にもソクラテスを名乗る私を? 信じるなどという言葉は、それこそ信用に値しませんよ。それは「診断」ではなく、あなたの気持ち一つなのですからね。けれど……そうですね、この際ですから私の気持ちも話しておきましょう。


 虐待を受け、保育園児程度の体格をした八歳がナイフで刺し殺された。容疑者は母親とその彼氏、それから祐司と共に暮らしていた私たち――つまり、高校生の相沢美紀です。彼女は幼少時の性的虐待で解離性同一障害となり、主人格である「ミキ」は意識の奥深くで眠り続けることとなってしまった。だからこそ、私たちが代わる代わる表層意識を支配し、彼女の肉体を動かしていたわけですが――。


 ええ、先ほどの玲二との会話を聞きました。美紀の手からは血痕が検出されたそうですね。それに、ヨシは祐司を埋めるところを警官にみられてしまった。……そんなことだろうと思ってましたから、驚きませんよ。ナイフから美紀の指紋が出たとしてもね。


 犯人は美紀の肉体。それは動かしようのない事実なのでしょう。あとは、椎葉先生がどういった精神鑑定を下すかという一点。その結果いかんで、美紀の送られる先が決まる。刑務所か、病院か、どちらかにね。


 私の趣味は読書でね、だからどちらでも構いませんよ。けれど……先ほども言ったように、警察は私たちの中の殺したかには興味がない。興味があるのは、先生の診断結果だけです。


 警察の考えはこうでしょう。――過去、自分を助けてくれなかった母親が突然改心し、しかも弟だけを新生活に誘おうとしている。それを知った美紀の怒りは、母親ではなく弟に向いた。なぜなら、弟だけが母親の愛情を受けることに嫉妬したからだ、と。


 どうですか。それを証明する物的証拠も残っていることだし、動機もさもありなんといったところでしょう。普通ならこれで逮捕、自供を取れば済んだはずです。一人を殺しただけでは死刑にならないかもしれませんが、病院に入ってすぐに出てくるよりはましかもしれません。


 しかし、そこに壁が立ちはだかった。なぜなら、相沢美紀は解離性同一障害だったからです。そうなると、罪に対する責任能力の有無を鑑定しなければならない。そこで先生が呼ばれたわけです。彼女を刑務所か病院のどちらかに送るために。


 警察はそんなところです。けれど――先生はおかしいとは思われませんか? 


 そうです、ミキは眠り続けている。弟が母親に愛されて怒りを抱くはずがない。


 ミキが眠り続けているという私の言葉を疑いますか? それも結構でしょう。しかし、これだけは言えます。彼女は祐司を殺してはいない。私たちの中の誰かが、彼を殺したのだとしても。


 しかし、あなた方が罰することが出来るのは精神ではなく、肉体のみだ。罪は相沢美紀の肉体にのみ、かぶせることしかできないのです。


 けれど――どうですか、先生。先生はご興味がありませんか。


 誰がクック・ロビンを殺したのか。スズメは一体誰なのか。そして、そのスズメは血の味を覚えてしまったのか――。


 いえいえ、相沢美紀の肉体が二件目の殺人に手を染めるだなんてことを示唆するつもりはありません。そうではなく、ご興味はありませんかとそう申しているのです。マザー・グースでも明かされていない、なぜスズメは駒鳥を殺さなければならなかったのか、ということについても。


 私の考え、ですか? ……思うに、可哀想な駒鳥は殺されねばならなかったのでしょう。可哀想な鳥はこの世に存在しないほうがいい、そうは思われませんか? もちろん、マザー・グースの話です。可哀想な駒鳥が可哀想な理由を、スズメは知ることが出来たのです。だから、殺した。


 ご存じでしょう? クック・ロビンの童謡では、スズメが殺したと告白したにも関わらず、動物たちは誰も彼を責めないのです。なぜなら、駒鳥は可哀想だったから。スズメだけでなく、彼らもそれを知っていたのでしょう。先生、そうは思えないでしょうか。


 さあ、クック・ロビンの詩も終わりが近づきました。あとは牛が鐘を鳴らすだけです。その鐘を聞き、皆がクック・ロビンを悼むのです。可哀想な駒鳥を心から悼むのです。けれど――おわかりですね? 鐘を鳴らすのは私ではない。相沢美紀に宿る他の人格でもない。先生、あなたです。椎葉先生が彼女を可哀想だと思う気持ちがあるのなら――誰かがスズメ役を引き受けるべきです。可哀想なクック・ロビンなど、この世に存在しないほうがいいのですから。


【誰が殺したクック・ロビン――完】

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