台北 その4

人の流れを無視して、俺は本殿から副殿への参道を歩いた。

廟壁に沿ってひさしを抜けると、その副殿の全貌が分かってくる。

参観者が入りやすいように大きく開けた門がある本殿と異なり、ドア扉二枚分しか入り口が開いてなかった。

なぜか鉄格子というこの廟にそぐわないものである。

前回そこで慈明僧に会ったんだっけ?

そこの周りを灰色の壁が囲い、その上に、濃いオレンジ色の屋根が設置されているという、台湾の廟か?

と思われるほどのシンプルさであった。

この廟の敷地に入った時に見えた、他の副殿が派手な装飾を付けているのと異なる理由が分からない。

そのためか、近づくにつれて、どんよりとした雰囲気を感じる。


 入り口に着くと、鉄格子が開いていることに気付いた。

そこから中が見れた。

そこはシンプルな外見をそのまま内装に持ってきたかのように、壁が灰色の広い待合室であった。

いや、どちらかというと、相談室のほうかもしれない。

座っているのはみな一人の僧侶に一人の参観客のいう組み合わせだからだ。

談笑してたり、笑ったりしている者もいれば、悲しんでいたり、大泣きしている者もいた。

それが一つの部屋に集まっているのは不思議であった。

俺は無宗教主義者とはいえ、宗教施設そのままのこの副殿に入るのをためらっていたら、近くで参観客の相手をしていなかった若い僧侶がやって来た。

微笑みしながら話掛けてくるが、しゃべっている言葉が中国語であり、俺には理解できなかった。

そういえば俺今台湾にいるんだったと思い出し、胸ポケットから慈明僧の名刺を出して指差す。

この方を呼んでもらえないか?

そういうニュアンスをつけて片手で拝んでみた。


 名刺を受け取った僧侶は微笑みのまま、その名刺を見ていたが、名刺を裏返ししたときにピタッと動きが止まった。

ギィィィィと音が聞こえてくるように首を俺の方に向けると、最敬礼をした。

「え?」

最敬礼って…。

俺が次の言葉を出す前に、彼はすぐに回れ右すると、奥の方に駆け出して行った。

 あれ、この反応は何?

てっきり、すぐに慈明僧を呼んでもらえると思った俺は逆にびっくりして後ろに一歩引いた。

あの名刺の裏って何て書いてあったっけ?思い出そうとするが、ここで祀っているのが、『天上聖母』とだけしか書いてない、至って普通の名刺のはずだ。

というか、俺はどうすればいいのか?入り口横にズレればいいのか?

とりあえず、ズレた。

邪魔になるのは良くないだろうと。

それにしても、待合室にいる他の僧侶と参観客は我関知せずとばかりに、俺の方に目を向けてこない。

そういうものなのか?

まぁ、俺としても好奇心満載の視線が飛んできても困るわけで。


 少し待っていると、若い僧侶が戻ってきた。

ペコペコしながら、中の方に手を向ける。

手の方向が談笑室ではなく、奥を指していることに気づく。

それって奥に行けってことか?

いや、俺は慈明僧会いに来たのだが。

その若い僧侶が手に持っている名刺俺は差した。

それに対して、回答は首振りだった。

それってノーってことか?

でも、俺は中に入りたくないんだ。

だってよ、ただでさえ異国の宗教施設にいるからビビっているのに、めっちゃ暗い奥の方に行けと言われても、困るよ。

ただ、その僧侶はどうしても、俺を中に連れて行かなければならないようで、袖を引っ張る引っ張る。

うーん、台湾人は強引だね。

下手に出ていれば話を聞いても良いぐらいだか、強引な手法で来ると、抵抗したくなるってもんだ。

俺はそう考え、引っ張られている袖を引こうとした。

その瞬間、リンエイがその奥へのドア真横に立っているのが見えた。

そのままスーッと奥に消える。

しょうがない。

俺はそう言うと、若い僧侶の誘導する方向に向かって歩き始めた。


 奥に入ると、薄暗いためか、空気がひんやりとしてくる。

途中、階段を二階分ほど下りて、さらに歩き続けると、ひんやりした空気が冷たいものに変わった。

なんだか背中がゾクゾクしてくる。

それにしても、歩きすぎてないか?

階段を下りてからまっすぐ歩いているが、すでに五分ぐらい過ぎている。

距離にして、四百メートルは進んでいる気がする。

敷地を通り越えているんじゃないか?

目の前の僧侶に目をやっても、ちらちらと俺がついていることを確認しながらも、迷わずにまっすぐ進んでいる。


 しばらくして、俺たちはある部屋の前に来た。入り口横には慈明僧が立っていた。

白いあごひげを触りながらにっこりと、日本語で話しかけてきた。

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